2011年5月9日月曜日

ラブ様にお願い!(4・終)

「…先生に、見つけていただいてよかったのは、わたしのほうですっ」
今日のいま、宵闇に紛れて二人きりで歩いている、この時はもう二度と来ない。きっと。
朝香はそう思って、声を振り絞るようにして言った。

「やっぱり、こわかったんだ?」
みつき先生は、また軽く笑う。
「こわかったのかも、しれません。…ある意味」
「ある意味?」
捨て台詞のような朝香の口ぶりに、先生は興味を示した様子だった。

「さっきまで、わたし、占いをしてたんです。教室で、一人で。誰にも言えない恋をしていて、でも、やっぱり叶って欲しくて、どうなるんだろうか…って…」
「それは、ある意味怖くなるだろうな、確かに」
「…バカみたい、ですか?」
「恋がバカの所業なら、この世はバカの巣窟じゃないか?」
そのあんまりな切り捨て方に、今度は朝香の方が吹き出した。

「朝香さん、私が独身を通しているのは、知っているだろう?」
「あ、…はい」
「こんな時間、二人だけの校内だから言うが、私は、男はダメなんだ」
「……!」
「理由は分からない。思春期に入る頃に自覚して、以来ずっと独り身で生きてきた。そうせざるを得なかったからね。…別に、恥じてはいないが、吹聴して回ることもないと思っている。…でも、さっき朝香さんが『誰にも言えない恋をしていて』と話してくれたとき、君になら、ふと、こんな身の上話をしてもいいかという気になったんだよ」
「……」
「…これも、ある意味、怖い話かな?」
「そんなこと、おっしゃらないでください!先生のお話、ちっとも怖くなんかありません。私、もっと、小さい時の先生の話や、悩んでいた時の話や、いろいろ、何でも聞きたいんです!」

朝香がそう夢中でまくしたてた時には、二人とも、既に正面玄関の前まで来ていた。
「もう、お話、おしまいなんですね…」
鞄を抱きしめたまま、ぐずるように朝香はみつき先生に話しかける。
「明日も、明後日も、学校は毎日あるさ」
「でも、こんなふうに、二人で話せる時なんて、他にありません…」
すると、みつき先生は眼鏡をつい、と人差し指で上げて
「なら、また占いをしてみればいいじゃないか。今日のように。そうすれば、また遅くまで残っている同士、
偶然、叱りに来て会うことがあるかもしれないよ」
といって、クスクス、と今度は意味ありげに笑った。
まるで、朝香が誰のために占いをしていたのか、見透かしているかのように。

       (終わり)