2013年6月24日月曜日

極道めずる姫君(3)

すみれは、理事長室を出ると、普段通りにロッカールームへ向かい、銃を入れたポーチをしまうと、鍵を掛けた。
…とりあえず、校舎内にいる時は、今まで使ったことがないので。

そして、中庭の草花の手入れや、温室の空調、草取りなどをして、朝の早い時間を過ごす。

授業中は、その美貌に似合わず、そう目立つ生徒ではなかった。

有名私立校が居並ぶこの近辺でも、偏差値や財力で頭ひとつ抜け出たこの女子校では、すみれ以上に派手な顔つきの美少女が多く在学していたし、何より、すみれはほとんど授業中に挙手もしない、静かな生徒であったから。

すみれの実家を知らぬ教科担任は、定期試験の後の二者面談で、決まって彼女に言う。

「蒼さん。…あなた、御三家とひけを取らない本校で、学年順位三番を下らないほどの、よいお点をいつもお取りになるのよ。なのに、どうして授業中も発言せず、おとなしくしていらっしゃるの?」

「たまたまでございますわ、先生。…私、そんな賢い生徒ではございませんし…」
「たまたま、ですって?全教科にわたって、これだけの素晴らしい成績をお出しになるのに?!」

素人のお嬢様たちが集う学校で、目立つ事は決して許されないし、許さない。
それが、すみれの心中密かに思うところであった。

このままひっそり、卒業証書を受け取るまでいられれば、それ以上の幸せはない。
そう、本気で思っていたのである。

もちろん、大学進学などとは、はなから考えてもいなかった。

どんなに小規模な大学であろうと、この女子校とは大きさと学生数が違ってくる。
それだけ、人様に迷惑を掛ける可能性も増えてしまうわけだ。

実家に入り、跡を継ぐための修養に励み、周囲の者を外道から傷つけさせぬよう、武芸の稽古を積む。
外国との交流も一層進んでいくだろうから、各国語を学ぶ必要も生じてこよう。
学生であるため時間の制約があった、他の組とのおつきあいも、これからは、こなす必要がある。

そう考えると、理事長先生との約束さえなければ、今すぐ中退してしまいたいほど、やるべき事が山ほどある。
すみれは、そう考えていた。
クラスや校内での順位や人気取りなどは、全く眼中になかったのだ。

「気配を殺す」
すみれは、学校でそれを学んだ。

「これだけの少人数の中でも、気配を殺すことを覚えなさい。相手に気取られたら、すでに一歩も二歩も譲ってしまったと同じ事ですよ。…それから、もう一つ。現代のこの世の中、最低でも高校を卒業しておかなければ、社会の変化に全く太刀打ちできません。外国の学校に通ってでもいたなら、あなたはスキップして既に大学院レベルまでの知力や判断力を身につけていると認定されるでしょう。しかし、いかんせん、ここは日本。…はやる気持ちは判るわ。でも、もう少し、我慢なさい…?」

理事長先生が、中学部の卒業式を終えた後、高校部への進学を取りやめたいと申し出たすみれを諭した言葉である。
それがそのまま、二人の約束となっていた。

(…それにしても、おかしいわ…。最近、この辺りの三下が、騒ぎを起こしているという話も聞かないし、夜の街を車で回っても、新顔を見ることはないし…。じゃあ、今朝のあの車は、どこの手の者なのかしら?私の名を呼んでいたのだから、組全体に何か仕掛けてくるつもりではなさそうね…)

「…さん、蒼さん!今の問題の解答は?」
はっ、とすみれは、我に返る。
今朝の一件に思いを巡らせているうち、授業中だと言うことを忘れてしまったのだ。

「す、すみません…聞いておりません、でした…」
頬を染めてうつむき、恥ずかしそうに謝るすみれに、クラスの皆がクスクスと温かく笑った。
おしとやかに振る舞っている美少女であっても、すみれにはどことなく憎めない雰囲気があって、それを皆が見守ってくれているためであった。

