2012年9月22日土曜日

追記&鹿乃子ちゃんのお話こぼれ編(?)

このところ、フランスでご覧下さってる方がいらっしゃいますー。
ありがとうございます!嬉しいです。

さて、前回のブログからちょっと時間をおいてみましたら、
閲覧数が書き手である私の予想と違って、ちょっと面白いな~と思えるものがありまして、
僭越ながらここで心覚え代わりに、書かせてくださいね。

実は、前回のベスト5には入ってないんですが、いつも結構閲覧していただいてる巻が
「エンゲージ(5)」なのです。
これ、私としてはとても意外~。で、面白い~。

内容は…まあ、お読みいただいた方はお分かりの通り、婚約のお泊まりがうれしくて、らぶらぶし過ぎてしまった和也くんと鹿乃子ちゃんが、それぞれのお家のご両親とお付きの人に叱られてしょんぼり…というものでして。
親に怒られてるシーンだし、その理由も理由だしなー、つまんないかなー、なんて私は思ってたんですよ。

しかし。
いつもなぜか、まとまった閲覧数がこの巻をご利用なさってるんです~。不思議~。
もしかして、これはホントに予想の域を出ないのですが、こういう経験は私が思っている以上に、一般的なんですかね?もしかして?
それで、鹿乃子ちゃんたちに共感してくださってるとか…どうなのかな?

もう一つ、最近閲覧数が上がっている巻がありまして。
「エンゲージ・その後(5)」、最後から二番目のやつです。
これも短いのに、どうしてかなーと思うんですが、ちょっと心当たりがさっきのより、ある(笑)
たぶん、「鹿乃子ちゃんが、和也くんにお姫様だっこされてる」シーンだからじゃないかなー?
和也くんは、けっこうお姫様だっこ好き(笑)な人で、あっちこっちでしてますので、今度ご興味のある方は、探してみてはいかが?
鹿乃子ちゃんは小柄な設定ですし、和也くんも細めイメージで書きましたが、軍人さんですしね。楽々いけるでしょう。

あと、これは直接閲覧数とは関係ないと思いますが、この巻では久しぶりに蒼宮家の柚華子さんがでてきます。
百合好きの方ならお気づきかも知れませんが(でも柚華子さんは自覚してませんが)、彼女は典型的なツンデレ百合さんで、鹿乃子ちゃんが気になって仕方ないんですねー。
今回は、百合な話ではないので、そっち方面にふくらませなかったのですが、ま、おまけエピソードということで。

お彼岸になって、涼しくなってきました。昔の人はうまいこと言ったものですね。
つらつらと、それでは、また。

2012年9月19日水曜日

鹿乃子ちゃんのお話ベスト5

皆様にご覧頂いた、鹿乃子ちゃんのお話、さてさて、どれが人気(閲覧数が多かった)か、ちょっと調べてみましたよ。
(9月19日現在)

<第一位 同数で「はぢめてのおつかい」(1)(2)>

やはり皆様、お転婆鹿乃子ちゃんの武勇伝がお好きなようですね?
ちなみに、鹿乃子ちゃんが三人の近衛兵さんを倒してしまう武道のモデルは、合気道です。
第二次世界大戦前は、諸般の事情もあり、まだ合気道は世間に広く知られてはいませんでした。軍隊で、教練の一つとして行われていたようです。
なので、鹿乃子ちゃんも「武道の名前はわからない」と話していたわけです。
お父上にでも教わっていたのでしょうか?

<第三位 鹿乃子ちゃん、叫ぶ!(1)>

和也くんがいない所で、堂々と宣言しちゃう巻です。
思い切りがいいのに、そのあとしくしく…な所も、まあ十四歳の可愛らしい所と思ってやって下さい。

<第四位 はじめのはなし>

お読みの方はお分かりの通り、第三位とリンクしたお話です。
小話でもあり、このお話はそんなに読まれないと思いながら書いたので、閲覧数にびっくり。
出てくるみんなが、可愛い…というより、幼いからかな?
ちなみに私も、アゲハの幼虫は可愛くって大好きです~。

<第五位 鹿乃子ちゃん、叫ぶ!(2)>

鹿乃子ちゃんのお話を書こうと思ったとき、一番始めに思いついたシーンが、このお話です。
十歳違いの二人の、初々しいけどちょっとおませな恋のうちあけっこが書いてみたくて。
鹿乃子ちゃんのどんどん変わっていく気持ちと、それをわかっていて少々構いながら、ぶれずに甘く口説いていく和也くんを、対照的に書いてみたつもりですが、どうでしょう…?

