2013年2月24日日曜日

トウキョウ・ナイト・ガールズ(上)

(大学を受験でもしなかったら、東京なんて来らんなかったよなぁ…)

陽菜(ひな)は、満員電車の中で、暑くなった身体にまとわりつくコートを脱ぐ。

『度胸試しに、受けてこいやぁ』
そう言って、制服の背中をバシッと叩いた、じいちゃんの担任を思い出す。

陽菜の住んでいる所と、ここ東京は、違いすぎることが多くて。
おかげで、受験の緊張をするどころではなかった。

モグラの迷路みたいなメトロを乗り継いで、とりあえず宿泊先のビジネスホテルに着く。

ボストンバッグを横の荷台に置いて、初めてのチェックインをしていると、

「あーれぇ、陽菜!あんたも、ここ泊まるんだ?偶然だねえ」
大きな声が横でして、見たら、同じクラスの孝美(たかみ)がいた。

「えー、孝美もここかー?!」
「うんっ。受けるトコがいくつかあってさ、ちょうどここが中間地点なんでー」

「…お客様方、恐れ入りますが、チェックインをお続けいただけますか…?」
いかにもおのぼりさん的長話に業を煮やしたのか、フロントのお姉さんが促す。

「あっ、はいっ、すいません!」
二人は、慌ててカードの続きを書き始めた。

陽菜の部屋でちょっと喋ろうか、という事になり、二人は互いの階へいったん昇り、荷物の整理をした。

小さい窓から見る都会は、ビルばかり。あと、やたらギラギラした看板。
思ってたのよりちょっと違って、陽菜は、黙ってレースのカーテンを閉める。

靴をスリッパに履き替えて、ふー…としていると、ドアチャイムが鳴った。
小さな丸いミラー越しに、孝美がニコニコと手を振っている。
さっきまでの気分がちょっと上向きに戻って、陽菜は、チェーンを外して孝美を迎えた。

「いくつか受ける…って、孝美、東京の大学、本命なんか?」
「いや、半分は記念受験だー。でも、親が浪人に絶対反対なんで、まー、なぁ…」

「何校くらいよ?」
「…5つ。私立で」
「すっげーっ!孝美んち、金持ちっ」

「そーいう陽菜は、いくつ受けるんよ?」
「記念受験でー、私立2つと、滑り止めの公立1つ。うち、兄ちゃん2人も大学行ってっからさ、絶対国公立の大学にしかやらせない、って親がうるさいんさよー」

「ま、大変じゃない受験なんて、ないけどさ」
「全くだー」

二人は、顔を見合わせて、苦笑いした。

「5つも受けるんじゃあ、孝美はずっとここに泊まるわけ?」
「ん。でもほとんど連日だから、一週間くらいかなぁ」

「連日じゃ、大変じゃんね。うちは、2~3日くらい間が空く時もあるんで…あ、やっぱ、一週間くらいかかるわ、うへー」

「ってことは、ほとんど同じだけ、ここにいるって事だぁね?…じゃあさ、陽菜?二人とも今回の受験が全部終わった日の夜、東京の街を一緒に散歩してみないかい?」
「えー!…こ、怖くないんかねぇ…」

「場所によるさー。よくテレビで見る最新観光スポットとか、お土産買いがてらに行くんも面白いと思うよぉ。それに」
「それに?」

聞き返す陽菜へ、悪戯っぽく孝美は言う。

「受験を続けてく励みにもなるしさ、せっかく東京来たんだから、二人で探検しなくっちゃ、もったいないと思わん?二人とも、地元の大学に行っちゃうんかも知んないしさっ」
「ふぅん…」

地元の女子校で生徒会の副会長をしてる孝美に比べて、卓球部の補欠どまりの陽菜は、思いっきり地味で、冒険心に乏しい。
でも、勢いよく孝美にそう誘われると、何となく、面白そうな気がしてきた。

「…わかったー。その考え、乗ってみるー」
「本当?やったあ!じゃさ、それを目標に、お互いがんばろうねっ!…あと、もし勉強しててわかんない所出てきたら、今みたいに、陽菜の部屋来て、教えてもらっていっかい?」
「こっちこそ、頼りにしてるからー、お願いよぉ」

そう言うと、また二人で顔を見合わせ、今度は明るくニコニコッ、と笑った。
地味な分、陽菜の方がちょっとだけ、偏差値は高いので。

(つづく)