(つづくー)

2013年6月23日日曜日

極道めずる姫君(2)

その頃、すみれは理事長室を訪れていた。
ささやかな自宅を敷地内に構えた、初老の婦人は、すみれの内線電話にゆるりと立ち上がると、室内に入ってくる。

「理事長先生、申し訳ありません。先程、本校正門前の道で、不始末をいたしてしまいました…」
心から申し訳なさそうに、すみれは視線を落として詫びた。

「どちらが先に、銃を向けたのです?」
いかにも慣れた問答のように、理事長は微かな笑みさえ浮かべて問う。

「それは、もちろん、相手方です。私には、最近身に覚えのある情報は、入っておりません」
「なら、蒼さんの正当防衛でしょう? 何も問題はありません」

「でも…でも、校内にまで銃の携帯をお許し下さり、ほかの生徒の皆さんにまでご迷惑がかからないよう、こうして登下校の時刻をずらしていただいて…私、本当に恐れ入るばかりで…」

すみれは、さらりと髪を揺らして、今度は理事長を真っ直ぐ見据えて言う。

「理事長先生。私、本当にこの女子校にいて、よろしいのでしょうか?ご迷惑ばかり…」

「私の意見は、変わりませんよ。あなたが小一の春、入学式で今は亡きお母様とここへご挨拶に来てくれた時以来、ずっとね」

理事長は、クッションの効いた肘掛け椅子からよっこらしょと立ち上がると、ツイードのスーツで南向きの出窓を見上げた。

「あの時、お母様からお家の事情を伺いました。それもさることながら、あなたはその間、一言も無駄口をきかないで、ずっと私の顔を見つめていたわ。そう、そこのソファの横でね。私が座るように勧めた時、あなたはこう言ったわね。『私は、稼業を継ぐ身です。座るなどという、己を甘やかすような真似はするな、と、おじい様にもお父様にも言われて育ちました』、って」

窓を見ていた理事長は、くるりと振り向くと、ふふ…と笑って、すみれを見た。

「あの時ね、私は思ったのよ。誰が何と言おうと、この子はうちの女子校に入れよう、と。共学では、あなたを狙う刺客が入り込みやすいわ。それはまあ、あなたのように、少女でもあなたの命を狙う者はいるでしょうけれど、本校は一学年30人の小規模エスカレーター式私立校。あなたにとっては、少しでも学業に励みやすい環境になれば、と思ってね。…それに」

このあとに続く言葉は、日頃、理事長とすみれの二人きりの時、繰り返し聞かされてきたものなので、もうすみれにも予想はついた。

「それに、今でこそ学校の理事長などしてはいるけど、私もかつては、任侠の家に生まれた女ですからね。…あなたが素人さんにご迷惑をかけない限り、できるだけの事をしたいのですよ」

「理事長先生…、いつもいつも、ありがとうございます…」
すみれは、深々と頭を下げた。

「では、失礼いたします…」
すみれがそう言葉を添えて、重いマホガニーのドアを開けて退室しようとした時、

「蒼さん、背中の昇り龍は…もう、仕上がって?」
さらりと、理事長が尋ねてきた。

「はい、先だってに、ようやく…五分で、胸割りに彫り上げていただきました」

「おしゃれの幅が狭まってしまうけれど、仕方ないわね。夏服の生地も長袖で、いまから相談しておいてちょうだい。…それから、しばらくは免疫力が低下するから、無理をしないこと、忘れないでね?」

「…恐れ入ります」
マナー通りのゆかしい身のこなしで、すみれは理事長室を後にした。

ふう、と一つため息をついて、理事長は再び椅子に腰をかける。
「18になるのを待って、すぐに彫り物も入れて、修羅の道をゆくのかしら…あの娘は。私のように、結婚して本家を出てしまう様子はなさそうね…」
そう呟くと、窓の外に揺れる、まだ淡い色をした若葉をしばらく、見つめていた。

(つづく。平日はむりそうなので)

極道めずる姫君(1)

