2013年2月18日月曜日

男装の麗人×2=LOVE(5)

ユナカイトに許しを得て、ディアマンテは、控えの間にいる自らの国の占い師を訪ねた。

高い塔に住んでいた占い師をこの旅に同行したのは、あまりの異国ゆえ、道しるべが欲しいと思った事。

それから…不思議なことに、ディアマンテが虫の知らせを感じたからだ。

こんな事は、今までになかった。
自らと同じ、男装をした王女に会いに行くことへの、何か不思議な予兆があったのかもしれぬ。

そして今、遥か遠いフェルスパーで、ディアマンテはどうしてもこの占い師に聞きたくてたまらない事が、できてしまったのだ。

「師よ…教えて欲しい。例えば、健気で慕わしくさえ思える者が、目の前に現れた時、私はいったいどうしたら良いのだろうか?…その、男と女の間ならば、ある程度は話を聞いているが…同じ男同士、女同士で、友愛を越えるような感情を覚えた時のような…」

話しながら、ディアマンテの白い頬は次第に赤みを増し、美しい瞳は下へと向けられていった。

顔一杯にしわを刻んだ老師は、全てを知っているかのように微笑み、そんなディアマンテをしばらく見つめていた。

「…なぁに、簡単な事ですじゃ。姫殿下、もうあなた様の御心の中に、答えは出ていらっしゃるはず。そうではありませぬかな…?」

「私の、心の中に…?」

「そうで、ございますじゃ。その、御心のままに動かれたら、それで、宜しゅうございます」

「…だが、…もし、例えばの話だが…、相手が、拒んだなら、私は…どうすれば良い…?」

ディアマンテが、このように失敗を恐れるような考えをもらすのは、初めてだった。
それでも、聞かずにはいられない。

「…それも、ごくたやすい事ですじゃ。お相手の、おいやがる事は、なさらなければよろしい。逆を申すならば、お相手が拒まれなければ、それは、姫殿下のご所行を不快と思っておられぬ証。…何も、思い煩うことなど、ございませぬ」

「つまり…何事も、相手の良きように、という事か…」
「おお、まさしく、御意にございまする…さすがは、ご聡明な姫殿下よ…」

ディアマンテは、再び顔を上げて、老いの知恵あふるる占い師を見つめた。

「師よ、心より感謝する。このような長旅をさせて申し訳ないとも思ったが、やはり、来てもらえて良かった…改めて、礼を言う」

「…おお、勿体ないお言葉を…お陰様で、寿命が延びまする…ホッホ」
黒衣をまとった老爺の占い師は、顔を余計にしわくちゃにして喜んだ。

「ユナカイト、中座をして申し訳なかった。どうしても、自国の者に聞きたいことがあって」

ディアマンテはマントを翻して、ユナカイトの建物へと戻った。
籐の椅子から、弾かれたようにユナカイトは立ち上がる。

「もう、こちらには戻られないと思っていた。…こんな、あばら家には」

「何度でも言うが、私は、そなたに会いたくて来たのだ、ユナカイト。…端的に言えば、他の事など、どうでもよい」

「……!」
さっと紅をひいたように、ユナカイトの頬が染まる。
が、すぐに冷静さを取り戻したように、少し俯いて返事をする。

「…さぞや、ご失望なされたことだろう。そちのような国を統べる覚悟も持たず、くだらない意地程度で男の服を着ている、それだけの者だったと知って…」

「…いや」
ディアマンテは、即座に否定した。

驚いて、ユナカイトは声の主を見やる。

「ここへ来て、…そなたに会えて、よかった。心より、そう思っている」

「どうして…そんな事を…」

「ユナカイト。私は、自分の国と結婚するつもりで、男装をし、男としてふるまっている。その生き方を、今さら変えるつもりなどない。…つまり、その…男には、興味が一切ないのだ、私は」

ディアマンテが、これほど言葉を選んで、話しづらそうにしているのを、ユナカイトは初めて見た。

「…だから…、ユナカイト。そなたも、自由に生きろ。王位継承は、もう決まった事だ。女王陛下が何だというのだ。妾腹だろうが、それはそなたの責任ではない。…つまり、そなたは、無理に男の服をまとわなくても良いのだ…好きなら、それを着ればよい。王女の軽やかで可憐な装束に身を包むなら、それもきっと似合うはずだ。…その、なんだ…ユナカイトは、そのままで、十分、魅力的な存在なのだから…」

話が終わるか終わらないかのうちに、ユナカイトの頬には、涙の粒がこぼれた。

それを見るなり、ディアマンテは狼狽して
「…ど、どうした…?気分を害してしまったのなら、謝る。許してくれ…」
と言いながら、持っていた絹のハンカチで涙をそっとぬぐう。

「…いえ、…まだわたくしが少女の服を着ていた頃、夢中になって読んでいた童話の王子様が、本当にいらして、わたくしの心を解き放ってくださるなんて…魔法のようで」

ユナカイトは、我知らず、王女の口調になっていた。

「…みっともない顔をお見せいたして、申し訳ございません。……で、あの……、失礼ついでに一つだけ、美々しい王子様にお願い事があるのですが…」

「…な、…何だ?」

「あの、……ディアマンテ様は、本当に、王子ではなく、王女様なのでしょうか…?…わたくしと違って、あまりに凛々しくてらっしゃるので、もしや、実は殿方なのではないかと…」

そう話すユナカイトも、聞いているディアマンテも、お互い、耳まで真っ赤になった。

「……では、こうしたら……よい、のだろう…か…?」

言いながら、ディアマンテは自らまとっているレースのブラウスの前を開き、細いユナカイトの手首を取ると、ブラウスの中へその手を滑り込ませた。

「あ……!」

「…分かったか…?私がそなたを欺いていたか、それとも真実、女であったか…」

恥ずかしそうに手を引こうとするユナカイトが可愛く、ディアマンテは手首を余計に握った。
そうして、はだけた自分の柔らかくふくらんだ胸元へ、異国の王女を抱きしめる。

おそらく、幼い頃から温かなぬくもりなぞ、与えられずに育ってきたのだろう。
ユナカイトは、ディアマンテにすがりつくようにして、しばらくそのまま身を任せていた。

(つづく…次回で終了、の予定です)