さてさて、仕事が込んできますので、次の更新はちょっと未定になります。
本当は「コミック百合姫」の感想を書きたいのですが、買えてないし~。
なもりさんの表紙、すごそうですよね。

書くときは、百合好きの方にも分かるようにタイトルつけますのでー。
それでは、また。

2012年9月15日土曜日

エンゲージ・その後(6)

その夜、和也は朱宮家に一晩招待された。
「ねえ、本当なの?お母様は、女学校を中退なさって、お父様とご一緒になられたって?」
全員が揃った夕食の席で、さっそく鹿乃子は訊いた。

「マア、そんな大昔の事、忘れてしまいましてよ…。鹿乃子さん、それよりも和也様にもっと召し上がってくださるよう、貴女から給仕係に声をおかけなさいな」
社交的にさらり、と受け流しながら、鹿乃子の母は和也におかわりを勧める。
「そうだな。和也君にはもっと滋養を付けてもらって、近衛師団の中核として、それからこの朱宮家の継承者として、今後もますます活躍してもらわねば」
父が、和也の杯に葡萄酒を注がせながら言う。

「はっ、勿体ないお言葉、恐悦至極に存じます」
和也が青年将校の顔に戻って返事をすると、
「んもう、堅苦しくてよ、お父様も和也様も!お食事の時は皆で美味しく頂くのが一番、って、いつもお父様がおっしゃってるじゃないの」
鹿乃子がぷーっと頬を膨らませる。

「あ、いや、そうだったかな、すまんすまん…」
と、父は一人娘に甘い口調に変わり、和也は鹿乃子を見てくすくす笑い出した。
「あーっ、どうしてお笑いでらっしゃるの?」
「…いや、下関で冬にとれる、あの魚にそっくりだと思って…」
「下関…冬…?あ、わかったわ!河豚ね!…って、和也様、おひどいわ!」
一段抜けた鹿乃子のやりとりに、その場の一同、配膳係までが大笑いとなった。

家族や使用人達の心遣いで、その夜、二人は屋敷の一番端にある、めったに使われない貴賓用の寝室を使わせていただけることになった。
「私…こんなお部屋があったなんて、知らなかった…」
和也の手で、天蓋付きの寝台に抱き下ろされながら、そのふうわりとした手触りにも、鹿乃子は驚いている。
「この敷布、いつもの麻布(リネン)じゃないわ。…どうして、羽二重なのかしら?」
和也には、その理由がすぐに分かった。
(ああ、そうか。今夜は、新婚初夜だからと、お気遣いいただいたんだ…)

間もなく、鹿乃子の純潔の証が、この羽二重に残される。
呼べばすぐに侍女頭が飛んできて、朱宮家の当主夫妻に、その証をご覧に入れるのだろう。
でも今、当人の鹿乃子は、
「不思議ねえ…」
と、首をひねっている。
その世間知らずな仕草があまりに可愛らしくて、それから、話してしまうと鹿乃子が今夜を拒んでしまうように思えて、和也は、あえて黙っていることに決めた。

「今夜は、この間約束していた、あれを使うよ」
「えっ?…ああ、秘密にしてらした、っていう…何なのでしょう?」
「塗り薬さ。今よりもっと、気持ちが良くなる。それから、辛い時がもしあっても、その辛さがなくなってしまうんだ…」
初夜の意味もわからない十六のお嬢様には、そう告げておけば十分だ、と和也は思った。
今夜はある種の儀式のようなものだし、まだ幼さの残る鹿乃子の体に、無理はさせたくなくて、あえて今夜、この媚薬混じりの潤滑剤を試そうと考えての事だった。

いつもより、二人の夜はゆっくりと進んで、やがて鹿乃子がかぼそい声を上げながらぐったりと寝台にねそべると、和也は羽二重の敷布を引き抜いて、分かってはいても自分が初めての相手だったことの証を確かめ、ブザーを押した。その間に、薄い上掛けを鹿乃子と自分の体にかける。
待っていたように、侍女頭の春野が飛んできた。無言で、頬を染めながら和也が羽二重を彼女に渡すと、春野は感激に今にも泣きそうな表情をしながら、布を押し頂き、当主夫妻の寝室へと運び去って行ってしまった。

「…鹿乃子?痛いか?」
言いながら、昔学んだ源氏と紫の上のようだ、と、和也はふと思う。
「いいえ…和也様が、何度もお薬をつけて下さったおかげで、そんなには…。でも、お嫁入りをすると、こんな事も、するのですね…」
まだ、初めての経験の余韻に、鹿乃子はぽうっとしていて、それもまたあどけなさが残る。
「嫌に、なった?」
「まだ、よく、わかりませんけど…でも、今考えると、そんなに、嫌じゃ…ない、かも…」
最後の方は寝息と入り交じった言葉で、鹿乃子はすやすやと眠り込んでしまった。

「うん、さすが、わが花嫁はお転婆さんだ」

和也の方は待ち望んでいた夜の到来と、潤滑剤に混ぜられた媚薬とのおかげで、初夜というのに少々、度を越してしまった。そのため、鹿乃子に途中で拒まれたり、今後はもうしたくない、と言われるかと思っていたのに、彼女のこの度量の大きさ。