女子のみが通う高校生の一人である彼女は、腰まで届くストレートの黒髪の持ち主。
瞳も黒目がちで睫毛が長く、いつも気持ち伏せられていて、つつましやかな心を映している。

この女子校のセーラー襟の制服は、都内でも有名な上品さ。
襟も身頃も白無地のサージに、結ぶ絹地のスカーフも光沢のある白。
濃紺の襞スカートは、膝から少しだけ下の丈と決められ、違反をする者もいない。

着崩すことこそ、この制服ならびに、母校の誇りを汚すことだ、という誇りを持っているからだ。

無論、冒頭で紹介した少女も、そうであった。
左胸のポケットには小さな七宝細工の校章が、臙脂色に光っている。
その色が制服全体を華やかに、そして上品に見せていた。

彼女は、理事長先生の特別許可を受け、まだ他の生徒が登校する前に学校へ着くことを許されていた。
今朝も、父親の部下が運転してくれる、黒塗りの大きな国産車で正面玄関に降り立つ。

そこだけ、日本古来から愛でられてきた、たおやかな花が一輪咲き匂うように、辺りが輝く。

毎日のことながら、運転手と後部座席に控える部下達は、その美しさに思わず嘆息する。

そこへ。

「青鳳会の三代目、蒼 すみれだな?! 覚悟しろ!」

正面から、すみれを送ってきた車と相対するようにして、車種の違う黒の高級車が突っ込んできた。
助手席に乗った男が、ハコ乗りの格好になって、すみれに銃口を向ける。

一発目。
すみれの頬のすぐ横を飛んだ流れ弾は、防弾ガラス仕様になった青鳳会のフロントガラスに当たる。

顔色一つ変えず、すみれは学校指定の通学鞄の中から、ポーチを取りだした。
ジッパーを素早く開け、中から消音器(サイレンサー)付きの短銃を出すと、片手で向かいの車に向ける。

「お嬢さん!危ないです!」
「お嬢!」

部下達が口々に叫びながら、車のドアを開ける音を背中に聞きつつ、すみれは静かに言った。

「…大丈夫よ」

すみれが撃った一発目の弾丸は、相手のタイヤの前輪を一つ、パンクさせた。

ハンドル操作に手間取る相手を見据えて、ハコ乗りの男を、二発目で正確に打ち抜く。
心臓近くにでも命中したのか、男は、迷走する車から落ち、自分の組の車に轢かれた。

「お気の毒にね…」

純白の制服に、相手の組の血しぶき一つ付けず、すみれは心底からつぶやいた。
そして、自分を送ってきてくれた車に歩み寄り、ドアを開けて飛び出していた部下…いや、組員たちに静かに告げる。

「ごめんなさいね、貴方がたまで朝から面倒事に巻き込んでしまって…。私、約束でこういう時、理事長先生に速やかに報告しなくてはならないの。後の始末を、貴方がたにお願いしてしまっても、よろしいかしら?」

花の顔(かんばせ)を心持ち曇らせながら、これほど丁寧に次期組長へ声を掛けられ、嫌という組員がいるだろうか?

「承知いたしました、お嬢さん。今回のことは、一切こちらに落ち度のない事。親分や警察にお知らせいたしまして、この場の後始末も、させていただきます」

車の後部座席に乗る、幹部クラスの組員が、低く、だがよく通った声で返事をした。

「…有難う。心から、感謝します。じゃあ。…帰り道も、気をつけてくださいね? お父様にも、宜しく」

そう言って、にっこり微笑むと、すみれは何事もなかったかのように、銃を鞄にしまいながら、校門を通りすぎていった。

「…しっかし、すげえなあ…三代目の肝の据わり方、あの腕前、そしてマブさ、ハンパねえよ」
「バーカ、てめえ、今さら気づいてやがんのか?この稼業で、お嬢を知らねえ奴はモグリだ」

