謁見の間は、彫刻を施した水晶で壁が飾られ、床には、やはり大理石。
熱砂の国に住まう者ならではの、贅を尽くした部屋であった。
膝下の礼を取る、ディアマンテ王女を始めとする従者達は、しばし外の暑さを忘れ、女王陛下とユナカイト王女の到着を待った。
しばらくして、ヴェール越しに一段高くなった床の向こうへ、二つの人影がゆるりと歩いて来る。
「…この、邪魔な薄布を上げよ。遠くからお越しのお客人に、無礼であろうが」
どっしりとしたアルトが響くと同時に、慌ててヴェールが左右に分かれて開かれてゆく。
中年も後半にさしかかった頃か、臙脂色の布を身体にゆったりと巻き付けた貫禄のある貴婦人が、おそらく、女王陛下であろう。
「恐れながら、私は西方の国、アルマンディン王国より参りし王女、名はディアマンテと申します。このような私ふぜいに、陛下おん自らのお出ましとは、恐悦至極に存じます。突然の無礼な来訪に際し、大御心のご寛大にてありますこと、感謝の言葉を並べましても言い尽くせませぬ」
「ほほ…お見事なる口上、遠慮なく受け取らせていただきますぞえ。そなたの御名は、この遠き東方にもとどろいております。なまなかの王子とでは比べものにもならないほど、ご利発でご勇敢、その上、美々しさはこの世の者とも思えぬと…。なるほど、道理よの」
「…痛み入ります」
社交辞令の応酬はともかく、ディアマンテは、早くユナカイトが見たくてならない。
その内心を見透かしたように、女王陛下は自らの隣を見やり、
「そちも、おなじ男の装束をまとうならば、あちらの姫君のごとく美麗であらねば…。中途半端は、見苦しいだけであろうが。面を上げて、姫君の美々しさを見習うがよい」
わずかに衣擦れの音がして、ユナカイトがこちらを見ている気配がわかる。
「おお、これは無礼をお許し下され。ディアマンテ王女よ、次の間にお進みくだされ。籐の椅子が用意してございまする。ユナカイトとは装束のご趣味も同じと聞き及んでおりますゆえ、忌憚なく何なりとお話をなさっていただければ、望外の喜びでございまするぞ」
「重ね重ね、お気遣い頂き、誠に僭越に存じます」
ディアマンテは、深々と頭を下げる。
「なれば、こちらの部屋へ」
思っていたよりも高めの、しかしピンと張り詰めた声が、ディアマンテの頭上で響く。
「お顔をお上げに。すぐ隣ゆえ、わたくしの後について参るがよろしかろう」
立ち上がったディアマンテの前に立っていたのは、ほのかな褐色の肌が瑠璃色の布と長いタイツによく映える、黒髪を三つ編みにした王女…というより、少女と呼んだ方がまだ似合うような、あどけなさの残る娘。
(ほう…)
予想と異なるユナカイト王女の外見に、ディアマンテは驚いた。
「そちは、まるでわたくしが幼き頃読んだ、童話に出てくるような王子のいでたちをしておるのだな」
「…そうか?私は逆に、そなたのような柔らかな布でこしらえられた、王子の装束を初めて目にして、いま驚いているところだ」
すると、ユナカイトは、くっくっ…と笑いだし、
「何とまあ、率直な王子殿だ。いや、失敬、互いに…男のなりはしているが、王女、だったな」
「いかにも」
ディアマンテもにやりと笑い、後ろを向いて、連れてきた数人の騎士に部屋から退出するよう命じた。
「おや、人払いをするとは…わたくしの見てくれから、武術の腕を甘くみておられるか?」
ユナカイトの問いに、ディアマンテは即答する。
「いや、もし剣を交えることがあるならば、他人ではなく、私自らがそなたと戦いたい…そう、思ったからだ。決して、無礼な気持ちではない」
ここで、お互いに一息つき、腰に手挟んでいた長刀と、胸元に隠し持っていた懐剣を取り出して、しかるべき置き場に納めた。
胸襟を開いて話を進めよう、と、互いに意思表示をしたわけである。
(つづく…そ、そろそろ色気が欲しいぞ~)