2012年5月22日火曜日

キス。(1)

まだ、だれともしたことがないから、どんなものか分からない。
でも済ませた友達は、いろんな言い方で、るみかに教えてくれる。

「お互い緊張しててね、歯がぶつかっちゃったのよ」
「ファミレスでケーキセット食べてから、公園の陰でしたから、すっごく甘かった~」
「年上のカレシでさ、こっちは背伸びするのに精一杯で、あんま覚えがなかったよぉ」

一通りの情報として仕入れてはおくものの、るみかにとって、これらの情報はも一つ物足りない。
と、いうのは。
るみかがキスしたい相手は、男の人ではないからだ。

いつも薄いローズピンクのリップをさりげなくつけていて、肩までの焦げ茶色の髪もさらさらのストレートな、藤川早苗。
天然パーマでその上髪が多く、もしゃもしゃ直前の髪をワックスで落ち着かせて登校してくるようなるみかからすると、歩く理想そのもののクラスメイト。

(でも、キスしたいなんて言ったら、気持ち悪がられるだろうな…。絶対、藤川さんも男の子を恋人にしたいに決まってるし)

早苗も、るみかも、それぞれ別のグループで中心的な役になっているので、話し合うチャンスにもあまり恵まれない。

(変な話だけど、うち、女子高だし、クラス内のグループで合コンとかするのってアリかな…?)
るみかは、なんとか早苗に近づきたくて、知恵を絞った。

2012年5月21日月曜日

金環日食

私は、職場へ早出して行って見ました。
駐車場には車がたくさん止まってるのに、オフィスはなぜか無人。
もしや…と思って東方面の庭へ出たら、7~8人、いるいる。
気づいたら、私も手に日食グラスを握らされていました(笑)

ちょっと黄緑めいていて、とても綺麗なリングでしたねー。

自分が見た日食で記憶があるのは、小学校の時の部分日食。
だから、きょう日食を見た子供にとっては、すーごい記憶に残るんでしょうね。

最近、国全体での話題が(いたしかたないですが)負のベクトル向いてたの多かったので、
きょうの金環日食は、久しぶりに老若男女、和気藹々と話せる話題だったのではないでしょうか。

そんな話題が、これからもいくつも続きますように。
困難を抱えている人々の重荷を、みなで少しずつ背負うことで、それが果たされますように。

2012年5月20日日曜日

い、いいんか?!

今回は身辺雑記で、しかもすごーく些末なので、お嫌いな方はパスしてください。

先日、某国営放送のニュースで、印刷会社に勤めていた数人が、普通では考えられない確率のガンでばたばた亡くなっていったと、報道していました。
なんでも、校正印刷のインク洗浄剤を頻繁に使用していて、それのばく露が関係あるんだかどうだか…現在調査中、というような話でした。

自分も雑誌やコミックス読むし、校正印刷と縁がないわけじゃない。
それから、親族にも化学薬品で早世したんじゃないかと言われているものがいたので、けっこう真剣にそのニュース、見てたんですよね。

キャスターさんが言いました。
「それでは、今回取材に協力してくださった、別の印刷会社さんの様子をご覧ください」

録画場面に切り替わります。
画面一杯に、校正用なのか、大きなオフセット印刷のロール状機械が写ります。

…となれば、「何を印刷してるのかな~?」って見たくなるのが、人の子じゃないですか。

私がですね、私が見るに、どーも成人向けの雑誌かグラビアなんですよ。
色っぽいお姉さんがこっちを振り向いてて…いや、それだけならまだいい。

字で、はっきり「○○○尻」って、書いてあったんですよーーー!
(○は、判読不能でした)

し、しり?
21時台のニュースで、しりですか?!

しかーも、放送してるのは、我が国の某国営放送。

そりゃねー、事件直後で取材協力を断る同業さんも多かったかと察しますがね…。

でも、しりで、い、いいんか、いいんですか!?

…すいません、ただそれだけの話なんですけどね。

あー、どうせ校正見るんなら、こないだ出たばっかりの百合姫取材してくれればよかったのに。
とっても綺麗なんですから!