青鳳会への帰途、若い組員たちは、三代目のすみれより余程興奮して話を続けていた。

「お前ら、知らねえのか? お嬢さんには、異名(ふたつな)がある、って事を」
「?何ですか、それ?」

「『極道めずる姫君』、ってえんだよ、あの方はな」
ゆったりと、幹部の組員は話す。

「初代が興し、今の二代目組長がここまで大きくしてきた、青鳳会。そのお二方が、掌中の玉と慈しんで育てられた、それが三代目のすみれお嬢さんだ。十代の若さで、背なに彫り物をし、『自分は誰とも所帯を持たない。私は、この家の極道という道と結婚したのだから』…そう、言い放った御方だ。素人さんには決して手を出さず、無法な輩はさっきのように容赦なく叩き潰す…」

「もったいねえ…あんなに、マブ過ぎなのに…」
「俺、何度夢に見たことか…」
若い者たちが思わず口にした言葉に、幹部の組員は大声で笑った。

「…本気で、そう思うなら、命がけでお嬢さんを御守りしろ。自分の命を捨てても、お嬢さんと青鳳会のために、一生を尽くすんだな」

その言葉に、車中の全員が、深くうなずいた。

(つづく、です)

びっくりびっくり!

国内外から、7カ国の閲覧をいただいていました!

「富士山とその周辺地域 ユネスコ世界文化遺産登録」のおかげかな?

たしかに私、かつて富士山のある地域に住んでいました。
家の窓を開けると、銭湯のペンキ絵のように、どどーんと(本当よ)富士山が毎日見られたのです。

嫌なことや辛いこともたくさんあった時期だったけど、富士山を見ると元気になれました。

外国で「富嶽三十六景」という浮世絵をごらんになって富士山を知った方、
あのままに、本当に、富士山は美しいですよ。

火山活動を繰り返してできた独立峰なので、回りに邪魔する物がなく、堂々とした山です。
春の緑、夏の青、秋の黄金、そして冬の純白…いつ見ても、美しい山肌。

側にある湖に映る姿も、また格別です。

姫と名の付く女神が守る、神秘的な山でもあります。
この山そのものが、神でもあります。

八月終わりの祭りも、大きなたいまつやみこし(朱色の富士山を形取ったものもあります)で、とても賑やか。日本にたくさんある祭りの中でも、珍しいもの3つに入ります。

…でも、日本人のモラルの低さで環境は決して良くなく、自然遺産から外されたのも事実です。

自然遺産に戻そう、とまで非現実的な事は申しませんが、せめて現状を維持して、この山や湖や海岸の美しさを、世界中の人々に知ってもらいたい、そう願っています。

2013年6月21日金曜日

次回予告&ご新規さま

インドのお客様がお見えになりましたよ~!
ごめんなさい、ごあいさつの言葉を知らないんですけど、でも、嬉しいです。
被害は大丈夫ですか?

さて、もう午前様を過ぎてしまったので、次回予告(案)を2つ。
そのうちのどっちかを、書きます。

一つめの案は。
何度か書いてきた鹿乃子ちゃんのお話の中で、まだ書いていない空白の期間。

具体的に言うと、14~16歳の、まだ恋し始めの、ぎくしゃくした鹿乃子ちゃんと和也くん。
図書館で、着物の本を借りてこられたので。へへー。

で、二つめの案は。
昔から書いてみたいなーと思っていた、おしとやかな女の子が任侠のお家の跡取り、という話。
タイトルは、昔の「虫めずる姫君」を頂いて「極道めずる姫君」。

女の子本人は、生まれてからずっとそういう環境にそだって、かしずかれて育ってるし、
現組長の父上が、素人さんに手を出さない、昔気質の考えで娘を育ててきてるので、この女の子もそこらの芯がぶれてる同年代の子達よりは、よほど肝がすわってる、という設定。

もちろん、自分からは仕掛けませんが、やる時は玄人相手に限って、やります。
これも、着物着てるシーン、ほしいなー。
ちなみに、こちらの女の子は、「極道」が恋人なので、彼氏はいません。

…共通点が、あるかしら?