「いろいろ教えてもらうのは、鹿乃子ではなくて、俺の方かもしれないな?」
和也は、そう言って小声で笑うと、鹿乃子の隣に横になって、寝台の灯を消した。

(おわり…お疲れ様でした~)



2012年9月12日水曜日

エンゲージ・その後(5)

「してやられたな…」
長い廊下を歩きながら、和也はため息混じりに言う。

「えっ、叔父様方にですか?」
「違うよ。…俺の可愛い、花嫁さんにさ」
と微笑むと、和也は、目を丸くしたままの鹿乃子をひょい、と横抱きにして抱き上げた。
鹿乃子は、びっくりして猫の子のように体を丸くして、抱き上げられている。

「軍隊は、階級が全てだ。あの部屋の中では、俺には何を言う権限もない。でも、俺の言いたい事を、十歳も下の婦女子の鹿乃子が、全部言ってくれた。正直、中退の話は驚いたよ。でも、その後、軍人の妻としての覚悟までしてくれていたと知って…嬉しかった」
「だ、だって、私の家でも、よく父上と母上が話しております。だから、そういうものだと…」
「それを、あれだけのお歴々の中で言ってしまうお前が、すごいんだよ。…有難う、鹿乃子」
「和也様…」

そこへ、『お集まり』で揃っていた一族が、少しずつ集まってきた。
「あー、鹿乃子お姉ちゃま、いいなー」
「ほんとうー、私もやっていただきたーい」
女学校へ入ったばかりで、相変わらず茶目な双子の梅子さんと桃子さんは、二人の周りをぴょんぴょん跳ねる。

「は、恥ずかしいです、和也様、下ろしてください…」
「ふたりとも、抱っこしてほしかったら、未来の旦那様に頼むんだな」
「ええ?じゃあ、和也お兄ちゃまと、鹿乃子お姉ちゃまは…」
「ああ。今さっきお許しが出て、夫婦になった。披露宴はまだ先だけれど」
「うわあ、おすごーい!」
「お二人とも、おすてきー!」
昔と変わらず、玄宮家の双子は、手を叩いて大喜び。

一方、蒼宮家の柚華子さんは、少し離れて騒ぎを見ながら、
「まあ、あの二人もお小さいときからずっと、お気が長いこと。さあ、お転婆な鹿乃子さんもお片付きあそばしたことですし、私もそろそろ、年貢の納め時かしら…。お母様から頂いているお写真の中から、海軍士官の方をより分けて、真剣に考えてみようかしらね…」

もう嫁がれて、この場にはいらっしゃらない蕗子お姉様なら、なんとおっしゃるだろう。
お部屋に匿った時のお話でもされて、ころころとお笑いあそばしていらっしゃるだろうか。

(つづく、です。次回は18禁かもです)

2012年9月10日月曜日

エンゲージ・その後(4)

次の『お集まり』の時、和也と鹿乃子は、早々に揃って四神会の部屋へ呼ばれた。
和也は、すっかり陸軍大尉の顔になって、鹿乃子の前を歩いてゆく。
その後ろを、東雲の地を新橋色(鮮やかな青)に染め、波に丸輪の文様を大きくちりばめた振袖に、黒の繻子地に二羽の兎を刺繍した丸帯を締め、鹿乃子がついてゆく。

ノックをして、和也は声を張る。
「白宮大尉、ならびに朱宮家長女、鹿乃子、入ります!」

中に入るなり、二人はぎょっとした。
まさに、朱雀・蒼龍・玄武・白虎の一族を束ねる四人の当主が、それぞれソファにゆったりとすわっていたのだから。

蒼龍の筆頭である、蒼宮家の当主…近衛師団の参謀副総長…が、口火を切った。
「我ら四人の中には、発言もしにくい者がいようから、自分からあえて話す。…お前達、エンゲージが済んでから、かなりそちらの方面でお盛んなようだな?」

階級のあまりに高すぎる上官に、和也は何も言えない。
すると、鹿乃子が
「だって、叔父様、私たち、好き合っているんですもの!…なにも、いけない事なんか、ないと存じます」
と、怖い者知らずで言い返した。

「…だが、鹿乃子姫。お前はまだ女学生だろう?あと一年、卒業まで辛抱すれば結婚だってできよう。その後のことは、誰も何も言わんよ。夫婦の事だからね」
「う…っ」
鹿乃子は、言葉に詰まって黙り込んでしまった。

「鹿乃子、あまり無礼な口を聞いてはいけない」
和也が、腰をかがめて小声で制す。
「だって、私、和也様が大好きだし、エンゲージまでさせていただいたのに、どうして…」
和也に答えながら、鹿乃子は目に大粒の涙を浮かべていた。

「そこでだ」
玄武…玄宮の当主が、話を継ぐ。
「女学生でありながら、結婚式を挙げるというのは、前例がない。女学生は学業が本分であり、主婦は家刀自として家族をはじめ、使用人全てに目を光らせ、采配を振るうのが本分であるからだ。…鹿乃子姫、お前、どちらを選ぶ?」

