去年の転入生に、名前を聞こうとした紀和(きわ)は、委員会のスタートでそれがかなわなかった。
(何て名前の子だったっけ…うーん、何かインパクトあった気はするんだけど…)
「お?お前は名札の色からすると、二年かな? ふむ、だいぶ真剣に考えていて、よろしいぞ」
突然、担当の教師に振られて、紀和の回りの三年生がクスクス笑った。
結局、経験者の意見と教師の助言をミックスさせて、今年の競技種目と、学年ごとの委員の仕事が手際よく黒板に書き出されていく。
紀和たち二年は、去年を知ってるから…という事で、ポスターとトーナメント表を書く係になった。
いちゃつきペアと、名前知らずの少女と、それから紀和とで、生徒会の物品庫に行く。
そこで、模造紙や長い定規や、マジックの数色入りの箱をいくつかもらい、入り口脇の出納簿に品目と数と、代表者の名前を書いておく。
予想通り、ペアは楽そうなマジック類を持って、きゃいきゃい先に行ってしまったので、紀和は模造紙を数枚丸めて持ち、転入生の方に長いクリア定規を3、4本持ってもらった。
「…ごめん、手が離せなくて、私。悪いけれど、あなた、そこの帳簿に名前、書いてくれる?」
名前を知りたくて、あえて紀和はかさばる模造紙を持つことにしたのだった。
転入生の少女はコクン、とうなずくと、名簿に綺麗な漢字で、こう書いた。
『金 梨順』
…そうだ。
忘れていた記憶が、紀和の中でよみがえる。
あの日、初めて学校へ転入してきた日、この少女は白と黒のチマチョゴリの制服姿だった。
それがとても可愛くて、似合っていて、同学年の皆はいっぺんで彼女のビジュアルに魅せられた。
あの服は、コリアン・スクールの制服だったのだ。
「え…と、キム=リスン…?」
紀和が、怪しげな現地のアクセントで、当時教わった通りに読むと、梨順は、ぱあっと顔を明るくして、そして頬を桃の色に染めた。
「読めるの…? チョ(私)の名前…?」
「えーと、あの、あなたがここの学校に、初めて来た日があったでしょ? その時ね、4クラスのみんな、あなたの名前を覚えたのよ。あんまり、あなたが可愛いから」
「うそ。そんな事、ないよ」
ふるふる、と首を振って否定する様も、やはり可愛らしい。
「でも、嬉しい。チョの事、知ってる人と同じお仕事ができるなんて。あなたは…さっき言ったよね。紀和? …よろしくね、いろいろ教えてね」
さっそく、委員会をしている部屋に戻り、一角の机と椅子を後ろに運んで詰めて、スペースを作り、二年生は模造紙を測って切ることから始めた。
いちゃいちゃペアの方にはトーナメント表を一切合切頼み、紀和は、にわかに興味の出てきた目の前の美少女、梨順とポスター作りにとりかかり始めた。
(つづく)