2012年5月18日金曜日

エンゲージ・サニー・リング

昔の特撮もので変身アイテムに使っていたような、紙でくるんだ黒めがねが配られる。
そして、家でじっくり観察してから来るようにと、登校時刻が1時間遅くなる。

さてまあ、何でそんなに大騒ぎするんだろ。

美子は、常に物事を斜に構えて見るタイプなので、ついそんな考え方をしてしまう。

一方、隣の席の七重は大はしゃぎで、さっそく配られた黒めがねで教室の蛍光灯を見たりしている


「あんた、子供みたいなやつだなー。そんなオモチャもらって、嬉しいか?」

「そりゃ、嬉しいわよ。今見てみたけどね、この日食めがね、結構レベル高いよ! 蛍光灯見て、光がわかっちゃうようならバッタもんなんだって聞いたけど、これ、ちゃんと真っ暗だもん」

「こないだ、皆既日食だか、あったろうに」

「あっ、でもね、今回の金環日食は、一生で一回しか見られないらしいよー」

きゃっきゃっと返事をいちいち返してくる七重は、実は、美子にとっては、とても可愛らしい。
しかし、顔にも態度にも、そんなことは出さないようにしている。
なぜか?
…分からないけれど、七重に対する、この想いを意識するようになってから、自然に。

「ねー、美子さ。6時過ぎから日食始まるっていうから、うちにお泊まり会して一緒に見ない?」

ぶっ。

お、おまー…今、クラスの数人がこっち向いたの、気づいてないだろ?!

「でえ、そのまま同伴出勤…じゃなくってえ、同伴登校とかするの。面白くない?」

本心の私は、…お、おもしろすぎるよ、そりゃ。
でもなあ、今この瞬間のクラス全体が我々を見つめる空気の方が、はるかに面白くないっ。

ここまで大声でしゃべると、七重は椅子をにじにじさせて、私の方へ寄ってきた。
「それにさっ、美子」

急に小声になったので、私も自然に顔を近づける体勢になって
「な…何よ?」
と、問い返してしまう。

「ちょうどさ、金環日食が一番綺麗に見える、7時30分過ぎだっけ? あの時、あたしさ、絶対あんたと見たいな、って思ってるのよ。…わかる?」



「恋人同士の、エンゲージ・リ・ン・グ!」

「………」

「だってね、本当に女の子同士で、左手の薬指にリングはめられないでしょ? だから、美子と二人で一緒に金環日食見て、空に左手伸ばして、指輪の代わりにできたらな…って、ね?」

聞いてるわたしの顔は、もう、真っ赤。たぶん。
コホン、と取ってつけたようなせきばらいをして、
「ま、まあ、そーゆーことなら、…その、一生に一度のことだし、ね。…いんじゃない?」

そのとたん、聞き耳ずきんと化していたクラス中の悪友どもが、一斉にプーッと吹き出した。

「なぁによう、笑わないでよねー!これでもここ数日、一生懸命七重が考えたんだぞう! 真似したら、だめだかんねっ!」
「使用料取っときなよ、儲かるから、七重」
仁王立ちになって怒鳴る七重に、くっくっと笑いながら、美子は提案した。

2012年5月17日木曜日

あしたは「コミック百合姫」7月号がでますよ

隔月刊の雑誌なので、もう7月号ですよー。
まだ現実世界では、学生さん冬服着用なのに。

でも、アマゾンで見た表紙は、ブルーでとても涼しそう。
今年はいろいろ「仕掛け」てくれる、なもりさん描く表紙。
どんなかなー、今から楽しみです。うきうき。

それから、同日発売の百合姫コミックス「裸足のキメラ」大北紘子さん。
これも購入予定。楽しみ。
最近は現代物のお話が多いけど、この人のお話で私が好きなのは、時代や国が不詳な、ちょっとコスプレめいた設定。
本誌に初めて掲載された「欠け落ちて、盗めるこころ」では、ちょっと「鋼(以下略)」の同人っぽい絵柄だな~というイメージだったんですが、だんだんご自分の作風が出てらした感じ。
描き下ろし、入ってたら嬉しいな~。わくわく。

本好きで百合好きでよかった~、と思えるのは、こういう時ですね。

そして、自分もこんなふうにお話を書けたら、んもーそれ以上に嬉しいんだろうなー。

が、方言ネタでちょっと尽きちゃった(苦笑)ので、また次のネタを考えます~。

2012年5月13日日曜日

なから、好きだんべ。(後編)

「コーヒー買ってくんわ。真綾は、何がいいん? 缶一本ぐらい、おごっからさ」
運転席のドアをバタンと開けながら、晶子は小銭入れを持って外へ出る。
「あ、えー、ん…と、じゃあリンゴジュース」
「炭酸は?」
「できれば…入ってないのが、いいかも」
「ほいほい」

久しぶりに出来た一人の空間で、真綾はふーっと息をつく。

(今後の展開を、どう持ってったらいいんだんべか…)
思わず、方言で考えている自分に、はっとする。

夢とかの、類じゃあない。
膝の上のうどんの包みが、これは現実だと思い知らせてくれる。

確かに、晶子の指摘は、全て当たっている。
しかし、それは真綾が毎日意識的に仕組んでいること、ではない。

気づいたら、日常になっていた。
意識も無意識も考える、それ以前のこととして。

じゃあ…晶子は?
意識して、私を毎日の帰りに誘ってくれていたのだろうか?