「ということは、玄宮の叔父様、私に女学校を中退せよとおっしゃっているのですか?」
「そういう選択肢もある、ということだ。まあ、十六、七でお輿入れというのは早いが、お前達の仲の良さも、なかなか進展が早いからな」

「…正直、私は、どちらでも構わない」
白虎、つまり和也の父上である白宮家の当主は、ゆっくりと口を開いた。
「鹿乃子姫の利発さ、勇敢さは、幼いときより見て知っている。もったいないほどのお嬢さんだ。それに、うちの和也も末弟とはいえ、もうそろそろいい年だ。身を固める分には、私は一切構わん」

「…私は、承服しかねる」
鹿乃子の父上である、朱雀…朱宮家の当主は、予想通りの返答だった。
「女学校も卒業できん者が、その後の長い生活を平らかに送る事などできまい。ましてや、さっきから聞いていれば、四神家の娘とは思えぬ恥ずべき口の利き方よ。到底、許すわけにはいかん」

待つのか、中退か、賛成か、反対か…。

「鹿乃子、ここはひとまず保留にしておこう」
和也のささやきを聞き終わる前に、鹿乃子は叫んでいた。
「存じました。私、中退をいたします!」

たちまち、四神家の四人から、おおっ…と声が上がる。

「一時の勢いでは、あるまいな?」
「違います」
「では、なぜにそのように急ぐ?まさか、お前達二人の間に、もう…」
「それは、天地神明にかけて、ございません」
「では、なぜ…?」
「理由は、二つございます」
隣で直立不動の姿勢を取っている和也も、あっけにとられて鹿乃子を見ている。

「一つは、私が和也様を好きで、一時も離れていたくないからでございます」
鹿乃子の父上は、がっくりと頭を落とし、他の三人は鹿乃子を直視している。

「…もう一つは、和也様が帝国軍人だからでございます。近衛兵とはいえ、いつどこの戦場へ赴かれてもおかしくないご身分、結婚の日をむざむざと延ばして、結果、一緒にいられる日が一日でも少なくなってしまったら、お支えする役目の私は耐えられません!」

「ほう、ほう…」
鹿乃子の父上だけは頭を上げられず、後のお三方は何やら悪戯っぽい笑みを浮かべていらっしゃる。
「確か、ほとんど同じ言葉を、『お集まり』で聞いたことがあったのう」
「そうそう、十数年か、二十年ほど前かな…」
「だが、あの時鹿乃子姫と同じ事を言ったのは、確か男子だったな?」
「うん、ぞっこんの娘がいるから、女学校を中退させて結婚したい…とか、何とか」

「もう、…そのへんでご勘弁下さい、皆様」
えっ、と和也と鹿乃子が声の主を見ると、鹿乃子の父上である、朱宮家の当主が真っ赤な顔をして、頭をしきりに掻いていた。
「えーっ、お父様も!?」
「参謀長が、そんな…信じられなくあります!」

「『蛙の子は蛙』ってとこかね」
「いや、『鳶が鷹を生む』かも知れないぞ?婦女子の身で、あれだけきっぱりと啖呵をきったんだからな」

「…では、天下御免だ。一刻も早く、鹿乃子姫は女学生の身分を離れる手続きをし、母上や叔母上方、それに待女頭などから一通りの花嫁としての修養を積まれるがよかろう。白宮大尉は、当主の心得や実務について教えを乞い、合わせて本来の責務である軍人としての鍛錬をたゆみなく積むがよい。…、無論、この話が決まった今から、二人は事実上の夫婦だ。エンゲージも済んでおるし」
玄宮の叔父様が駄目を押して、かすかに笑った。

「さて、では婚礼や養子縁組について、今後の計画を練らねばならぬ。両家のお父上もご臨席の事だしな。…ああ、二人はもう、下がってよろしい」

和也は敬礼をし、鹿乃子は深々とお辞儀をした。

(つづく…あと2回くらいかな…?)

2012年9月8日土曜日

エンゲージ・その後(3)

慕い合う二人にとって、夜はいくらあっても短い。
それからいくらも経たずに、次の間の寝床で、二人は素肌に布団だけ羽織った姿で、話をしていた。
布団の周りには、さっきまで二人の着ていた着物が脱ぎ散らかされている。

「会いたかった…鹿乃子」
「私も…。何日も離れていなかったはずなのに、もうずっとお会いしていないようで…」
「もう、すぐにでも愛し合いたい。…声、大丈夫?」
「…私、そんなにいつも、大きな声なのですか?」
「ああ…まあ、他と比べようがないけど、かなり…だと、思うが」
「いやだ…。ねえ、和也様、もし私が大きな声を出しそうだと思われたら、教えて下さる?」
「…自信ないな。だって、そういう時は、俺も夢中で分からないだろう?」
「ああ、もう…」