任侠物がお好きでない方も、フィクションとして読んでいただけると、嬉しいです。
…いや、書けばだけど(苦笑)

今度の土曜日はちょっと忙しいです。
日曜日は…どうかな…

己の気力・体力と相談して、出来ればブログ更新かないますように!

それでは~。

2013年6月17日月曜日

国産(ナショナリストではないよ)

さぼってる間に、外国からの閲覧者さんがいなくなりました…

でも、超いいかげんペースで書いてた「花嫁御寮とおヨメちゃん」を読んでくださってた方が予想以上に多くて、嬉しいです!

この次は「昔から書きたかった設定のお話いくつか」のうち、一つを書いてみようと思います。
少々長くなるかもなので、読まれる皆さんも、どーかお気を長くお持ちになって(拝)

では、今夜は時間も時間なので、このあたりで。

2013年6月10日月曜日

花嫁御寮とおヨメちゃん(5・終)

「まあ、貴子さんてば、とてもお素敵!私が思っていたより、白だけでも、ずっとずっとお映えになるのねえ!」
ざっと、でも全体の着姿が分かるように、九重家の侍女に身を預け、貴子さんは白無垢を召した。

白とはいえ、地紋に織られた紗綾がきらきらと貴子さんを引き立てる。
袂や裾からちらり、とのぞく紅絹(もみ)がかえって艶やかで、大人っぽい彼女によく似合う。

「まあ…そんな、やっぱり恥ずかしいわ。そんなにご覧にならないで頂戴。それより、今度は毬子さんよ?美しい黒の五つ紋をお召しになって、私に見せて下さらない?」

着付けてしまってホッとしたのか、いつもより貴子さんは饒舌にお勧めになる。

「そうお?じゃ、笑わないで頂戴ね?…きっと子供っぽくなると、思うけど」
可愛らしく頷いて、オレンジの地に黒と白のよろけ縞が映える、いかにもモダンな銘仙を着た毬子さんは、侍女にされるがまま、姿見の前で簡単に着付けてもらう。

「…出来ましたわ。本当に、お笑いになっちゃ、いやよ?」
照れくさそうな毬子さんの声に、隣のお部屋で飲み物を戴いていた貴子さんは、和室に入るなり小さく歓声をあげた。

「まあ、お可愛いらしい!毬子さんたら」

髪こそ文金高島田に結ってはいないが、黒地に五つ紋の花嫁衣装は色とりどりの裾模様も鮮やかで、毬子の雰囲気によく似合っていた。

壷垂の裾柄が背を高めに見せ、その上には御所車や七宝の吉祥飾りの刺繍入り染め模様、たなびく瑞雲には鹿の子絞りが惜しげもなく施されている。
そして、二羽の鶴が大きく羽を広げる様も華麗であった。
両肩には、しだれ桜が品を保つ程度に描かれている。

帯は、七宝の上に牡丹が刺繍された重厚で品格を感じさせるもの。
もっとも、今日はざっくりと巻かれているだけだが、本当の婚礼で締めるとしたら、贅をこらした帯留めや飾り結びが加えられることだろう。

「ねえ、毬子さん。そこのスツールにお掛けになって、裾をお流し遊ばして?一層、映えてよ」

珍しく貴子さんからのおねだりに、頬をうっすら染めながら、毬子さんは言うとおりに座る。
のびのびと、古典柄もモダンに着こなしてしまうような茶目っ気が、より引き立つ。

「決まり、だわ。私たち、このお衣裳でまいりましょう?」
「そうですわね、何だか、心にしっくりきますわ」

二人の総意が一致した所で、毬子さんが、悪戯っぽくニコリと笑う。
「では、さっそく、本格的にお着付けをして、撮影会と参りましょうか?」

「えっ?!」

突然の申し出に、貴子さんは目を丸くする。

「…だって、お義姉さまのお衣裳を屋敷から持ち出すのは、やはり気がひけますの。それに、こういう事って、勢いが大切なのですって。ほら、善は急げ、って申しますでしょう?」
毬子さんは、なおも続ける。