「んーなの、あったり前だんべに」
真綾の頬がいきなりひやっとして、晶子が缶ジュースを押しつけて来たと気づいた。

「ちょっ、何で考えてたこと、わかるん?」
あわてて真綾が聞くと
「そら、声に出してでっかい独り言いってりゃあ、だれでもわかっちまうんべさ」
そう言いながら晶子は運転席に乗り込み、濃いめの缶コーヒーをぐいっと呑んだ。
エンジンは、まだかけない。

「…ま、すぐ返事を聞くとか、そんなあたし、せっついてるわけぁないんだけどぉ」
晶子は、フロントガラスを見ながら、それこそ独り言めいて話す。
「んでも、やっぱ、知りたいんだな? うん」

「…な…、何を…?」
ほぼ100パー分かっている問いを、それでも晶子の口から言わせておきたくて、真綾はおずおずと、尋ねる。

「んー、…真綾はさ、…あたしの事、なから(かなり)好きだんべ? つーか、その…やな奴が毎日押しかけてくる、とまでは、思って、ねーんべ?」

どストレートな晶子の直球に、真綾は、しばし言葉を失った。
でも。
晶子ほどじゃないけど、真綾だってかかあ天下で知られる、上州女の端くれなのだ。
ここで逃げたら、女がすたる。

さっきもらったリンゴジュースを、一口、ぐいっと呑む。
「…や(いや)じゃねえさ。心のどっかで、待ってる自分がいると思うん」
もう、一口。
「でも、この気持ちが晶子の私を見てくれてる気持ちとおんなじかどうか、それは、わかんない。自分でも、時間をかけて向き合ってみないと、わかんないんさ。…それまで、ますこし(もうちょっと)
時間をくんないかい…?」

「…うん。…わかった」
晶子が、こんな真剣な声を出すの、初めて聞いた。
それが自分がらみなのだと思うと、真綾には面はゆく、また、ちょっと嬉しくもある。

「おーし、んじゃ、ひとっぱなし(話が一つ)済んだとこで、帰っかあ! 真綾、ベルト締めな。エンジンかけっから!」
行きよりも気持ちスピードをつけて、軽自動車は走り始めた。
…が。

「ねえ晶子、この道、あんたんち(あんたの家)に向かって、戻ってるんと違うん?」
さっき見た景色が逆に流れているのを見て、あわてて真綾が叫ぶ。
「ええー? あー、本当だわ。ちっと浮かれちまったから、来た道戻っちまったわ。はっはっはー」
「あーもー、笑い事じゃねーんべよ! どっかでUターンしてくんないと、今夜予習多いんだから、困るんだいねぇ、晶子っ!」

すっかり方言でしゃべり合っている二人を乗せて、田植えも済んだ広域農道を、小さな軽自動車が一台、田舎の夜を航海するように進んでいく。

(おわり)

2012年5月10日木曜日

なから、好きだんべ。(中編の3)

暗闇の広域農道を、晶子の運転する軽自動車は進んでいく。
…意外にも、彼女のドラテクが慎重で静かなのに、真綾はうどんの入った風呂敷を抱えながら、驚いていた。
「止まれ」も、「左折確認」も、いつもの彼女には似合わないくらい、きっちりこなす。
滑らかなアクセルの踏み方と、ゆったり柔らかなブレーキングも、乗り心地がいい。

「晶子…、あんたって、もしかして、運転上手い?」
「もーしかしなくったって、うめーべよ」
「…なんで? いつもの、威勢のいい(元気な)時とハンドル握ってる時と、別人みたい…」

驚くあまり、無意識に、真綾も方言を使っていた。

「んー、たまにだけどぉ、夜遅くまでテスト勉してたりとかさ、夜中に眼がさめちゃってー、離れの自分の部屋で、ラジオ聞くことがあるん。トラックで夜に何か運んでるおじちゃん達用のやつ。
そこでさ、演歌のおねーちゃんが言ってるんよ。『あなたの、いとしい人を乗せているつもりで運転しましょう』って。」