夢中で馬を駆ってきた時と比べ、今、胸の中にいる鹿乃子は、恥ずかしがり屋でおとなしい。
だんだん、愛し合う意味と喜びとが分かってきたのだろうか、と考えると、和也も妙に気恥ずかしくなった。

なれば、その夜は、しっぽりと。
互いに声を忍びつつ、恥じらいながら、二人は、甘く濡れた。

「今度は、やっぱり家の外がいいな。どうも気を遣ってしまって、落ち着かないや」
夜明けに、着流しを羽織りながら和也が言うと、鹿乃子も頬を染めてうつむき、こくん、とうなずく。
「それに先日、ある物が手に入って、早くお前に試してやりたい」
「?何ですの、それ?」
鹿乃子は、目をまん丸にして尋ねる。
「次の機会のお楽しみだよ。それまで秘密だ」
「何なのでしょうか…」

実は、それは媚薬を含んだ潤滑剤だった。
鹿乃子が可愛くて仕方なく、もっと乱れるさまを見たいと思って、和也がさる筋から手に入れたものだった。
それに、正直、和也も限界に来ている。
可愛いエンゲージの相手に、最後の一線を越えてはならぬ、というのはなかなか酷な話で、成年を過ぎた和也のこと、無論、処理の仕方は心得ていた。
だが、最近はそれでは追いつかない。
その際にも、何か手助けがほしいと思っていた所だったのだ。
おのずから試してみて、害がないようなら、鹿乃子にも試してみようと目論んでいた。

(つづく。次回は堅めのお話ですよ)

2012年9月6日木曜日

エンゲージ・その後(2)

半刻も過ぎた頃だろうか、白宮家へ朱宮家の使者が訪ねてきた。
「恐れ入りますが、こちらに当家の鹿乃子様がおいであそばしますでしょうか?」
「ええ、蕗子様のお離れをお訪ねになりましてよ。ただ今、お二方でお話中でございます」

「えっ?蕗子様のお部屋に?」
驚く使者に、心得た白宮家の侍女頭は
「そうでございましてよ。何ですか、エンゲージを済ませてから、お心が落ち着かれない日があるというようなお話を、蕗子様にご相談あそばしてらっしゃるそうで…あらまあ、これは私のような分際で、口が滑りましたね。もしお話が長引くようでしたら、鹿乃子姫様もお馬でいらしたようですし、今宵は蕗子様の離れにお泊まりいただいて、明朝にでもお帰りあそばしていただくよう、こちらで取り図らせて頂きますから…」
ここまで立て板に水とばかり、見事に門前払いを食わされては、引き下がらざるをえない。

無論、心の裏では、使者も侍女頭も、本当の目的は分かっている。
互いの家の凛々しい末若様と、可愛らしくお転婆な姫君が、好き合ってたまらない故の所行だと。
エンゲージを交わしたお二人を、それでも引き離すほど、この使用人二人は野暮ではなかった。
それだけ、自分が使える家の方々を普段から敬愛して勤めている印である。

「…承知いたしました。手前は男の使用人故、貴いご婦人方のお部屋へ参ることはかないません。貴女の言葉を、そのまま御当主と奥様にお伝えいたします。宜しくお願い申し上げます」
「こちらこそ、玄関先で申し訳ございません…鹿乃子姫様は、確かに明日、朱宮家へお返し申し上げます故、どうぞご心配なきよう、お伝え下さいまし」

さて、鹿乃子さんは。

お約束通り、蕗子お姉様のお部屋で、ちんまりとしていた。

「…車の音がしたわ。ね、鹿乃子さん。もう和兄様の離れに行っても大丈夫よ?」
「そっ、そそそ、そんなっ。私、本当にもう少し、蕗子様に伺いたいことがあって…」
「あら、嬉しいわ。なあに?」
「…あの、あのう…すごく、聞きづらいんですけれども…蕗子様は、エンゲージされた方と、そのう…夜、ご一緒に…あ、朝までご一緒にいらしたこと、おありなんですか?」

思いっきり鹿乃子が単刀直入に尋ねると、蕗子お姉様は、口を袂で押さえて、鈴のような可愛らしい声で、ころころとお笑いになった。
「し、失礼な事を申し上げて、すみませんでした!」
鹿乃子が平身低頭すると、
「おつむをお上げなさい。本当に、鹿乃子さんって嘘がつけない方ね…。では、私も嘘をつかずに申しますわ。…エンゲージの時の夜、一度だけ、ございます」
蕗子お姉様のお答えに、鹿乃子はびっくりして
「い、一度だけなんですか?」
と、思わず聞き返してしまった。

「ええ、一度だけ。あちらも私も、あまりそちらの方は…それより、音楽を聴いたり、歌舞伎を観に言ったり、お茶席を設けたりする方が、好きなのですわ」
「な、なんだか…私、恥ずかしい、です…」
「まあ、どうして?」
蕗子お姉様は、にっこりとなさる。
「エンゲージした二人が、互いに楽しいと思うことを楽しむのに、どうして良い悪いがありましょう。逆に、私もこれでいいのかしら、と思うこともありましてよ。でもね、お互いがあまり好まないことは、無理にしなくてよろしいと存じます。その代わり、気の合うことは二人して十分楽しむのが良いと思いますわ」
「…はい!」
鹿乃子は、元気にうなずいた。

