2013年2月27日水曜日

トウキョウ・ナイト・ガールズ(下)

それから一週間、二人はガイドマップと受験案内を手に、あっちこっちのJRだ私鉄だと乗り継いで、大学を受けて回った。

私立は、すぐに合否をネットで知らせるので、東京にいるうちに、わかる。

「…でもー、結果教えっこすんのはさ、最後の日にしようなー?」
「そーだんねえ、気が抜けちゃったり、ヘンにお互い動揺しちゃっちゃ困るやねぇ」

一校目の試験の前の晩、二人はそんな事を言いながら、駅前でハンバーガーを食べた。

二人とも、全部違う大学を受けているので、毎日同じホテルにいながら、ほとんど顔を合わせず、自分のシングルで受験勉強や次の日の行き先チェックをしていた。

いよいよ、一週間の最後の日。
約束通り、二人は泊まっているホテルのロビーで待ち合わせた。

「なあ、行ってみたい場所があるんだ、陽菜。つき合ってくれる?」
口火を切ったのは、孝美だった。

「え、い…いいよ?で、どこ?」
「内緒。ついてきて?」

孝美は、先に立ってホテルを出ると、下調べをしてあったのだろう、メトロの大江戸線に乗り込んだ。慌てて、陽菜もそれに続く。
やがて『都庁前駅』で、二人は車両から降りた。

「屋上、行くよ?」
「へっ?い、行けるのぉ?」
「行けるさ。今から夕暮れ時だ、今日は晴れてるし、きっといい眺めだと思うぞ~」

こんな場所、思いもつかなかった陽菜には、エレベーターで、孝美にどこかへ連れ去られてしまうような気さえしてしまう。

最上階へ上がると、予想以上のきらきらしい夜景が、二人を歓迎した。

「うっわ、すっげ…っ!」
思わず、陽菜が叫びながらウィンドウへ駆け出す。

「ガイドブック以上だわ~、こりゃあ…」
陽菜の背中が新都心の輝きに溶け込みそうなのを見ながら、孝美もそう言って歩いていく。

二人で、同じ向き…パークタワーの、三角屋根がいくつも並んでいる辺り…を、じっと見つめた。

…しばらくして、孝美が、ぼそっと話し出す。

「あたしさ、…滑り止めの最後の一校だけ、受かってて、あと…全部、落ちたよぉ」
「えっ?!」
「模試でA判定出てた大学もさ、だめだった…」

陽菜は、何と言っていいのかわからず、ただ夜景に映る孝美の横顔を見つめていた。

「陽菜は…?」
「う、うーん、うーんと…やっぱ、記念受験だったから、私立は一勝一敗でえ、公立は…センター試験の点数との絡みもあるから…まだ、わかんないんだ、よね…」

「そっかぁ…、お互い、私立一校か…まあ、偏差値は陽菜の方が高いけどさ?」
「で、でも、うちは私立には入れてもらえないんよ?だから、あ、あんまさあ…意味、ないっつーか…」

どう言ったら、孝美を慰めてるっぽくなく、でも傷つけないように伝えられるのか…陽菜は、おろおろしながら言葉を継いだ。

「…あたしさ」
孝美は、急に顔を上げると、パークタワーに向かって指をさす。

「滑り止めの大学だけど、そこで卒業式には首席取れるくらい勉強して、大学院行って、好きな国文学の研究して、すっごい論文とか書いてさ、…いつか、あそこにある高級ホテルに、好きなだけ泊まれる…そんな奴に、なってやるんだ!」

「ひえっ?!…た、孝美、すっげえ夢、持ってんだぁ…」

慰めようなどと考えていた自分が、陽菜は、急に恥ずかしくなった。

「陽菜は?あんたも古典や現代文、好きだったでしょ?あんたなら、どんな夢、見る?」

目の前にきらめく高層ビルを見ていると、秘かな願いを言ってもいいような気がする。

陽菜も、同じホテルに指をさして、言った。

「あたしは…好きな本を好きなだけ読んで、時間が許す限り文章を書いて、出版社に持ち込んで、小説家になって…そうして、あそこのホテルで、カンズメになってやるぞぉ!」

「あんたこそ、大した夢じゃんよ、陽菜。せっかくだからさ、ノーベル賞、取れよっ」
「そ、そりゃちょっと…無理、かなぁ…」

孝美に持ち上げられて、思わず照れてしまう陽菜。

その姿を、クスッと眺めながら、孝美はすいっと自然に、陽菜の手を取った。
お互いの手袋越しに、何となく、ふんわかした気分が伝わってくる。

「よしっ、陽菜ぁ!今から、何か食べに行こっ!」

「いいねえ!何にしようかねえ?…せっかく東京来たんだからあ、どこかガイドブックに出てるイタリアンとか、どっかなあ?」

提案しながら、陽菜も孝美の手を、きゅっと握り返す。

トウキョウ・ナイト・ガールズ。
この街の知り合いは、手をつないだ先の、たった一人の大切な親友だけ。
だから、ドキドキも、しょんぼりも、夢も企みも、二人だけで共有できる、宝物の夜。

「ね、帰りにさ、おやつ買ってこーねぇ?」
「当然よぉ!今夜は徹夜で、パジャマパーティだなっ」
「賛成ー!」

受験は終わっても、二人のお楽しみは、これから。

(おしまい~)

2013年2月25日月曜日

いま書いてる話のからみで。

聞いた話なんですけど。

今どきの親御さんは、子供の受験ツアーに同行するんですねー。
しかも、身持ちが心配な娘さんばかりか、息子さんの大学受験にまで!!

それじゃ「トウキョウ・ナイト・ガールズ」は成立しないじゃないかっつの!(笑)

私ん時なんか、自分で宿を選んで、旅行会社へ頼みに行きましたがね~。
もち、行き帰りも滞在中も、ロンリーっすよ。
やっすいビジネスホテルや宿舎を選んで、移動して受験したぞぉ。

そういうのが、楽しかったんですけどね。

今のお子は、どこへ行くにも親御さんの目が光って、気の毒です…。

さて。

陽菜ちゃんと孝美ちゃんは、受験を終えたらどんなトウキョウ・ナイトを楽しむのでしょう?
それはまた、次回に!

