2013年6月10日月曜日

花嫁御寮とおヨメちゃん(5・終)

「まあ、貴子さんてば、とてもお素敵!私が思っていたより、白だけでも、ずっとずっとお映えになるのねえ!」
ざっと、でも全体の着姿が分かるように、九重家の侍女に身を預け、貴子さんは白無垢を召した。

白とはいえ、地紋に織られた紗綾がきらきらと貴子さんを引き立てる。
袂や裾からちらり、とのぞく紅絹(もみ)がかえって艶やかで、大人っぽい彼女によく似合う。

「まあ…そんな、やっぱり恥ずかしいわ。そんなにご覧にならないで頂戴。それより、今度は毬子さんよ?美しい黒の五つ紋をお召しになって、私に見せて下さらない?」

着付けてしまってホッとしたのか、いつもより貴子さんは饒舌にお勧めになる。

「そうお?じゃ、笑わないで頂戴ね?…きっと子供っぽくなると、思うけど」
可愛らしく頷いて、オレンジの地に黒と白のよろけ縞が映える、いかにもモダンな銘仙を着た毬子さんは、侍女にされるがまま、姿見の前で簡単に着付けてもらう。

「…出来ましたわ。本当に、お笑いになっちゃ、いやよ?」
照れくさそうな毬子さんの声に、隣のお部屋で飲み物を戴いていた貴子さんは、和室に入るなり小さく歓声をあげた。

「まあ、お可愛いらしい!毬子さんたら」

髪こそ文金高島田に結ってはいないが、黒地に五つ紋の花嫁衣装は色とりどりの裾模様も鮮やかで、毬子の雰囲気によく似合っていた。

壷垂の裾柄が背を高めに見せ、その上には御所車や七宝の吉祥飾りの刺繍入り染め模様、たなびく瑞雲には鹿の子絞りが惜しげもなく施されている。
そして、二羽の鶴が大きく羽を広げる様も華麗であった。
両肩には、しだれ桜が品を保つ程度に描かれている。

帯は、七宝の上に牡丹が刺繍された重厚で品格を感じさせるもの。
もっとも、今日はざっくりと巻かれているだけだが、本当の婚礼で締めるとしたら、贅をこらした帯留めや飾り結びが加えられることだろう。

「ねえ、毬子さん。そこのスツールにお掛けになって、裾をお流し遊ばして?一層、映えてよ」

珍しく貴子さんからのおねだりに、頬をうっすら染めながら、毬子さんは言うとおりに座る。
のびのびと、古典柄もモダンに着こなしてしまうような茶目っ気が、より引き立つ。

「決まり、だわ。私たち、このお衣裳でまいりましょう?」
「そうですわね、何だか、心にしっくりきますわ」

二人の総意が一致した所で、毬子さんが、悪戯っぽくニコリと笑う。
「では、さっそく、本格的にお着付けをして、撮影会と参りましょうか?」

「えっ?!」

突然の申し出に、貴子さんは目を丸くする。

「…だって、お義姉さまのお衣裳を屋敷から持ち出すのは、やはり気がひけますの。それに、こういう事って、勢いが大切なのですって。ほら、善は急げ、って申しますでしょう?」
毬子さんは、なおも続ける。

「実はね、別の洋間に、出入りの写真屋を待たせてありますの。大丈夫、変な意味など勘ぐる性格の物ではございません。第一、その写真屋も婦人なのですもの」

「まあ…何から何まで、手回しがよろしいのねえ…。道理で、うちの車を使わずに、運転手を待たせないようにしておいたわけですのね?」
半ば感心する貴子さんに、
「ごめんなさい。決して、騙すようなつもりはなかったの。…ご気分を害されたのなら、写真は、やめにしますわ…」
可愛らしい花嫁衣装姿のまま、毬子さんは両手を合わせて、わびた。

「…怒ることなんて、なくてよ、私。もう、この白無垢を手に通してから…いえ、毬子さんの申し出に承諾した時から、私も、同じ気持ちでしたもの…。身も知らぬ殿方の家へ嫁ぐよすがに、毬子さんとのお写真を一葉、お嫁入り道具の中へ忍ばせてゆきたい、って…。」

白無垢で、そう心の内を素直に告げる貴子さんは、観世音菩薩のように輝いていく。
「…私、貴子さんとお会いできて、嬉しい。良かったわ…本当に」
「私も、よ」
貴子さんは、裾捌きも見事に毬子さんの側へ寄ると、二人してコツン、と額を軽く付けた。

その後は…大急ぎで本式の着付けを済ませ(髪は普段通りだけれど)、写真屋を呼んで、和室で二人の花嫁姿を撮ってもらうことになった。

「お願いね?お父様にもお母様にも、お内緒よ?お義姉さまにも、写真を撮った事は申し上げないでいて頂戴?」

「はい、心得ております。それにしても…女だてらに写真屋か、と言われながら今日まで参りましたが、このようにお美しく、またお可愛らしい花嫁様お二人を映させていただけるとは、写真屋冥利につきますわ」

ほう…とため息をつきつつ、まだ年若い婦人の写真屋は、話しながらてきぱき準備を進める。

「白無垢の御令嬢は、そのままお馬に乗って嫁がれてもおかしくないような、しっとりとした花嫁御寮の風情…。そして、毬子さまは失礼を承知で申しますなら、お衣裳が毬子さまのお可愛らしさに負けてしまうようで…花嫁さん、と申し上げるよりは、おヨメちゃんとお呼びしたいような愛くるしさ…」

「まあ、言い得て妙ですこと!」
貴子さんは笑い、
「おヨメちゃんなんて、ひどいわ!んもう、皆で子供扱いなんだから…」
毬子さんは、ちょっと頬を膨らませる。

「毬子さま、そのお頬で映ってしまっては、勿体のうございますわ。さ、お二方の御緊張もほぐれたようですし、撮影に入らせていただきます。何度か撮らせて戴きますので、どうぞお楽に…」

ストロボが、何度か和室全体を眩しく照らす。

貴子さんが言ったように、お嫁入り道具の大切な一つとして、二人とも手ずから今日の写真を持って、嫁いでゆくのだろう。
そして、もし娘や孫娘に恵まれたなら、そっとセピア色の写真を見せ、懐かしくも甘やかな青春時代を語って聞かせることだろう。

…まだ、軍靴の音も遠かったころの、あどけない二人の女学生の話である。

(おわり。遅筆の極み、お許しあれ!)