「…じゃ、和兄様の離れにご案内しましょう。お待ちかねよ、きっと。あ…それから」
言葉を途切れさせた蕗子お姉様に
「はい?」
と鹿乃子が尋ねると、
「…今夜は、少々お声はお控えなさってね?和兄様の離れは一番遠くてらっしゃるけど、でも、一応白宮家の敷地ですし、他のお兄様方の刺激にならないように…ね?」
そんな大人のお話をさらっとしてしまう蕗子お姉様は初めてで、鹿乃子は顔を真っ赤にしながら、ついて行った。

「案内が遅いぞ、蕗子…」
和也の離れへ着き、縁側から蕗子が障子を開けると、待ちくたびれた声が聞こえた。
まださっきの頬の赤みが治まらないまま、蕗子の後ろから、そっと鹿乃子が顔を出すと、いつもの軍服とも、エンゲージの時の洋装とも違う、鈍色の紬を着流しにして、博多献上の帯を締めた和也が、卓の前で腕組みをしていた。

「和兄様、ごめん遊ばせ。つい女同士、話が弾んでしまいまして。ね、鹿乃子さん?」
和也のいらいらなど意に介せず、後ろを向いてにっこりする蕗子を観ると、鹿乃子は
(ああ、やっぱり蕗子様も、まぎれもなく『四神家』のご気性なんだわ…)
と、妙に感心してしまう。

「…うん、まあ、確かに、お前がいてくれなかったら、鹿乃子を匿うことはできなかった。礼を言う」
「まあ、四人のお兄様方の中でも一番きかん気の和兄様から、そんなお言葉を聞くなんて、この蕗、初めてでございますわ」
「お前も、意外と茶化し屋だな。…さあ、エンゲージを済ませた者なら、俺たちの気持ちもそろそろ、察してくれないか?」
「そ、そんなっ、和也様ったら!」
兄妹二人の丁々発止のやりとりを聞いていた鹿乃子は、冷めかけた頬をまた赤くして言った。

「ほら、鹿乃子さん。さっきも申し上げたでしょう?今宵は、お声をお小さく…って。では、邪魔者は退散いたしますわ。ごきげんよう…」
微笑とともに、しずしずと障子が閉まり、足音もなく、蕗子は去っていった。

(まーだ続くよ~)


2012年9月5日水曜日

エンゲージ・その後(1)

しばらく、二人はそれぞれ自分の屋敷で蟄居の身となった。
もちろん、手紙も電話も取り次いでもらえない。

白宮家は遠く、朱宮家から見えるはずもない。
なのに、気がつくと鹿乃子は、幾日も日がな窓際に立ち、ぼんやりと外を眺めていた。
(ああ、伝書鳩でも飼っておけばよかったわ…)

「…お嬢様。時が解決いたします、今しばらくご辛抱あそばせ」
春野が、小さな洋杯を銀の盆に捧げて、やってきた。
「それは、なあに?」
「葡萄酒でございますよ。少々こちらをきこしめして、おやすみあそばせ。落ち着かれますよ」
「それを飲むと、眠くなるというわけね?心安らかに」

春野の言葉に、鹿乃子のお転婆の血がざわざわと騒ぎ始めた。

「…春野。お願いがあるの。一生のお願い!」
「お嬢様の『一生のお願い』は多すぎて、もはや不老不死の域でございますよ。…で、何ですの、お願いとは?」
「あなた、私のかわりにこの葡萄酒を飲んで、…ううん、私に言いくるめられて無理矢理飲まされて、ここの私の寝台に寝ていて頂戴!お願い、理由は…聞かないで」
「聞くも何も、理由は明々白々だと存じますが…まあ、この杯を持って参った私の、不覚でございましょうかね。よござんす。では失礼して、一献…」
くいっとやると、春野は本当に酔ってしまったようで、瞬く間にコテン、と鹿乃子の寝台の上に倒れ込んでしまった。
「有難う、春野。あなたは、名文家の上に、名女優だわ」

鹿乃子は、春野に一礼すると、さっと和箪笥を開け、いつも乗馬の時に付けている、紺色の馬乗り袴を取り出した。女学園の制服とは、もちろん違う。
あっという間に、今着ている銘仙…鮮やかな黄色地に青の流水模様が織り出された、いかにもお転婆さんらしい…の上へ着付け、紐はさすがに女らしく、蝶結びにして端を前へ長めに垂らした。