2013年2月24日日曜日

トウキョウ・ナイト・ガールズ(上)

(大学を受験でもしなかったら、東京なんて来らんなかったよなぁ…)

陽菜(ひな)は、満員電車の中で、暑くなった身体にまとわりつくコートを脱ぐ。

『度胸試しに、受けてこいやぁ』
そう言って、制服の背中をバシッと叩いた、じいちゃんの担任を思い出す。

陽菜の住んでいる所と、ここ東京は、違いすぎることが多くて。
おかげで、受験の緊張をするどころではなかった。

モグラの迷路みたいなメトロを乗り継いで、とりあえず宿泊先のビジネスホテルに着く。

ボストンバッグを横の荷台に置いて、初めてのチェックインをしていると、

「あーれぇ、陽菜!あんたも、ここ泊まるんだ?偶然だねえ」
大きな声が横でして、見たら、同じクラスの孝美(たかみ)がいた。

「えー、孝美もここかー?!」
「うんっ。受けるトコがいくつかあってさ、ちょうどここが中間地点なんでー」

「…お客様方、恐れ入りますが、チェックインをお続けいただけますか…?」
いかにもおのぼりさん的長話に業を煮やしたのか、フロントのお姉さんが促す。

「あっ、はいっ、すいません!」
二人は、慌ててカードの続きを書き始めた。

陽菜の部屋でちょっと喋ろうか、という事になり、二人は互いの階へいったん昇り、荷物の整理をした。

小さい窓から見る都会は、ビルばかり。あと、やたらギラギラした看板。
思ってたのよりちょっと違って、陽菜は、黙ってレースのカーテンを閉める。

靴をスリッパに履き替えて、ふー…としていると、ドアチャイムが鳴った。
小さな丸いミラー越しに、孝美がニコニコと手を振っている。
さっきまでの気分がちょっと上向きに戻って、陽菜は、チェーンを外して孝美を迎えた。

「いくつか受ける…って、孝美、東京の大学、本命なんか?」
「いや、半分は記念受験だー。でも、親が浪人に絶対反対なんで、まー、なぁ…」

「何校くらいよ?」
「…5つ。私立で」
「すっげーっ!孝美んち、金持ちっ」

「そーいう陽菜は、いくつ受けるんよ?」
「記念受験でー、私立2つと、滑り止めの公立1つ。うち、兄ちゃん2人も大学行ってっからさ、絶対国公立の大学にしかやらせない、って親がうるさいんさよー」

「ま、大変じゃない受験なんて、ないけどさ」
「全くだー」

二人は、顔を見合わせて、苦笑いした。

「5つも受けるんじゃあ、孝美はずっとここに泊まるわけ?」
「ん。でもほとんど連日だから、一週間くらいかなぁ」

「連日じゃ、大変じゃんね。うちは、2~3日くらい間が空く時もあるんで…あ、やっぱ、一週間くらいかかるわ、うへー」

「ってことは、ほとんど同じだけ、ここにいるって事だぁね?…じゃあさ、陽菜?二人とも今回の受験が全部終わった日の夜、東京の街を一緒に散歩してみないかい?」
「えー!…こ、怖くないんかねぇ…」

「場所によるさー。よくテレビで見る最新観光スポットとか、お土産買いがてらに行くんも面白いと思うよぉ。それに」
「それに?」

聞き返す陽菜へ、悪戯っぽく孝美は言う。

「受験を続けてく励みにもなるしさ、せっかく東京来たんだから、二人で探検しなくっちゃ、もったいないと思わん?二人とも、地元の大学に行っちゃうんかも知んないしさっ」
「ふぅん…」

地元の女子校で生徒会の副会長をしてる孝美に比べて、卓球部の補欠どまりの陽菜は、思いっきり地味で、冒険心に乏しい。
でも、勢いよく孝美にそう誘われると、何となく、面白そうな気がしてきた。

「…わかったー。その考え、乗ってみるー」
「本当?やったあ!じゃさ、それを目標に、お互いがんばろうねっ!…あと、もし勉強しててわかんない所出てきたら、今みたいに、陽菜の部屋来て、教えてもらっていっかい?」
「こっちこそ、頼りにしてるからー、お願いよぉ」

そう言うと、また二人で顔を見合わせ、今度は明るくニコニコッ、と笑った。
地味な分、陽菜の方がちょっとだけ、偏差値は高いので。

(つづく)

2013年2月23日土曜日

さぁ~て、来週…じゃない、次回の百合は~?

タイトル、某サザ○さん風にしてみました(…)

今、下書きしている百合のお話は、がらっと現代に戻って、十代の女の子二人が主人公。

もういいトシになっちゃった私めですが、未だに強烈な思い出なので、その時に戻って書いてみようと思います。

え?そのテーマとは?

へへー、まだナイショです。
ヒントは、「ちょうどこの時期だったかなぁ」です。

それでは、また次回まで!
下書き下書き。

2013年2月22日金曜日

今日は何の日?&あの赤い車の話

さてさて、昨日はツイッターに自分のプロフを書き込んだのですが、どなたか目にとめて下さる方が、いらっしゃいますように~。

ちなみに、このブログに使ってるのと同じHNで、やってます。

本題。
今日はねこにゃんの日で、竹島の日だそうです。
明日は、富士山の日だそうです。

なんか、毎日必ず「○○の日」って、ありそうですね。

んじゃ、自分の誕生日は「自分の日」ってわけかな?
年に一度の、世界征服の日だわね、ふっふっふっ…(バカ)

ちなみに、おいらの次の出張の日は、「2・26事件」の日。
なんだかな…。

脈絡ないついでに、今日のネットで見て面白かった話題、ひとつ。

さる車の展示ショーに、トヨタのオーリスという車の、シャア=アズナブル仕様が登場。
もち、「赤い彗星」ですよ!
ネットで写真もいっぱい見ました。かっこいー。

でも英語ロゴとエンブレム(?)程度に外装を留めていただいてあって、良かった。
一歩間違えると、痛車になりかねないもんな~(苦笑)

写真を見ながら、つい、呟いてしまいました。

「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」

…ファーストをほぼリアルタイムで見てた俺、年バレですな…ふっ。

2013年2月20日水曜日

男装の麗人×2=LOVE(6・ラスト)

「ディアマンテ王女様、このような東国まで参りましたのに、日帰りとは…まことでございますか?!」

従者達が、泣きそうな表情で見上げてくる。

「…ああ、もう私の用件は済んだ。いつでも帰国することができる。…それに…」

ディアマンテが、しばし言いよどんだのは、あまり長居をすることで、ユナカイトへの想いが募りすぎることを、我ながら恐れているためだった。

しかし、無論それを、従者達に話すことはできない。

それに時は、もはや夕刻。
今日中のアルマンディン入りは、まず無理だろう。

なので、わざと涼しい顔をして、ディアマンテは話を続けた。

「…と、申したいところだが、皆も疲れているだろう。今宵くらいは、杯を手に、異国の酒を味わってみたい者もいるのではないか?…一泊させていただく事、既にお許し頂いている。明日、早朝の出立に備えて、今宵は英気を養い、かつ、よく休んでおいて欲しい!」