「実はね、別の洋間に、出入りの写真屋を待たせてありますの。大丈夫、変な意味など勘ぐる性格の物ではございません。第一、その写真屋も婦人なのですもの」

「まあ…何から何まで、手回しがよろしいのねえ…。道理で、うちの車を使わずに、運転手を待たせないようにしておいたわけですのね?」
半ば感心する貴子さんに、
「ごめんなさい。決して、騙すようなつもりはなかったの。…ご気分を害されたのなら、写真は、やめにしますわ…」
可愛らしい花嫁衣装姿のまま、毬子さんは両手を合わせて、わびた。

「…怒ることなんて、なくてよ、私。もう、この白無垢を手に通してから…いえ、毬子さんの申し出に承諾した時から、私も、同じ気持ちでしたもの…。身も知らぬ殿方の家へ嫁ぐよすがに、毬子さんとのお写真を一葉、お嫁入り道具の中へ忍ばせてゆきたい、って…。」

白無垢で、そう心の内を素直に告げる貴子さんは、観世音菩薩のように輝いていく。
「…私、貴子さんとお会いできて、嬉しい。良かったわ…本当に」
「私も、よ」
貴子さんは、裾捌きも見事に毬子さんの側へ寄ると、二人してコツン、と額を軽く付けた。

その後は…大急ぎで本式の着付けを済ませ(髪は普段通りだけれど)、写真屋を呼んで、和室で二人の花嫁姿を撮ってもらうことになった。

「お願いね?お父様にもお母様にも、お内緒よ?お義姉さまにも、写真を撮った事は申し上げないでいて頂戴?」

「はい、心得ております。それにしても…女だてらに写真屋か、と言われながら今日まで参りましたが、このようにお美しく、またお可愛らしい花嫁様お二人を映させていただけるとは、写真屋冥利につきますわ」

ほう…とため息をつきつつ、まだ年若い婦人の写真屋は、話しながらてきぱき準備を進める。

「白無垢の御令嬢は、そのままお馬に乗って嫁がれてもおかしくないような、しっとりとした花嫁御寮の風情…。そして、毬子さまは失礼を承知で申しますなら、お衣裳が毬子さまのお可愛らしさに負けてしまうようで…花嫁さん、と申し上げるよりは、おヨメちゃんとお呼びしたいような愛くるしさ…」

「まあ、言い得て妙ですこと!」
貴子さんは笑い、
「おヨメちゃんなんて、ひどいわ!んもう、皆で子供扱いなんだから…」
毬子さんは、ちょっと頬を膨らませる。

「毬子さま、そのお頬で映ってしまっては、勿体のうございますわ。さ、お二方の御緊張もほぐれたようですし、撮影に入らせていただきます。何度か撮らせて戴きますので、どうぞお楽に…」

ストロボが、何度か和室全体を眩しく照らす。

貴子さんが言ったように、お嫁入り道具の大切な一つとして、二人とも手ずから今日の写真を持って、嫁いでゆくのだろう。
そして、もし娘や孫娘に恵まれたなら、そっとセピア色の写真を見せ、懐かしくも甘やかな青春時代を語って聞かせることだろう。

…まだ、軍靴の音も遠かったころの、あどけない二人の女学生の話である。

(おわり。遅筆の極み、お許しあれ!)

2013年6月3日月曜日

隊長!…じゃなくて体調不良!

すいません、このタイトルは極めて内輪受けなので、勘弁してやってください。
深い意味はありません。

でも、本当に体調は不良です…

でもでも、それでも無理こいて図書館行って、昔の和服の本を借りては来ました。
今、うちにあるにはあります。
どれを毬子ちゃんと貴子さんに着せようか、布団の中でうんうんと唸りながら見て、考えてます。

週末、こちらにおいでになった方、ごめんなさい!

体調が回復してきたら、最終話を書きます!