へー、そんな遅くまで勉強とかしてるんだ、晶子って。意外。
確かに…学年でも成績、いいほうだもんな。見た目に反して。

…ん?
「ちょ、ちょっと晶子、念のために、万が一で聞くけど、いとしい人…って、あたしじゃないよね? 違うよね?」
「あたしとあんたの他に、今、だれが乗ってるんべよ」
「あ、あ、あたし、そういうつもりとか、ないからっ。あんたは友達の一人で…」

「んじゃ、何で毎日放課後、一緒に帰るん? 待っててくれてんだんべ?」
うっ。
「他に、真綾が誰かおんなじ方の子と電車に乗って帰った事、あるん?」
う、ううっ。
「方言が何だーかんだー言いながらさぁ、真綾だって家で使ってるんだんべ?」
うーうー、ううーっ。

その時。
晶子が左ウインカーを出し、道端にある100円ジュースの自販機前スペースへ、しゅうんと車を停めた。
ルームライトをつけて、風呂敷包みを抱えている私の顔を、のぞき込むようにしてくる。

ど、どーなんの、私?
んでもって、いつ家(うち)に帰れるん??

何だか、今日の夜はやたらに長くなりそうな予感。

(つづく…次あたりで、しまいにする予定です)

2012年5月8日火曜日

なから、好きだんべ。(中編の2)

薄暗くなって、北に見える山の稜線もおぼろげになってきた頃、真綾は晶子の家についた。
「んまー、よく来たんねぇ、真綾ちゃん。さ、寄ってがっせ(寄っていらっしゃい)寄ってがっせ」
いつも通り、家族ぐるみで真綾を歓待してくれる。

「今日は、夕飯食べてげるん(食べていけるの)?」
笑顔でおばさんが誘ってくれたが
「いえ、まだ明日も学校があるし…今日は、失礼します」
と、真綾も微笑んで答えた。

「まーず、聞いたんかいお前は!ちっとは真綾ちゃんみたく、おしとやかにしてみたらどうなんだい」
言いながら、おばさんはちゃぶ台のせんべいにかじりつく晶子の頭を、お盆でひっぱたいた。
「いーってえなぁ、もう。こんなうちで、おしとやかにしてられっかい、なあ、真綾?」
おじさんも農作業を終えて、焼酎のお湯割りだろうか、いい気分そう。
わいわい茶の間にみんなが集まっている晶子の家は、真綾にとって面白かった。

「さ、おまたせ。ばあちゃんがぶった、手作りうどんだよ。家でみんなで食べやっせ(食べてね)」
大きな風呂敷いっぱいもある、小山のような生のうどんをかかえて、ばあちゃんが登場した。
「うっわ、マジでまっさか(すごく)ぶったんねー。寄り合いでもあったんかい?」
「そじゃねえよ。今日のお天気と水とな、粉のあんべえ(塩梅)がまさかよくってさ、あっちこっちに配り歩くんべえって、つい、うんとこしらえちまったんだいよ」

「ど、どうしよう…晶子。うち、本当こんな食べられなくてもったいないし、第一、これ持って電車乗って家まで帰るの、無理…」
「ふーん、んじゃ、もちっと減らしてもらえばいいんべ。な? それから帰り道は、心配すんな。あたしが送ってってやるんべえ」
「送る?」
「そ。車で」
「えーーーーーーーーっ?!」

「知らなかったん? あたし、4月5日生まれだからさ、もう免許、取ったん」
「だ、だだだって、うちの県、『三ない運動』やってるじゃん、高校生は…」
「あらぁ、バイクのじゃねんかい? あたし、教習所も行ったし、高速教習もやったんよ」
…いいんだっけ…?
「ま、隣の県の教習所だったけどさぁ」
「ちょっ、晶子、大丈夫なの? 怪しいって、何だか!」
「だいじ(大丈夫)だって。うちの田んぼ道を、ケットラ(軽トラック)で小学校のころから走ってたしぃ、兄ちゃん(あんちゃん。兄のこと)も『筋がいい』ってほめてくれたん」

聞けば聞くほど、真綾は晶子の送りがどんどん恐ろしくなっていった。
「今夜は兄ちゃんは寄り合いでさ、いねーんよ。で、飲み屋までケットラで行ってるから、家にちょうど普通の軽があるんさ。運がいいべよ、真綾」

どこが!!