使用人用の廊下を使って(普段から仲良くしておくものである)屋敷の外へ出た鹿乃子は、迷うことなく馬小屋へ走った。
薄暗い中でも、馬丁の手を煩わせず、一人で支度はできる。
大好きな白妙に乗りたかったのだけれど、宵闇の中、白馬は目立ちすぎて、今日は我慢。
次に気の合う、流星に乗って、鐙に編み上げ靴のつま先を差し込む。

「お願いね、静かに…でも速く、ね。和也様のいらっしゃる、白宮家へ」
手綱を軽く一降りすると、鹿乃子のささやきをわかったかのように、流星はしずしずと裏門を出て、その後はパッと速歩で進んでいった。
(往来の大通りを通っていったら、さすがにまずいわ…川沿いの、並木道を使った方が…)
手綱さばきも鮮やかに、得意の乗馬で、鹿乃子は流星を疲れさせないように御した。

並木道は、さすがに街灯もなく、暗闇が勝る。
流星の足下をおもんばかって、鹿乃子はゆっくりと歩を進めていく。

…すると。

対面からも、蹄の音が聞こえてきた。
遠く、次第に近く。

(誰…?この道は、この時分にはめったに人通りのないはず。追っ手にしては、向きが逆だし…)

上品な、こなれた乗り方。
…どこかで聞いた、見たことのある、乗り方。そして、

「…鹿乃子?」

自分の名を呼んでくださる、優しいその声。

奇跡みたいだった。
何も示し合わせていないのに、同じ日の、同じ時間に、同じ並木道で会うなんて…

「和也さまぁ!」
何のためらいもなく、鹿乃子は叫んでいた。

「何てことだ…あるんだな、こんな事って…」
「私…私も、今、そっくり同じ事を、考えていました…」
「暗くなってきて、心配だったが…その、はっきりした黄色地の銘仙で、鹿乃子だと思った」
「まあ…時には、お転婆な着物も、役にたつものですね…」

お互いに、相手に会いたくてたまらなかったのだと実際に確かめることができて、もう胸がいっぱいになってしまい、二人ともいつもより、口数が少ない。

「おいで…うちの離れへ」
和也は、馬の首を反対に向けさせながら、優しくいざなう。
「えっ、でも今は、皆様が和也様をお捜しでは…」
「雅兄が、いま身代わりで俺の部屋にいてくれてる。それに、鹿乃子は、蕗子の部屋で匿うことになってるから。朱宮家よりは都合がいいと思うが…?」
「蕗子お姉様まで…?!」
「エンゲージを済ませた娘同士、お前が蕗子の所へ相談に来たとでも言えば、まあ言い訳もたつさ。どうだ?」

白宮家のお兄様方や蕗子お姉様に、こんなに心配していただいていたとは、鹿乃子には想像もつかなくて、ただもう、そのお優しさにありがたくすがらせていただきたいと、和也様を想うあまり、すっかり甘えてしまいたくなって、

「嬉しい、です…。お言葉どおり、甘えさせて、いただきます…」
「お、おい鹿乃子、乗馬中に泣いたりしちゃだめだ。流星が心配そうにしてるじゃないか」
「…はい。…すみません、私らしくありませんね。せっかく、お会いしたかった和也様と、こうして二人、お馬に乗っていられるのに…」
銘仙の袖でそっと涙をぬぐうと、改めて、鹿乃子は手綱をしっかりと持ち直し、和也の馬に続いた。

(つづく…な、長いな…書きためてたので…)

2012年9月2日日曜日

エンゲージ(5)

約束の、午後四時。
白宮家の執事と、朱宮家の春野が、ボーイに案内されて部屋に入ってきた。
無論、和也も鹿乃子も、帰り支度を済ませ、洋装で迎えを待っていた。
互いに服装も調え合い、何も落ち度はないはずなのだが、執事と春野は同時にため息をついて、こう言った。

「…お二人とも、お過ごし遊ばしましたね…?」
使用人二人に看破されてたしなめられ、二人は言い訳ひとつできずに、真っ赤になってうつむいた。

それから、しばらく執事と春野は話し合い…おそらく、帰宅してからの当主への対応や本人への話しなど…その後、互いに相手の家の婚約者とその付き人へ丁寧に挨拶を交わしてから、それぞれ、屋敷から差し向けられた車に乗り込んで帰路へ向かった。

「…お嬢様」
神妙に、でもどこか寂しそうに、春野は言う。
「お戻りになられましたら、御前様と奥様には、すべてのお伺いにご正直にお話くださいませよ?」
「…わかったわ。でも、ちゃんとお約束は守っていてよ。まだエンゲージの身、最後の一線は絶対に越えていないし」
「そういうことではございません。春野ごときが一目拝見して分かってしまうことが、ご両親様に分からぬわけがないではございませんか」

「そんなに、なにか…変…?」
さすがに、鹿乃子も心配になっておそるおそる訊くと、
「いくつもございますが…例えば、御目の下に隈が」
「いくつもって、まだあるの?あと何?」
「ご勘弁下さい、お嬢様。これ以上は、春野とて恥ずかしくて申し上げられません。直にご両親様にお聞き遊ばせ」
春野が真っ赤になってうつむくので、鹿乃子は
「そんなあ…」
と、困ってしまった。

