2010年12月31日金曜日

いちごボーイ(5)

体育が終わり、ぞろぞろとクラス全員がロッカールームへ戻っていく。
平静を装いながら、私は、自分だけにわかる高揚感と達成感をかみしめていた。

いや、「自分だけにわかる」と…思っていた、はずだった。

はずだった、のに。

廊下の片隅に小さなスチールの棚が並べられただけの、ロッカールーム。
自分の制服を吊り下げてある番号の場所へいこうとした途端、私は、手を勢いよく引っ張られた。
すぐ手前の、社会科資料室のドアが素早く開けられ、誰かが私を引っ張り込んで、ドアと鍵を閉めた。

その相手を認めた途端、私は目を丸くして固まった。
なんと、いちごちゃん一人きりしか、そこにはいなかったのだ。

「金沢さん! …あなたって、あなたって、すごい人だわ!」
私がいちごちゃんに言うべき言葉が、つやつやしたラズベリー色の唇から飛び出てくる。
「私、私ね、あなたのダンスを見てる間じゅうずっと、自分の心の中を形にして見せてくれてる…って、そう思ってたのよ。私の心、どうしてあんなにわかってしまうの?」

そこまで一気にしゃべって、ほっと息をついたいちごちゃんに、私は初めて口をきけた。
「…あの、あのう、あれは私の心で…もっさりして、何のとりえもない私が、なんとか変わりたいと思って…それを表現したら、ああなるかなって…」

その時、私は初めて気づいて、はっとした。
いちごちゃんは、ずうっと私の両手をぎゅっと握りしめたまま、しゃべっているのだった。
もちろん、私から離す気は、さらさら起こらなかった。
むしろ、このまま永遠に気づかないまま、手を握っていてくれたらいいのに、と、密かに願った。

「…そ、そんなことより、私はあなたのダンスの方が素晴らしくって、見とれっぱなしだったの。ダンスと言うより床運動みたいにハイレベルで、でも曲に合ってきりりとした動きで…いちごちゃんって、本当にすごいなあって…」
『いちごちゃん』?

わっ!
誰にも言ってない呼び名、よりによって本人の前で言っちゃうなんて!
あわてて、私は自分の口を両手で押さえようとしたけれど、できなかった。
だって、いちごちゃんが、まだぎゅっと両手を握りしめながら、興味津々といった表情で私に顔を近づけてくるんだもの。

私、汗臭くないよね?
体育の直前に、ロッカールームでデオドラントペーパー、使ったもん。

「それって、私のこと?」
もう声にだして返事もできず、手を握られたまま、輝く瞳に向かってコクン、とうなずく。

「うわ…うれしいー! そんな可愛いニックネーム、初めて。私」
「えっ、うそ! そんな綺麗で顔が小さくて、ショートカットで可愛いのに」
思わず、言わなくてもいいニックネームの由来まで、驚くあまりに私はしゃべってしまった。
「私、今まで男だ男だって言われてきたの。それが嫌で女子校に入ったのに、周りを囲んでくる子は何だかボーイフレンド代わりの目で見てくるようなのばっかりだし。いちご? 嬉しい!ありがとう、金沢さん」

その後の事は、夢だったかもしれない。よく覚えていない。
ずっと繋がれていた手が離れ、あ、と惜しむ間もなく、いちごちゃんがぎゅうっと抱きついて、離れて、風みたいに鍵とドアを開けて、出て行ってしまったから。
見た目よりずっと柔らかな胸の感触と、本当にいちごみたいな甘い香りを残して。

綺麗だけれど、決して男みたいだなんて思えなかった。
今も、思えない。
同性として、女子高校生として、私は前にも増して(当然ながら)いちごちゃんのことばかり気になるようになってしまった。

2010年12月30日木曜日

いちごボーイ(4)

クラスメイト達のダンスは様々で、私でさえ見ていて飽きなかった。

自分の好きなアイドルの振り付けを取り混ぜて踊る子、もちろん、BGMはそのアイドルの最新ヒット曲。
いつもは結ばない髪にリボンを飾って、「くるみ割り人形」の曲に合わせ、操り人形のような可愛らしい振り付けを考えて踊る子。
話題の朝ドラのテーマ曲に合わせて、コミカルな動きをして皆を笑わせる子。

普段、いちごちゃん以外の人にほとんど興味を持たなかった私にとって、一人ひとりの表現は彼女たちの好みや性格を教えてくれているようで、発見の連続だった。

無論、ダンスなど好きそうではなく、普段のマット運動の延長に、教師から借りた適当なイージーリスニングの曲をかけ、すませてしまう子も何人もいた。
そうだろうな、と、それもまた私を納得させた。