「ケットラはさー、オートマじゃないんさ。今時、ギアなんよ、ギア。クラッチ踏んでさー、ほっそいギアをがっくんがっくん動かして、初めのうちはよくエンストべえ(ばっかり)だったなー。はっはっ」
「やだっ。もー、電車で帰る!」
「はあ、電車なんてねーんべ?」
腕時計を見ると、確かに田舎の終電は通過した後だった。

「じゃあ、おばさんに運転してもらう!」
「勘弁してくんなよ、真綾。もう、かーちゃんビール飲み出しちゃったんさ」
「…あ、あと、家にいるのは…?」
おそるおそる、真綾は尋ねる。
「飲んでねーんは、ばーちゃん。89歳、免許返納。あと、あたし♪」

「…どうしても、私は晶子の運転で帰らないとならないわけね…」
「おっ、心の準備はできたんかい?」
おちゃらける晶子に、
「私、まだ絶対死にたくないからね。いい? そこんとこ、肝に銘じて送ってよね!!」
真剣きわまりない表情で、真綾は告げた。

「…送ってぐ方がいばられるなんてのぁ、まーず合点がいかねぇんだけどな…」
首をかしげながら、車のキーをくるくる指でまわしてやってくる晶子。
「うるさいっ。とにかく、私を無事に送ってちょうだいよっ。いい?」
「そら、もちろんそーだけんど…」
晶子がキーをひねり、予想よりも静かなエンジン音が車内にひびく。

(まーだ、続くんよ…)

2012年5月4日金曜日

なから、好きだんべ。(中編)

次の日も、同じように放課後、晶子はやって来る。
「よーう、一緒に帰るんべー、真綾ーぁ」
そのあけっぴろげさに、クラスメイトは半ばあきれ顔で
「アンタら、下手な恋人より、よっぽど一緒にいるんねー」
などと言われてしまう始末。

真綾は、あいかわらずげんなりだけど、一緒にいるのは気恥ずかしいけど、でも、不思議と、晶子といるのは嫌じゃない。
昨日の、彼女なりに一本筋の通った考え方を聞いたから、だろうか。

「真綾ー、今日、帰り時間あったらぁ、うちに来ない(きない)? ゆんべさ、ばあちゃんがうどんをまさか(たくさん)ぶって(作って)さ、食べきんないんよ。もし良かったら、真綾んちにもらってってくんない?」

うおおお。
前言撤回、と言いたくなるような、いきなりの上州弁乱れ撃ちだ。
うーむ、さすが晶子。
そして注釈なしで全部分かってしまう、ネイティブ上州人の己の血を、しみじみ思う真綾だった。

「うん、ケータイで家に聞いてみるから、ちょっと待ってて?」
真綾が母に尋ねてみると、二つ返事で喜ばれ、晶子の家に寄って行くことになった。

「んじゃ、あたしもかーちゃんに言っとく。悪いんね、ちょっと待っててくんない(ちょうだい)」
晶子のケータイは、真綾と対照的というか何というか、そばで聞いている人は吹き出してしまいそうな勢い。
「あ、かーちゃん? あー、真綾があがってって(寄って行って)くれるって。やだよ、こないだみたいに空っ茶(お茶だけ出す)じゃあさぁ。恥ずかしいんべがね。お茶ぞっぺ(お茶請け)ぐらい、用意しといてくんなね、頼むねー。うん、ん、じゃあ今から戻るからー」

電源を切って晶子が隣を見ると、おや、真綾がいない。
きょろきょろ辺りを見回すと、いつもの駅前のすみっこに、他人バリアを張った真綾が、いた。

「…やっぱ、すごすぎる…。晶子の方言攻撃は…」
「攻撃した覚えなんか、ないけど?」
「…私、昨夜考えたんだけどね、方言のせいで嫌な思いしたり、させられたり、そういう事が小さいときから何度かあったのね。それで、方言を避けるようになったのかな…って」

ガタンガタン。
レールの継ぎ目に沿って、二両編成の電車はのんびりと夕暮れを走る。
中央の通路に両端から向かい合う形で作り付けられた座席に、真綾と晶子と、いつも通り並んで座っている。

「ねえ、晶子はそういう事、なかったの?」
「ふーん、あったような、ないような…」
「…頼りないの」
「あ、真綾、こーゆーんあったぞ。空き缶を『これ、ぶちゃっといて』って男にやったらさ、なんかボケーっとしてんの。(こいつ、何だんべ)って思ってぇ、『だーかーらー、かたしといて、って事!』って大声で言ったらさ、そいつ、しばらく考えてから、空き缶を自分の肩の上に置いたん。もう、大笑いだんべ?」

晶子に聞かれるまでもなく、さすがの真綾も、最後の方はくっくっと肩を震わせていた。
が。
ふと気づいて、尋ねてみる。

「ね、…それって、つきあってた彼氏を振った、…ってこと?」
「…あー、そう言われりゃそうなるんかねぇ?」

(晶子、すごっ…!)