にやり、と悪戯っぽく微笑む男装の王女を前に、従者達は、一斉に喜びの声をあげた。

こんな時のディアマンテは、エメラルド色の瞳が冷たいほどに澄んで輝き、金髪が、戦いの勝利を知らせる旗のように、風にはためく。

その姿は、どんな絵師にも描けないであろう、美々しく誇り高いものであった。

やがて陽は沈み、頼んでおいた酒や肴が、従者達の滞在する大部屋に運ばれてくる。
お決まりの、陽気で無礼講な宴の始まりだ。

ディアマンテは、常の通りに、最初の乾杯だけを共にする。
後は、自らのためだけに用意された、貴人の宿泊用に誂えられている部屋へと入った。

夜は、食事を取らない事に決めている。
王子らしい体型を保つための、ディアマンテが自らに課した節制の一つだ。

「ふう…」
ブーツを履いたまま、横向きにベッドへと倒れ込む。

気がつくと、ユナカイトの事ばかり考えている。

今日、初めて会った、自分と同じ男装の王女。
薄幸そうで、健気で、ディアマンテを絵本の王子のようだと言って泣いた、少女。

(今は…何をして、いるのだろうか…)

突然に訪問した客人の分際としては、部屋を訪れるのも図々しく、礼儀に欠ける。
だが、身分やしがらみを全て取り去ってしまえるのならば、すぐにでも会いたかった。

すると。

ほとほと…と、幽(かす)かに、ディアマンテのいる部屋のドアがノックされる。

ある予感を感じ、ディアマンテはがばりと起き上がると、走ってドアを開けた。

果たして。

そこには、昼間とすっかり見違える姿をした、ユナカイトが立っている。

女王陛下と同じような、王族の女性が着る、柔らかな布を巻いた装束。

薄桃色の布の端には、きらきらと細やかな宝玉が散りばめられていた。

「……なんと、美しい。そなたの肌と黒髪、そして、可憐な風情に…とても良く似合う」
予想以上の王女らしい装いに、ディアマンテは嘆息した。

「衣装箱を、ひっくり返して…一番、奥にありましたものを、まとって参りました…」
目を伏せて、蚊の鳴くような声で、ユナカイトは答える。

「こんな夜に、ここへ来て、…そなたは、大丈夫か?」

心配そうなディアマンテの声に、ユナカイトは、ゆっくりと頷く。

「…自由に生きよ、と教えて下さったのは、ディアマンテ様、貴方でございます。もともと何も持たないわたくしには、怖いものなぞございませぬ。…そう、悟りました。あ、…で、でも…」

「?」

ユナカイトは、怪訝そうに見つめる目の前の男装の麗人へ、そっと、ささやく。

「…ひとつ、だけ…あなた様に、嫌われてしまうことだけが、怖うございます…」

それだけをやっと言うと、頬を王女の服の色よりも紅色に染めて、また俯いてしまった。

ディアマンテには、そんなユナカイトの仕草や言葉、一つひとつが可愛ゆらしくてたまらない。

「…ユナカイト、良く似合っているその王女の衣装を、もっと近くで私に見せてくれ。そして、……もし、そなたが嫌ではなかったら、私がここを出立する明日の早朝まで、この部屋に一緒にいては、くれまいか…?」

ユナカイトは、もう言葉にならず、ただ思い切り、ディアマンテの胸へ飛び込んだ。

ディアマンテは、泣きじゃくりながら頷くユナカイトの背中を、優しく撫で続ける。

外は、三日月。そしてまばゆいほどの星々が降り注ぐ。
男装の麗人として会った二人が、その後、どうなったかは、月と、星だけにしか…分からない。

(おしまい…リアルタイムでご覧いただいた方が多くて、嬉しかったです~)

2013年2月18日月曜日

男装の麗人×2=LOVE(5)

ユナカイトに許しを得て、ディアマンテは、控えの間にいる自らの国の占い師を訪ねた。

高い塔に住んでいた占い師をこの旅に同行したのは、あまりの異国ゆえ、道しるべが欲しいと思った事。

それから…不思議なことに、ディアマンテが虫の知らせを感じたからだ。

こんな事は、今までになかった。
自らと同じ、男装をした王女に会いに行くことへの、何か不思議な予兆があったのかもしれぬ。

そして今、遥か遠いフェルスパーで、ディアマンテはどうしてもこの占い師に聞きたくてたまらない事が、できてしまったのだ。

「師よ…教えて欲しい。例えば、健気で慕わしくさえ思える者が、目の前に現れた時、私はいったいどうしたら良いのだろうか?…その、男と女の間ならば、ある程度は話を聞いているが…同じ男同士、女同士で、友愛を越えるような感情を覚えた時のような…」

話しながら、ディアマンテの白い頬は次第に赤みを増し、美しい瞳は下へと向けられていった。

顔一杯にしわを刻んだ老師は、全てを知っているかのように微笑み、そんなディアマンテをしばらく見つめていた。

「…なぁに、簡単な事ですじゃ。姫殿下、もうあなた様の御心の中に、答えは出ていらっしゃるはず。そうではありませぬかな…?」

「私の、心の中に…?」

「そうで、ございますじゃ。その、御心のままに動かれたら、それで、宜しゅうございます」

「…だが、…もし、例えばの話だが…、相手が、拒んだなら、私は…どうすれば良い…?」

ディアマンテが、このように失敗を恐れるような考えをもらすのは、初めてだった。
それでも、聞かずにはいられない。

「…それも、ごくたやすい事ですじゃ。お相手の、おいやがる事は、なさらなければよろしい。逆を申すならば、お相手が拒まれなければ、それは、姫殿下のご所行を不快と思っておられぬ証。…何も、思い煩うことなど、ございませぬ」