さあ、いちごちゃんの番だ。
この一分間は、まばたきもしない覚悟で、私はマットの上へ目を凝らした。

曲がかかる前に、いちごちゃんは教師に凛とした声で告げる。

「私が、フロアからマットに駆け込んで、両足とも乗った頃に再生ボタンを押してください。だいたいでいいですから。お願いします」
体の線にぴたりとあった、薄紫色の上下のジャージ。くっとくびれたウエストには、それより気持ち濃い菫色の薄いスカーフが巻かれている。

こんないでたちで、こんな注文を言ったのは、いちごちゃん一人。
女の体育教師は真剣な顔つきでうなづき、クラスの皆は、息をのんでいちごちゃんの一分間が始まるのを待つ。

タン!
フロアから勢いよくマットに躍り込むと同時に、かかった曲は「剣の舞」。

いちごちゃんは、マットにのるやいなや、側転の連続技からダンスを始めた。
ほうっ…、と、体育館中にため息が広がる。
曲が流れているときは、ターン、ポーズ、スピンに柔軟技。
止まるときは、立ったまま上半身に高さの変化をつけて、ポーズしたまま静止。
勢いのあるフィニッシュでは、マットの端から端まで駆け抜けて、バック転とロンダードで曲の編集分、1分間きっかりでしめくくった。

一瞬の、静寂。
それからすぐに、割れんばかりの拍手と歓声と、級友が駆け寄って取り囲んで、いちごちゃんを包む。
CDプレーヤーの傍では、腕を組んで(やれやれ、しばらくはこのまま許しておいてあげましょう。あれだけの技をみせつけられたんじゃね)…とでも言いたげな、女教師の姿。
私は、心の中でありったけの拍手と賞賛を贈りながら、そのどちらにくみするわけでもなく、壁の傍に体育座りをして、普通に拍手をするにとどめておいた。

それから、数人後。私の番が来た。

いちごちゃんの、あれだけすばらしく綺麗な技を見てから、かえって私の心は落ち着いていた。
逆立ちしたって、真似しようたって、もとがちがうし技術もちがう。
なら、自分は自分のダンスをするしかない、のだから。
地味な自分のダンスなぞ、誰も気にやとめない…それも、プレッシャーがなくてありがたかった。

「金沢さん、曲は? 提出されてないようだけれど」
「曲は、使いません」
教師の問いにそう答えると、私は、一礼してマットの中央へ歩んでいった。
曲を使わないのは私一人だけらしく、クラスの皆はざわざわとしだした。

しゃがみ込むようにして、私は頭の上で闇雲に両手を動かす。
顔をしかめるようにしながら、重たい、うるさいもの全てに抵抗している振り付けを繰り返す。
始めは、弱々しく。
でも、次第に、手に力をいれるようにして、だんだん立ち上がってゆく。
自信のない私よ、変われ。
訳の分からない闇よ、消えてしまえ。
この得体のしれないトンネルから抜け出て、私は明るい世界に出て、自由になるんだ!
…あまり得意ではない私でもできるような前転技とポーズをいくつか織り交ぜ、最後は太陽に向かって胸をひらくように、片膝を立てて両腕をYの字のようにして、終えた。

予想通り、クラスメイトからは意外そうな表情と、それにしてはパラパラとした程度の拍手。
でも、私は嬉しかった。
ほぼ、自分の思い描いていた通りに1分間、演じることができたから。

そして、もう一つ。
数少ない拍手組の中に、なんと、あの、いちごちゃんがいたから。

2010年12月27日月曜日

いちごボーイ(3)

いかにも女子校の体育だな、と私が思ったのは、ダンスの時間の多さだった。
目尻が気持ちきりりとつり上がった、勝ち気そうな若い女の体育教師の指示にしたがって、クラスの皆がそれぞれに体をほぐしたり、動と静を繰り返したり。
次は流れてくる音楽に合わせて、好き好きに動いたり、小走りに体育館のフロアを駆けたり。

いつもの学校指定のジャージ姿でも、はにかんだり、シラけたりしながら授業を受けていたクラスメイトもいた。
見た目から言えば、私も本当は、そっちのグループにいた方が似合っていたかもしれない。
でも、男子が見ていない気安さと、運動神経はよくなくても体を動かす楽しさを感じ始めたせいで、いつのまにか、私は普段の体育より真剣に取り組んでいた。

単元のまとめに、課題が出た。
「次の時間、1人1分間、自分で自由に考えてダンスを発表しなさい。音楽や効果音は自由、なくても構いません」
えー、キャー、やだ難しいー、などの声が予想通り体育館に響き渡る。
その中で、不思議に私の心は、すぐにテーマを決めていた。
(今の、ありのままの自分を踊ってみよう。今は自分に自信が持てないけど、いつかはこの暗い心の闇を抜け出してみたい。…あの、あこがれのいちごちゃんのようにはなれなくても、少しでも近づきたい!)

