(大学を受験でもしなかったら、東京なんて来らんなかったよなぁ…)
陽菜(ひな)は、満員電車の中で、暑くなった身体にまとわりつくコートを脱ぐ。
『度胸試しに、受けてこいやぁ』
そう言って、制服の背中をバシッと叩いた、じいちゃんの担任を思い出す。
陽菜の住んでいる所と、ここ東京は、違いすぎることが多くて。
おかげで、受験の緊張をするどころではなかった。
モグラの迷路みたいなメトロを乗り継いで、とりあえず宿泊先のビジネスホテルに着く。
ボストンバッグを横の荷台に置いて、初めてのチェックインをしていると、
「あーれぇ、陽菜!あんたも、ここ泊まるんだ?偶然だねえ」
大きな声が横でして、見たら、同じクラスの孝美(たかみ)がいた。
「えー、孝美もここかー?!」
「うんっ。受けるトコがいくつかあってさ、ちょうどここが中間地点なんでー」
「…お客様方、恐れ入りますが、チェックインをお続けいただけますか…?」
いかにもおのぼりさん的長話に業を煮やしたのか、フロントのお姉さんが促す。
「あっ、はいっ、すいません!」
二人は、慌ててカードの続きを書き始めた。
陽菜の部屋でちょっと喋ろうか、という事になり、二人は互いの階へいったん昇り、荷物の整理をした。
小さい窓から見る都会は、ビルばかり。あと、やたらギラギラした看板。
思ってたのよりちょっと違って、陽菜は、黙ってレースのカーテンを閉める。
靴をスリッパに履き替えて、ふー…としていると、ドアチャイムが鳴った。
小さな丸いミラー越しに、孝美がニコニコと手を振っている。
さっきまでの気分がちょっと上向きに戻って、陽菜は、チェーンを外して孝美を迎えた。
「いくつか受ける…って、孝美、東京の大学、本命なんか?」
「いや、半分は記念受験だー。でも、親が浪人に絶対反対なんで、まー、なぁ…」
「何校くらいよ?」
「…5つ。私立で」
「すっげーっ!孝美んち、金持ちっ」
「そーいう陽菜は、いくつ受けるんよ?」
「記念受験でー、私立2つと、滑り止めの公立1つ。うち、兄ちゃん2人も大学行ってっからさ、絶対国公立の大学にしかやらせない、って親がうるさいんさよー」
「ま、大変じゃない受験なんて、ないけどさ」
「全くだー」
二人は、顔を見合わせて、苦笑いした。
「5つも受けるんじゃあ、孝美はずっとここに泊まるわけ?」
「ん。でもほとんど連日だから、一週間くらいかなぁ」
「連日じゃ、大変じゃんね。うちは、2~3日くらい間が空く時もあるんで…あ、やっぱ、一週間くらいかかるわ、うへー」
「ってことは、ほとんど同じだけ、ここにいるって事だぁね?…じゃあさ、陽菜?二人とも今回の受験が全部終わった日の夜、東京の街を一緒に散歩してみないかい?」
「えー!…こ、怖くないんかねぇ…」
「場所によるさー。よくテレビで見る最新観光スポットとか、お土産買いがてらに行くんも面白いと思うよぉ。それに」
「それに?」
聞き返す陽菜へ、悪戯っぽく孝美は言う。
「受験を続けてく励みにもなるしさ、せっかく東京来たんだから、二人で探検しなくっちゃ、もったいないと思わん?二人とも、地元の大学に行っちゃうんかも知んないしさっ」
「ふぅん…」
地元の女子校で生徒会の副会長をしてる孝美に比べて、卓球部の補欠どまりの陽菜は、思いっきり地味で、冒険心に乏しい。
でも、勢いよく孝美にそう誘われると、何となく、面白そうな気がしてきた。
「…わかったー。その考え、乗ってみるー」
「本当?やったあ!じゃさ、それを目標に、お互いがんばろうねっ!…あと、もし勉強しててわかんない所出てきたら、今みたいに、陽菜の部屋来て、教えてもらっていっかい?」
「こっちこそ、頼りにしてるからー、お願いよぉ」
そう言うと、また二人で顔を見合わせ、今度は明るくニコニコッ、と笑った。
地味な分、陽菜の方がちょっとだけ、偏差値は高いので。
(つづく)