「つまり…何事も、相手の良きように、という事か…」
「おお、まさしく、御意にございまする…さすがは、ご聡明な姫殿下よ…」

ディアマンテは、再び顔を上げて、老いの知恵あふるる占い師を見つめた。

「師よ、心より感謝する。このような長旅をさせて申し訳ないとも思ったが、やはり、来てもらえて良かった…改めて、礼を言う」

「…おお、勿体ないお言葉を…お陰様で、寿命が延びまする…ホッホ」
黒衣をまとった老爺の占い師は、顔を余計にしわくちゃにして喜んだ。

「ユナカイト、中座をして申し訳なかった。どうしても、自国の者に聞きたいことがあって」

ディアマンテはマントを翻して、ユナカイトの建物へと戻った。
籐の椅子から、弾かれたようにユナカイトは立ち上がる。

「もう、こちらには戻られないと思っていた。…こんな、あばら家には」

「何度でも言うが、私は、そなたに会いたくて来たのだ、ユナカイト。…端的に言えば、他の事など、どうでもよい」

「……!」
さっと紅をひいたように、ユナカイトの頬が染まる。
が、すぐに冷静さを取り戻したように、少し俯いて返事をする。

「…さぞや、ご失望なされたことだろう。そちのような国を統べる覚悟も持たず、くだらない意地程度で男の服を着ている、それだけの者だったと知って…」

「…いや」
ディアマンテは、即座に否定した。

驚いて、ユナカイトは声の主を見やる。

「ここへ来て、…そなたに会えて、よかった。心より、そう思っている」

「どうして…そんな事を…」

「ユナカイト。私は、自分の国と結婚するつもりで、男装をし、男としてふるまっている。その生き方を、今さら変えるつもりなどない。…つまり、その…男には、興味が一切ないのだ、私は」

ディアマンテが、これほど言葉を選んで、話しづらそうにしているのを、ユナカイトは初めて見た。

「…だから…、ユナカイト。そなたも、自由に生きろ。王位継承は、もう決まった事だ。女王陛下が何だというのだ。妾腹だろうが、それはそなたの責任ではない。…つまり、そなたは、無理に男の服をまとわなくても良いのだ…好きなら、それを着ればよい。王女の軽やかで可憐な装束に身を包むなら、それもきっと似合うはずだ。…その、なんだ…ユナカイトは、そのままで、十分、魅力的な存在なのだから…」

話が終わるか終わらないかのうちに、ユナカイトの頬には、涙の粒がこぼれた。

それを見るなり、ディアマンテは狼狽して
「…ど、どうした…?気分を害してしまったのなら、謝る。許してくれ…」
と言いながら、持っていた絹のハンカチで涙をそっとぬぐう。

「…いえ、…まだわたくしが少女の服を着ていた頃、夢中になって読んでいた童話の王子様が、本当にいらして、わたくしの心を解き放ってくださるなんて…魔法のようで」

ユナカイトは、我知らず、王女の口調になっていた。

「…みっともない顔をお見せいたして、申し訳ございません。……で、あの……、失礼ついでに一つだけ、美々しい王子様にお願い事があるのですが…」

「…な、…何だ?」

「あの、……ディアマンテ様は、本当に、王子ではなく、王女様なのでしょうか…?…わたくしと違って、あまりに凛々しくてらっしゃるので、もしや、実は殿方なのではないかと…」

そう話すユナカイトも、聞いているディアマンテも、お互い、耳まで真っ赤になった。

「……では、こうしたら……よい、のだろう…か…?」

言いながら、ディアマンテは自らまとっているレースのブラウスの前を開き、細いユナカイトの手首を取ると、ブラウスの中へその手を滑り込ませた。

「あ……!」

「…分かったか…?私がそなたを欺いていたか、それとも真実、女であったか…」

恥ずかしそうに手を引こうとするユナカイトが可愛く、ディアマンテは手首を余計に握った。
そうして、はだけた自分の柔らかくふくらんだ胸元へ、異国の王女を抱きしめる。

おそらく、幼い頃から温かなぬくもりなぞ、与えられずに育ってきたのだろう。
ユナカイトは、ディアマンテにすがりつくようにして、しばらくそのまま身を任せていた。

(つづく…次回で終了、の予定です)

男装の麗人×2=LOVE(4)

「そちは、何故に王子の姿をしておるのだ?アルマンディンとやらの国には、女王の制度がないのか?」
ユナカイト王女も率直に、ディアマンテに尋ねる。

「いや、私は現在王位継承権第一位にある身だ。今は亡き祖母も、女王であったと聞いている」

「では、何故…?」

「まあ、一言で言うなら、戴冠後、女であるが故に、周辺の国々になめられぬように…今から鍛練を積んでおきたい、その為だな」

「王女のままで、その鍛練は積めぬのか?」

「手に負えぬじゃじゃ馬だ、と言う噂を流すのに、早すぎることはない…と思ったまでだ」

ディアマンテが言い切ると、ユナカイトは声を出して笑った。
「なかなかの戦略家なのだな、そちは。面白い…」

「と、言うことはユナカイト、そなたの男装の理由は、私の理由と異なる…というわけか。それこそ、何故に王子の装束をまとっているのだ?失礼だが、そなたには男のなりよりも、気高き王女の姿の方が似合うような気がするのだが…」

最後の一言を告げた瞬間、ディアマンテは内心、(失言したか?)と思った。
ユナカイトの心証を悪くするのは、己の本意と異なるからだ。

しかし、ユナカイトの方はさほど気にする様子もなく、

「よく言われる。それに、そちほど立派な訳があるわけでもない。…ただ、ここで話の続きをする事はできかねる。もし嫌でなければ、わたくしの自室へ移ってはいただけまいか。無論、互いの刀は従者に持たせて構わぬ」
と言うと、それまで籐の椅子に肘をついて座っていた格好から、するりと立ち上がった。

「いや、刀は…必要なかろう」
ディアマンテの答えに、ユナカイトは目を見開く。

「なんとまあ、いま初めて訪れたばかりの異国で…無防備な」

「私は、争いに来たのではない。はっきり言おう。自分と同じく男装をしている王族である、ユナカイト姫、そなたに一目会いたかった。それだけなのだから」

「…では、ついてこられるがよい。話の続きをいたそう」
ユナカイトは、そう言って素早く振り向いた。

同じ王女相手でありながら、なぜ頬が赤らんでゆくのか。
初めて感じる想いに、胸を秘かに震わせながら。

意外にも、ユナカイトは宮殿を出て、そのすぐ隣に建つ、質素で小さな建物へと入ってゆく。
その後を、ディアマンテも続く。

周りに番兵を固めてから、ユナカイトは、先ほどより小さめの籐の椅子を勧めながら、話を続けた。

「このような粗末な所へ案内する事、失礼とは存ずるが、お許し願いたい」
「そう気を遣っていただかなくとも、こちらは一向に構わぬゆえ…それよりも、先ほどの話の続きの方が、私には、よほど気になる」

