2013年2月27日水曜日

トウキョウ・ナイト・ガールズ(下)

それから一週間、二人はガイドマップと受験案内を手に、あっちこっちのJRだ私鉄だと乗り継いで、大学を受けて回った。

私立は、すぐに合否をネットで知らせるので、東京にいるうちに、わかる。

「…でもー、結果教えっこすんのはさ、最後の日にしようなー?」
「そーだんねえ、気が抜けちゃったり、ヘンにお互い動揺しちゃっちゃ困るやねぇ」

一校目の試験の前の晩、二人はそんな事を言いながら、駅前でハンバーガーを食べた。

二人とも、全部違う大学を受けているので、毎日同じホテルにいながら、ほとんど顔を合わせず、自分のシングルで受験勉強や次の日の行き先チェックをしていた。

いよいよ、一週間の最後の日。
約束通り、二人は泊まっているホテルのロビーで待ち合わせた。

「なあ、行ってみたい場所があるんだ、陽菜。つき合ってくれる?」
口火を切ったのは、孝美だった。

「え、い…いいよ?で、どこ?」
「内緒。ついてきて?」

孝美は、先に立ってホテルを出ると、下調べをしてあったのだろう、メトロの大江戸線に乗り込んだ。慌てて、陽菜もそれに続く。
やがて『都庁前駅』で、二人は車両から降りた。

「屋上、行くよ?」
「へっ?い、行けるのぉ?」
「行けるさ。今から夕暮れ時だ、今日は晴れてるし、きっといい眺めだと思うぞ~」

こんな場所、思いもつかなかった陽菜には、エレベーターで、孝美にどこかへ連れ去られてしまうような気さえしてしまう。

最上階へ上がると、予想以上のきらきらしい夜景が、二人を歓迎した。

「うっわ、すっげ…っ!」
思わず、陽菜が叫びながらウィンドウへ駆け出す。

「ガイドブック以上だわ~、こりゃあ…」
陽菜の背中が新都心の輝きに溶け込みそうなのを見ながら、孝美もそう言って歩いていく。

二人で、同じ向き…パークタワーの、三角屋根がいくつも並んでいる辺り…を、じっと見つめた。

…しばらくして、孝美が、ぼそっと話し出す。

「あたしさ、…滑り止めの最後の一校だけ、受かってて、あと…全部、落ちたよぉ」
「えっ?!」
「模試でA判定出てた大学もさ、だめだった…」

陽菜は、何と言っていいのかわからず、ただ夜景に映る孝美の横顔を見つめていた。

「陽菜は…?」
「う、うーん、うーんと…やっぱ、記念受験だったから、私立は一勝一敗でえ、公立は…センター試験の点数との絡みもあるから…まだ、わかんないんだ、よね…」

「そっかぁ…、お互い、私立一校か…まあ、偏差値は陽菜の方が高いけどさ?」
「で、でも、うちは私立には入れてもらえないんよ?だから、あ、あんまさあ…意味、ないっつーか…」

どう言ったら、孝美を慰めてるっぽくなく、でも傷つけないように伝えられるのか…陽菜は、おろおろしながら言葉を継いだ。

「…あたしさ」
孝美は、急に顔を上げると、パークタワーに向かって指をさす。

「滑り止めの大学だけど、そこで卒業式には首席取れるくらい勉強して、大学院行って、好きな国文学の研究して、すっごい論文とか書いてさ、…いつか、あそこにある高級ホテルに、好きなだけ泊まれる…そんな奴に、なってやるんだ!」

「ひえっ?!…た、孝美、すっげえ夢、持ってんだぁ…」

慰めようなどと考えていた自分が、陽菜は、急に恥ずかしくなった。

「陽菜は?あんたも古典や現代文、好きだったでしょ?あんたなら、どんな夢、見る?」

目の前にきらめく高層ビルを見ていると、秘かな願いを言ってもいいような気がする。

陽菜も、同じホテルに指をさして、言った。

「あたしは…好きな本を好きなだけ読んで、時間が許す限り文章を書いて、出版社に持ち込んで、小説家になって…そうして、あそこのホテルで、カンズメになってやるぞぉ!」

「あんたこそ、大した夢じゃんよ、陽菜。せっかくだからさ、ノーベル賞、取れよっ」
「そ、そりゃちょっと…無理、かなぁ…」

孝美に持ち上げられて、思わず照れてしまう陽菜。

その姿を、クスッと眺めながら、孝美はすいっと自然に、陽菜の手を取った。
お互いの手袋越しに、何となく、ふんわかした気分が伝わってくる。

「よしっ、陽菜ぁ!今から、何か食べに行こっ!」

「いいねえ!何にしようかねえ?…せっかく東京来たんだからあ、どこかガイドブックに出てるイタリアンとか、どっかなあ?」

提案しながら、陽菜も孝美の手を、きゅっと握り返す。

トウキョウ・ナイト・ガールズ。
この街の知り合いは、手をつないだ先の、たった一人の大切な親友だけ。
だから、ドキドキも、しょんぼりも、夢も企みも、二人だけで共有できる、宝物の夜。

「ね、帰りにさ、おやつ買ってこーねぇ?」
「当然よぉ!今夜は徹夜で、パジャマパーティだなっ」
「賛成ー!」

受験は終わっても、二人のお楽しみは、これから。

(おしまい~)