眼をむいて見つめてくる真綾に気づき、晶子はしごく当然の顔で言った。
「だってさぁ、もしも自分の好物を見るのもやーだ、ワケわかんねーべって相手と、つきあえる? そりゃ、全部好きなもんがおんなじ人間を捜すなんて、よいじゃない(大変だ)けど、共通点はちっと(少し)でも余分にある方がいいと思うんだいね~」

ポジティブだなぁ、晶子は。
自分の信じるところに依って、好きなものを好きと言って生きてる。
それに比べて、私ったら、方言のみならずネガティブ…。

「うわっ、やべーんべよ真綾っ! 気がついたら、はあ(もう)降りっと、電車のドア閉まっちまうがね!!」
晶子の声に、ふと我に返れば、晶子の家の最寄り駅。

どちらからともなく、手をつなぎ合って、飛び降りるように二人はホームへ下りた。

(つづく…なんか、長くなりそうかも、この話)

2012年5月1日火曜日

なから、好きだんべ。(←意味は読んでいくとわかります):前編


放課後のチャイムと同時に、けたたましく廊下をこちらへ向かって走り来る音がする。
それも、毎日。
真綾(まあや)は、ターゲットが自分だと知っていつつも、毎日決まってげんなりする。

ガラッと、勢いよく教室前のドアが開いて、バカがつくほどでかい声が真綾を呼ぶのだ。
「おーう、真綾、帰るんべぇーっ! どしたん? いないん?」

声の主は、荒っぽい訛りには似つかぬ今風の可愛い子ちゃん。カラコンに薄化粧、タータンのプリーツスカートもしっかり折り上げてミニ丈に着こなしている。
むしろ、げんなりさんの真綾の方が、黒い髪をおざなりに伸ばしている、地味~なルックスだ。

「あのさ、晶子(しょうこ)…」
それでも一緒に帰り、駅前の公園で二人して棒アイスを食べながら、真綾は言う。
「…その、バリバリの上州弁、何とかならないの?」
「なんで?」
「だってさ、その…あんた、黙ってればかなりイイ線いくのに、言葉でかなり損してる気が…」
(本当は、一緒にいる私が恥ずかしいのっ)と、言いたくても言えない真綾である。

「どーこが損してるぅ?上州のもんが上州弁しゃべんなくって、どーすんべよ。ばあちゃんやかあちゃんから、生まれてずーっと聞かされてきた言葉だんべ? 真綾は、それをあたしらの代で、はあ(もう)絶滅させる気なんかい? どっしょもねぇんな、罰当たるぞぉ」

食べ終わったアイスの棒をゴミ箱にぽいっと捨ててから、言葉とは裏腹に、晶子は真綾の髪をくしゃくしゃっとなで回して乱した。
「ちょっとぉ、やめてよぉ…」
「やーだんべったら、やーだんべぇ」
節をつけて歌うように自分をかまってくる晶子。
むく犬みたいにくしゃくしゃされながら、真綾は、彼女が思いのほか自分の使っている方言を意識して、しかも大切に思っていることに驚いていた。

真綾だって、産まれた時からこの地に育って、方言だってわかるし、話せる。
家の中でもごく普通に、方言が飛び交う。
小さな頃は、それをごく当たり前のことだと思っていた。

初めに違和感を覚えたのは、東京のいとこが来たときだったろうか。

「ねえ、借りてる本、図書館へいっしょに“なし”に行こう?」
真綾がそう誘うと、いとこは目をパチクリさせていた。
「え? “なす”って、東京じゃ言わないの?」
真綾がびっくりして聞くと
「なす…って、お野菜の、でしょ? 図書館で…お茄子?」
と、いとこはクスクス笑った。

「こらこら、笑わないの。こっちではね、借りた物を「返す」って意味で“なす”って言うのよ。ね、真綾ちゃん?」
と、そのいとこの母親…真綾の伯母が慰めてくれたけれど、もうその時には、真綾は瞳に涙をいっぱいためて、黙ってつっ立っていた。
言葉を笑われた以上に、自分とその生活をひっくるめて笑われたみたいに感じて。