好奇心むき出しで、ディアマンテは訊いていた。

その、身を乗り出さんばかりの様子に微笑で応じながら、ユナカイトは
「なに、わたくしの場合はごく単純なこと。女王と憎み合っているがゆえに、女の格好をしたくないのだ」

「憎み合う?」

「私は、あの女王の実の娘ではない。妾腹なのだ」
「……!」

さらりと言ってのけるユナカイトに、思わずディアマンテは絶句した。

「この国ではよくある事、ただ、厄介な事に、そのあと父君である大公が気の病に倒れ、わたくしは事実上の後見をなくした。女王陛下がわたくしを良く思わぬのも、また道理」

「…っしかし、そなたは王位継承権の筆頭であろうに。そんな無体な仕打ちを…」

「はじかれて育った者には、それが自然なのだよ、ディアマンテ。他の暮らし方は知らぬ。常の住まいもここだ。客人が来た時のみ、先ほどの正殿に入ることを許される。まあ、わたくしにできることは、せめてもの反抗心で、女王と同じ女の服を着ず、女の言葉を話さずにいることくらいなものだ」

ディアマンテは、ユナカイトの話を聞いて、しばらくの間黙っていたが、やがてぽつりと

「…男装ひとつにとっても、様々な理由があるものだな…。私のように、自ら一生を男として生きようとする者と、そなたのように運命の悪戯で、女であることを憎み、拒否する者と…」
と、ひとりごちた。

目の前の三つ編みの王女が、年下であるというだけでなく、なおさらはかなく見える。
細身にまとった精一杯の男装でさえもが、痛々しく思えた。

(つづく。…さっ、次第に百合百合度をアップして参りますよ~)

2013年2月15日金曜日

男装の麗人×2=LOVE(3)

謁見の間は、彫刻を施した水晶で壁が飾られ、床には、やはり大理石。
熱砂の国に住まう者ならではの、贅を尽くした部屋であった。

膝下の礼を取る、ディアマンテ王女を始めとする従者達は、しばし外の暑さを忘れ、女王陛下とユナカイト王女の到着を待った。

しばらくして、ヴェール越しに一段高くなった床の向こうへ、二つの人影がゆるりと歩いて来る。

「…この、邪魔な薄布を上げよ。遠くからお越しのお客人に、無礼であろうが」
どっしりとしたアルトが響くと同時に、慌ててヴェールが左右に分かれて開かれてゆく。

中年も後半にさしかかった頃か、臙脂色の布を身体にゆったりと巻き付けた貫禄のある貴婦人が、おそらく、女王陛下であろう。

「恐れながら、私は西方の国、アルマンディン王国より参りし王女、名はディアマンテと申します。このような私ふぜいに、陛下おん自らのお出ましとは、恐悦至極に存じます。突然の無礼な来訪に際し、大御心のご寛大にてありますこと、感謝の言葉を並べましても言い尽くせませぬ」

「ほほ…お見事なる口上、遠慮なく受け取らせていただきますぞえ。そなたの御名は、この遠き東方にもとどろいております。なまなかの王子とでは比べものにもならないほど、ご利発でご勇敢、その上、美々しさはこの世の者とも思えぬと…。なるほど、道理よの」

「…痛み入ります」

社交辞令の応酬はともかく、ディアマンテは、早くユナカイトが見たくてならない。

その内心を見透かしたように、女王陛下は自らの隣を見やり、

「そちも、おなじ男の装束をまとうならば、あちらの姫君のごとく美麗であらねば…。中途半端は、見苦しいだけであろうが。面を上げて、姫君の美々しさを見習うがよい」

わずかに衣擦れの音がして、ユナカイトがこちらを見ている気配がわかる。

「おお、これは無礼をお許し下され。ディアマンテ王女よ、次の間にお進みくだされ。籐の椅子が用意してございまする。ユナカイトとは装束のご趣味も同じと聞き及んでおりますゆえ、忌憚なく何なりとお話をなさっていただければ、望外の喜びでございまするぞ」

「重ね重ね、お気遣い頂き、誠に僭越に存じます」
ディアマンテは、深々と頭を下げる。

「なれば、こちらの部屋へ」

思っていたよりも高めの、しかしピンと張り詰めた声が、ディアマンテの頭上で響く。

「お顔をお上げに。すぐ隣ゆえ、わたくしの後について参るがよろしかろう」

立ち上がったディアマンテの前に立っていたのは、ほのかな褐色の肌が瑠璃色の布と長いタイツによく映える、黒髪を三つ編みにした王女…というより、少女と呼んだ方がまだ似合うような、あどけなさの残る娘。

(ほう…)

予想と異なるユナカイト王女の外見に、ディアマンテは驚いた。

「そちは、まるでわたくしが幼き頃読んだ、童話に出てくるような王子のいでたちをしておるのだな」

「…そうか?私は逆に、そなたのような柔らかな布でこしらえられた、王子の装束を初めて目にして、いま驚いているところだ」

すると、ユナカイトは、くっくっ…と笑いだし、
「何とまあ、率直な王子殿だ。いや、失敬、互いに…男のなりはしているが、王女、だったな」

「いかにも」
ディアマンテもにやりと笑い、後ろを向いて、連れてきた数人の騎士に部屋から退出するよう命じた。

「おや、人払いをするとは…わたくしの見てくれから、武術の腕を甘くみておられるか?」

ユナカイトの問いに、ディアマンテは即答する。

「いや、もし剣を交えることがあるならば、他人ではなく、私自らがそなたと戦いたい…そう、思ったからだ。決して、無礼な気持ちではない」

ここで、お互いに一息つき、腰に手挟んでいた長刀と、胸元に隠し持っていた懐剣を取り出して、しかるべき置き場に納めた。

胸襟を開いて話を進めよう、と、互いに意思表示をしたわけである。

(つづく…そ、そろそろ色気が欲しいぞ~)

2013年2月14日木曜日

男装の麗人×2=LOVE(2)