どんな風に手や足、目線から体全体までを動かしたら、人に分かってもらえるだろう。
…いや、人がどうというより、自分で自分の動きと心がシンクロできているか、納得できるだろう。
授業では練習の時間などなく、私も他の子たちと同じように、家に帰って自分の部屋でこっそり練習していた。

集中しているはずなのに、つい、とかすめる思いは、いつも同じ。
(いちごちゃんは、どんなダンスをするんだろう…?立っているだけでも絵になるくらい、綺麗な子…)
その都度、想像しようとしてもできないくらい、何だかドキドキしてしまった。
自分のダンスと同じくらいに。

そして、次の体育の時間、一人ひとりの創作ダンス発表会が始まった。

2010年12月1日水曜日

いちごボーイ(2)

いちごちゃんを遠くからでも見ていられるなら、電車での通学も私にとっては苦にならなかった。
本当はいつまでも布団の中にいたい性分の私が早起きするようになり、家族は驚いていた。
いや、一番驚いていたのは、私自身かもしれない。
こんなに、誰か1人に心を奪われてしまったことは、いままでなかったもの。

いちごちゃんは、ボーイッシュな見た目通り、体育の授業では何をやっても万能。
私はといえば、太めのもっさりした体が示す通り、何をやってもパッとしない。
かといって、見学を決め込む狡猾さもなく、まだ顔と名前の一致しないクラスメート達にクスクス笑われながら、レシーブを決められずにコートへ落としていたりした。
そんな時も、いちごちゃんは、私を笑うわけでもなく、無表情に近い態度。
(眼中にもない、ってことなのかな…)
そう自分で考えるのは悲しいけれど、やっぱり私にはそうとしか思えなかった。

あの、たった一時間のダンスの授業の時までは。

2010年11月30日火曜日

いちごボーイ(1)

視界に入った瞬間、釘付けになっていた。
私がなりたかった、理想の少女がそこにいたなんて。
しかも、目の前に生身で。
入学式を終えたばかりの、体育館から女子校の校舎へ向かう渡り廊下で。

小さな顔に、はみ出そうな大きな瞳と長いまつげは、まるで少女マンガのよう。
形の良い頭に沿った、つやつやと黒いストレートのベリーショートの髪は、苺のへたみたい。
無論、首は細く長く、肌も背の高さもスリムさも、ルックスは平均よりみんな高め。

けっして威張っている感じでは、ない。
でも無言ですっすっと歩く彼女の周りに、友人よりも「おとりまき」めいた同級生が数人連れ立つ。
その誰にも特別に視線を向けるわけでなく、声をかけるわけでもなく、その彼女は通り過ぎていく。
…そんな「超然」としたしぐさが自然に身についているのも、私を彼女に惹き付けさせた。

父の仕事の都合で、この女子校に越境入学してきた私には、知己がほとんどない。
なので、40人いるクラスの中の同じ1人だとはわかっていても、私は彼女の名前を知らずにいた。
だから、彼女の方が私の名前を知る事など、まずないだろう。
私は、彼女のようにキュートで「超然」とした魅力などない、もっさりとした太めの15歳にしか過ぎないのだから。

名前が分からないので、彼女の髪型から私は「いちごちゃん」と秘密の呼び名をつけて、遠くから眺める事を自分に許した。

2010年11月29日月曜日

はじめに

このブログは「GL」(ガールズラブ)「百合」がテーマの創作をお読みいただく場です。
そのため、上記の「」2つの単語の意味がおわかりでない方は、このブログの閲覧をご遠慮ください。

また、マイペースで「GL」「百合」であれば、いろいろなジャンル・時代で書き綴ろうと思っています。
もしお気にいらないジャンルのものが出てきたら、スルーしてやってください。
お願いいたします。

では、これからどんな色の、どんな香りの百合たちが、美しさを咲き誇り競い合うのでしょうか…?