行けども行けども、景色は砂山で変わらず、食料や装束、それに相手のフェルスパー王国への贈り物を山と運びながら進むのは、従者達にとって強行軍であった。

ただひとり、ディアマンテ王女だけが顔色ひとつ変えず、王子の姿で馬の背に揺られている。

「こういう過酷な地では、女性(にょしょう)の方々のほうがお強い、と伺っておりますが、王女様を拝見しておりますと、誠にその通りでございますなあ…」

「馬鹿者。主らどもとは、日頃の鍛え方が違うだけだ」

確かに王女の言うとおり、毎日剣術は勿論、銃砲の扱いや格闘技、果ては帝王学の一つとして戦略論の研究までこなしているのだから、体力や持久力は折り紙つきだ。

「しかし、遠うございますなあ…。…おや、遥か向こうに、瑠璃色の丸い屋根をした、異形の建物がございますぞ。しかも、かなり大きい…」

「また、先ほど勘違いした、蜃気楼の類ではないのか?」
軽口を叩く従者の一人に、別の従者が
「いや…確かに、瑠璃色の屋根に、細かく輝くものが見えまするぞ。あれがもしや、金の星の飾りではありましょうや…?」
と、目を細めて遙か彼方を見やる。

そのやりとりを聞いているだけで、ディアマンテ王女の心は逸り始めた。

「よし、私は先に馬を駆る!付いてこられる者だけ、私に従え。荷が重くつらい者は、蹄の跡を追いながら、無理せずに参るがよい!」

自分と同じ、男装の王女、ユナカイト…。
まだ会ったことのない一つ年下の少女は、いったいどんな娘であろうか…?

なぜだか悪い予感は感じず、わくわくした冒険心が沸き起こる。

やがて、ディアマンテと駿馬の乗り手である従者達の前に、異国情緒あふれた宮殿が立ち現れた。

建物は、白い大理石。

屋根は丸く、先が尖り、瑠璃がぐるりと貼り付けられている。
その屋根の表面には、夜空のように、金でこしらえられた、あまたの星が飾り付けられて目映く陽の光を弾き返していた。

「これはまた…珍しい…」

「東方の豊かな国々には、このような様式で建てられた宮殿が多いそうでございます」
前もってこの辺りの地勢を学んできた従者が、ため息をつくディアマンテ王女に申し述べる。

やがて、後に続いてきた従者達も加わり、アルマンディン王国からの訪問者はかなりの隊列をなした。

その様子を見て、宮殿より番兵が数人、わらわらと飛び出してくる。
「貴様らは、何者だ?!名を名乗れ!」

「お静かに願おう。私は、遥か西方の国、アルマンディン王国より参りし王女、名はディアマンテと申す」

王女、という言葉を聞くなり、番兵達はどよめいた。

「この度、こちらのフェルスパー王国という豊かなる大国にも、私と同じく男装をしておられる姫君がいらっしゃると聞き及び、ぜひ一度お会いしたいと思って参った次第だ。叶わぬなら、こちらも無理は申さぬ。友好を結べれば僥倖、拒まれればここより静かに立ち去るつもりである。よろしければ、お目通りを願いたい」

番兵達は、しばらく顔をつきあわせて何やら話し込んでいた。

が、そのうちの年かさの一人が、こちらを向き直り、
「何にせよ、我々のごとき身分には詮議いたしかねまする。ただ今、しかる手順を踏みまして、女王陛下とユナカイト王女様にご相談つかまつるまで、しばしその場にてお待ち下され」
と、一礼して宮殿内へと消えていった。

「やはり、名はユナカイトと申すか…」

「女王陛下、と言っていましたな。この国も、女子に王位継承権があるのでしょう」
「では、なぜ男装の必要など…」

アルマンディン側がひそひそ話している間に、先ほどの番兵に変わって、身なりの良い従者が一人、城外に現れた。

「恐れながら、ディアマンテ姫君に申し上げます。女王陛下が、姫君の御名を存じ上げておりまして、おいでの旨申し上げましたところ、是非お会いしたいとお話されております。よろしければ、ご案内つかまつりますが、いかがいたしましょう?」

「無論のこと、謁見を希望いたす。まずは、従者達と馬を休ませたい。手配を願えまいか」
「おさすがなる仁慈のお言葉、しかと従わせていただきます。では、こちらへ…」

手練れの騎士を数人従え、ディアマンテ王女は、ひやりと心地よい石造りの場内へと進んでいった。

(つづく)

2013年2月13日水曜日

(百合)男装の麗人×2=LOVE (1)

「こちらが、我がアルマンディン王国の次代王位継承者、ディアマンテ王女でございます」

侍女が彼女をそう紹介する度に、初めて謁見を許された者は、みな目を丸くする。

確かに「王女」と聞いたはずなのに、目の前に立っているのは、凛々しい王子の姿。

金髪こそ背中の中程までの長さがあるが、エメラルド色の瞳は涼しく冷たい光を放つ。

レースのブラウスの上には、この王国の貴人のみが着用を許される、金糸銀糸を織り込んだジレをまとっている。
脚はすらりと黒ラメのタイツに、オーバーニーの磨き込んだ漆黒のブーツ。

それらの衣装を、背中からまとったワインレッドのマントが、しなやかに包み込む。

「何だ。私の顔に、何かついてでもいるのなら、申してみよ」
王女にしては低めの威厳ある声で問われれば、誰しも
「い、いえ、そんなことは…。ご無礼、申し訳ございません」
と、縮み上がって退散してしまう。

「王女よ…。なぜそなたは、女人と生まれながら、そのように男のなりをする…?」
父王が、やれやれと諦め混じりにため息をつく。

もう、親子の間で何回繰り返された問答だろう。

「父上、何度も申し上げているではありませんか。私の他に、この王国には王位継承者がございません。いずれ私も、女王となる日が来るでありましょう。しかし、その時に女が政事(まつりごと)などできまいと、周辺の国々が我が国を虎視眈々と狙う可能性、十分考えられまする。ならば私は、この王国の存続のため、男として生きようと決めたのでございます」

「しかしな…他の国にも、クリノリンの入ったドレスを着飾り、世継ぎを何人も産んで、その上なお、国を統治しておる女王は、あまたおる。そなたのように、そう肩肘張らなくてもよいと、わしは思うがのう」

「失礼ながら、父上は、近隣諸国の昨今の動きについて、甘くお考えであらせられる。今や、男と同等で当たり前の世の中と、私は存じておりまするが…」

これ以上、頑固で男勝りの娘に何を言っても聞かないだろう、そう思って、国王は口を閉ざした。

「あのような、珍しい気性の王女なぞ、他にはいないであろうな?」

国王が、博識でならす高い塔の占い師へ、人を介して尋ねてみると、
「いいえ。もうお一人、男装を好まれる王女がおられると、水晶玉が教えてくれております」
と、意外な返事が返ってきた。

「その国の場所は、ここより遥か東方。瑠璃と金の星で飾られた宮殿に住む、やはり兄弟姉妹を持たれないお方でございます。お年は、ディアマンテ様よりひとつ年下の、16歳であらせられます。御名は…ううむ、読みづろうございますが…ユナカイト王女様…。フェルスパー王国の、ユナカイト様…と、貴賓室に飾られた肖像画に、書かれております」

「それは奇妙な!この世に王女と同じような、男のなりをする姫が、いると申すか!」
「私の占いを信じていただけるのならば、いらっしゃる事になりましょう」

国王は、自らを安心させたい気持ち半分、好奇心半分で、もう一人の男装の王女に何とかして会えないものかと、思い始めた。

そして、その思いはもちろん、王女ディアマンテにとっても同じだった。

「…何と!しかし、そのユナカイトとやらは、何故に男の装束をまとっているのだ?私と同じ理由ならともかく、違うとすれば、どういう理由であろうか…?」

今までこのかた、己と同じく異性装を堂々とした王族になどひとりも会ったことがないため、ディアマンテはますます興を催した。

「遙かな、東方の国か…。待っているのも、気が揉める。父上、この度は、馬術と剣術に長けた従者と、塔に住まいし占い師を連れ、私自ら、その国へ行ってみとうございます!」

生き生きとした表情で、ディアマンテは国王に掛け合った。
国の中で変わり者扱いされ、すっかり退屈していたときの表情とは、別人のようだ。

「止めても、聞くそなたではなかろうよ。危険にだけは千も万も注意を払い、おそらくそなたと気が合うであろう、そのユナカイト王女とやらに、気の済むまで会ってまいれ」

「恐悦至極に存じます、国王陛下!」

にこりと微笑む眉(まみ)も麗しく、王女はさっそく男用の旅支度に取りかかった。

(つづく…百合なんですが、まだ全然女の子っぽくないですね~)

2013年2月10日日曜日

百合、次回予告。

次のお話では、男装した女の子が出てくる百合にチャレンジしたいと思います。
この間書いた「制服」もそうですが、コスチューム物って、好みなんですよね。

それから、田舎育ちながら、宝塚の地方公演とか、「リボンの騎士」の漫画やアニメとかに親しんで育ったおかげで、男装や異性装にも抵抗感があんまりない、というか…。

はっきり言って、好きです。
女の子が応援団で詰め襟着てるのなんて、大好物です~(笑)

今度書くのは、そーゆーんじゃないですけどね。

どこか異国の、ちょっと昔を舞台にした、百合を書いてみたいです。

ところで。

家族の風邪を看病してて、そっちは治ってきてめでたいのですが、
そうです…ご想像通り、今度はこっちが、注意報になりつつあります~、ばかばか。

なので、下書きはパソで書かず、お布団でうんうん言いながら考えます!

皆さんも、体調にはお気を付け下さいね!
ではでは次回。

2013年2月9日土曜日

百合同好の士って、いいな。

おかげさまで、ぼつぼつフィクションの百合短編を載せ始めましたら、
ただ今、五カ国(日本も入りますが~)の方々に、覗いていただいてます。
嬉しい!

マスコミのニュースで取りざたされる外交問題も、リアルなのでしょうが、
こうやって、ある一つの趣味でいろんな国の人が交差するのも、またリアルな一面で。

人間って、まだあきらめなくていい所がたくさん、あるんじゃないかな。
いま、私が思っている以上に、仲良く共生できる切り口が、いくつもあるんじゃないかな。

…そう、思えてしまいます。
ここを読んでくださっている、あなたのおかげで。

ありがとうございます。

大ざっぱな言い方ですが、いわゆる「悪い」人が出てこないお話を書こう、と、心がけています。
同好の士である、皆様のためにも。そして何より、自分のためにも。

それでは、またまた後日に。

三連休は家族の風邪看病になっちゃったので、もう一つぐらいお話、書けるといいな…。
下書きだけでも。

2013年2月8日金曜日

制服(百合短編~)

奈々の入学年度まで、ここの女子校の制服は、紺のセーラー服、白のスカーフ。
で、ひとつ下の代からは、グレイのブレザーにジャンパースカート、緑のネクタイと変わった。

別に共学校になったわけでもないのに、どうして変わったのか。

ましてや、自分たちが着るわけでもない制服を、前年度の生徒総会と実行委員会で決めるというシステムも、何だか変な話だ。

奈々は、そう思う。

とはいえ、自分のセーラーが嫌いなわけではなかった。
今年入学してくるという後輩の桃子が、自分と違う制服を着ることになるのが嫌なのだ。

一緒に校内・校外のどこにいても、学年が違う、とすぐにわかってしまう。
それが、気恥ずかしい。
別に後ろめたい訳ではないのだが、何となく。

中学の時、桃子はいつも奈々の腕につかまるようにして、甘えてきた。
それが奈々にとっても嬉しかったし、いつまでも甘えていて欲しいとさえ思った。

だから、一人で先に高校へ進学した一年間、退屈で寂しかった。

一年我慢すれば、同じセーラーを着て、また桃子がきゃっきゃっと甘えながら過ごせる日々が来ると思っていた。

なのに…。

無論、生徒総会で、奈々は制服改正に反対票を投じた。
でも多数決の論理というやつで、「戦前からのセーラーは古くさい、これからはブレザーに変えよう」という意見が、通ってしまった。

つまんない。

ブレザーできゃっきゃっされても、何だか服だけ見ると、桃子の方が年上っぽく見られそうで。

そして迎えた、入学式。
桃子を目の前にした奈々は、目を疑った。

自分と同じ、紺のセーラーにふわりと白スカーフを結んだ桃子が、そこに立っていた。

「え、今年から…ブレザーじゃ、なかったの…制服?」
目を丸くして、駆け寄りながら奈々が聞く。

「えへ、オリエンテーションで聞いたんですけど、姉妹で制服を融通するご家庭もある関係で、この三年間は、制服、移行期間になるんだそうです。あたし、お姉ちゃんはいないけど、奈々先輩と同じ制服が着たいから…親に頼んで、セーラーにしてもらったんです」

にこにこっとして、桃子も奈々の方へと駆け寄り、紺サージの長袖につかまった。
そうして、中学校の時そのままに、きゃっきゃっと笑う。

桜の花の下、新調したセーラーの春めいた匂いが、心地よく奈々を包み込んだ。

(おわり)

*おまけ*
懐かしくて好きな曲「制服」(松田聖子さん:歌)にインスパイアされて、百合バージョンにしました。
受験、卒業、入学…あわただしい日々が続きますが、エールの代わりに!

2013年2月6日水曜日

HA・RU・SA・ME(久々のライトな百合です)

雪香(ゆきか)が春を感じるのは、晴れでも雨でも、空の色の変化で。
暗くて、どこか鈍い青だったのが、だんだん薄く、澄んだ水色を帯びてくる。

「そういうのを、水彩で描いてみたいんだけど…言うは易し、だわね」

きょうは、今にも降り出しそうな、重たい曇り空。

放課後、高校の美術部アトリエ。
他の部員は、実行委員会やら塾やらで、不在。

そろそろ、下校放送も流れそうな頃合い。
眼鏡を直しながら、今日はもうやめにしようか、と思う。

「雪香、一人だったの?きょう。ね、一緒に、駅まで帰らない?」

隣の部室から、同じクラスの可憐(かれん)が、ポニーテールを揺らして、ひょい、と顔を出す。
指で、英会話同好会の鍵をチャラチャラと回しながら。

少しずつ明るい時間が増えてきた夕刻の通学路を、二人で歩く。
幸い、次の電車までは時間があるので、走らないですんだ。

「ねえ…可憐って、部活、一人の時は何やってるの?話す相手がいないんでしょ?」
「ん、まあねぇ。リスニングのCD聞いたりとか、パソコンにDVD入れて、スキットの練習するとか、そんなもんかな」

「ふうん…授業みたい。楽しいの?」
「そりゃ、私たちの代で立ち上げた同好会だもん、面白いに決まってるわよ!将来、留学とか海外赴任とかするの、夢なんだから~」

(すごっ。そんな将来の事なんか、私、考えてないよっ)
…と、雪香は思った。

「雪香の部活は、いいよねぇ。一人でもできるし、綺麗だし、クリエイティブで。とらわれない感じがする」
高校生にしては、やや童顔な可憐は、にっこり笑って雪香を見やる。

「…でも、その代わり孤独な時もあるよ。合同制作とかやると、ケンカっぽくなるし」
「てことは、自分をはっきり持ってる人の集まりなのねー、美術部って」
「そ、そう…なのかな…?」

まあ確かに、皆それぞれ、好き勝手なものを作って満足してるけど。

「これから、どうなるんだろうね、私たち」

唐突な可憐の問いかけに、雪香は
「えっ?」
と驚く。
腰まで伸びたストレートが、心を映すように、さらさらと揺れる。

「大学行ったり、専門学校行ったり、すぐ勤めちゃう子もいるじゃない?フリーターでいく子とか。その時、今やってる勉強とか部活とか、何かの役に立つのかなぁ…」

「英語は役立つじゃない!何になるにしても、絶対できる方がいいと思う」

「でもね、美術とか音楽とか、そういうのって、才能って言うか…選ばれた人に与えられた、素敵な贈り物だと思うよ。英語は、やればある程度、誰でもできるけど、雪香みたいな絵、私、描けないもん」

可憐の言葉で、何だか急に、雪香は照れくさくなった。

「だけど…思った通りの色が出なかったり、線が引けなかったりするの、すごく悔しいの。どうしてできないんだろうって、思っちゃう」
さっきまで持っていたもやもやを、雪香は、可憐に打ち明けてみた。

「それは、絵って、写真じゃないもん。雪香の想いが入るから、100%完璧になんて、無理だし、つまんないよ。…私、そう思うなぁ」
「そう、かな……」

とりとめもなく話すうち、駅舎が二人の視界に入ってきた。
と、同時に、細かい雨がしとしと…と、降り始めてアスファルトを濡らす。

「あら、月さま、雨が…」
可憐が、年に似合わず古風な台詞を、茶目っ気たっぷりに雪香へ投げる。

「…春雨じゃ。濡れてゆこう」
雪香も負けずに返し、二人でくすくす…と笑い合う。

「やだ、可憐ったら。何でこんな古い台詞知ってんのよ?」
「あらま、そういう雪香こそ」

「…私はね、自分の名前がお天気に関係ある、って理由もあるし、思い通りの淡い春雨の絵を、いつか、描いてみたいなぁ、って思ってるの…。だから」

「いいね…」

可憐のその一言で、ちょっと、描けそうになってくる気持ちが、雪香自身も不思議。

「ねえ、可憐。さっきの台詞、英語で言うと、どうなる?」

「えーっ?! んーと、ミスター・ツキガタ、イット レインズ。かな…それでぇ、返事が…イット レインズ オブ スプリング?濡れていこう、は…えーと、ええーと、レッツ、レッツ…ちょっとぉ、雪香、笑ってないで、『濡れていく』って、どう言ったらしっくりくるの?教えてよー!」

一生懸命頭をひねりながら、雪香に助けを求めてくる可憐は、名前通り、同級生から見ても可愛らしくて、ずっと見ていたくて、わざと雪香は笑いながら答えない。

ほんとうに、これからどうなっていくんだろうね、私たち。

いつか、この春雨の中で笑い合った事を、お互い思い出すことがあるのかしら。

二人がそれぞれ乗り込む電車がもうすぐ到着する、と、駅の無機質なアナウンスが告げ始めた。

(おわり)

久々の追記

台湾からアクセスいただきました!
こんなネタ不足の時に、多謝、多謝であります。

いまから40数年前、父が出張で行ったんですよー。
お線香上げて、報告しておこうっと。嬉しいな。

それから余談ですが、台湾のカラフルな柄付き布製マスク、あれ素敵ですよね!

2013年2月5日火曜日

團十郎さん、若いのに…

もう、梨園はどうなってしまうのかと心配になるほど、訃報続きで。

早く、新しい歌舞伎座ができてほしいよー。
そうじゃないと、観たい役者さんがどんどん減っちゃいそうで、不安です!
(まだまだ、名優さんはいっぱいいらっしゃいますが!)

あと、せがれさん、これを機にやんちゃは卒業して、いずれは大名跡を継いでくれい。

なんかねー、そのためにお父さん、こんなに早く逝っちゃったのかも知れないよ。
身をもって教えた、というかね。

成田屋!頼むよ!

それから全然関係ないですけど、仕事でテンパっています…
風邪も引いています~
おまけに、百合話が書きたくて禁断症状です~~!

どーすんのよ。

とりあえず、どっかから、風穴あけてくっきゃねーべよ。俺。

というわけで、次回はもうちょっとフィクション入った文を書けるようになりたいっす。
奇特なお方は、お待ち下さいませね。ごめんなさいね。