一方、白宮家では。
一足早く帰宅した和也が、さっそく両親の部屋で質問攻めにあっていた。
「ふうむ…昨日の電話では、時すでに遅し、というところか?」
「どういうことでしょうか?自分と鹿乃子姫は、既にエンゲージした身。彼女の意向も汲んで、お互いの合意の上、無理のない範囲で…」
「しかし、そのなりでは、鹿乃子姫もしばらく往来を歩けまいて」
「えっ?!」

驚く和也に、父親に代わって母親が、
「和也さん、ご覧になっていなくて?目の隈もですけれど、洋装だからこそよく目立ちましてよ。首筋のあちこちに、くちづけの跡が残っていらっしゃるのを。鹿乃子ちゃんもお転婆さんだけれど、男のあなたが彼女に余計跡をつけていないとは、到底思えないわ。あなたはガーズの詰め襟で隠してしまえるけれど、あちらは女学校で和服、しかも断髪でしょう?うなじまで見えてよ」

「まあ、私たちのエンゲージやハネムーンの時の事を思い出せば、若気の至りというものも、確かにある年頃だからな」
「マア、貴方ったら」
「…それにしても、昔の私たちに比べれば、かなりの情熱家だということだな、…しばらく、鹿乃子姫とお会いするのは控えておけ。とりあえず、今日は私が朱宮の家へ電話を入れておこう。それから数日して、向こうの都合の良い時…鹿乃子姫が不在の時…を選んで、お前と私とで、改めてこの件でご挨拶に伺うことにしよう。何しろ相手は、四神家の筆頭、そしてお前も後々ひとかたならぬお世話をいただく、朱宮家なのだからな」

否、という権利など、和也にはない。
家父長制のもと、当主の権限は、位の高い家ほど絶対的であるものだから。

こちらかわって、朱宮家。
鹿乃子が困ってしまったのは、自分の姿を一目みるなり、母親がしくしくしく…と泣き出してしまったことだった。
話をしようにも、どうしようもない。
よくわからないながらも、妙に罪悪感にとらわれてしまう。

父親は…とみると、腕組みをしてしばらくだんまりを決め込んだあと、重い口を動かして
「…いいというまで、外出は控えなさい。お前の事だから、こちらで見張りをつける」

「どうしてですか?!私、お父様やお母様の教え通り、エンゲージの身分なのだから守るべき一線は決して越えませんでしたわ!天子様に誓って申し上げます!」
「…こんな話ごときに、軽々しく天子様の御名をお使い遊ばすものではない。不敬だ。…確かに春野の話によれば、お前の話に嘘はない。しかしな、その一線は越えなくとも、お転婆のお前が匍匐前進でも跳躍でもなんでもして、その他の越えられる一線は全て越えて、和也君と睦み合っていた様子が、こちらからすれば一目瞭然なのだよ、鹿乃子。…その姿では、ボッブヘアに銘仙を着て学校に通うなど、他のお嬢さん方への刺激が強すぎて、風紀を乱しかねん。ご迷惑だ。…だから、しばらくは家で慎むように、と言ったのだ」

異性の親にここまで言われてしまい、鹿乃子はこれ以上、もう何も口答えできなくなってしまった。自分の作った既成事実を前に、いつものお転婆も、今日は形無しだった。

母親が急に泣きやむと、つい…と長椅子を立って、鹿乃子の座っている一人用の洋式椅子の前にやって来た。
「お立ちなさい、鹿乃子さん」
言われたとおりに鹿乃子が立つと、母親はそっと手を差し伸べ、鹿乃子の顔から首にかけて
「ほら、ここに濃い隈が…。この首筋には強くくちづけた時にできる跡が。ここにも、うなじのここと、それからここにも…」

「わ…わかりました…お父様、お母様。確かに、最後の一線は決して超えませんでしたが…半日お船に乗ってお散歩をした他は、和也様も私も愛し合うのに夢中になって…ホテルのお部屋から、一歩も…出ませんでした…」

「そうでしょうねえ…でなければ、こんなにたくさん、こんなに強い跡を残すなんてできませんもの。鹿乃子さんも何もせずにいられるご気性とはとても思えません。きっと、今ごろ和也様のお体にも、お転婆な貴女がつけた跡がたくさん残っておいででしょう…」
母親の口調は柔らかだが、それがかえって鹿乃子にはつらい。

(ごめんなさい、和也さま。おこられるようなつらい思いさせてしまって、ごめんなさい)

「白宮家とは、四神家の中でも今後深いつきあいになっていく。今日の所は、私が白宮へ電話して、詫びを入れよう。それから後日、私一人で、白宮に直々に会って、改めて事のあらましと謝罪を申し入れよう。将来有望なガーズに、余計な噂が立ってはいかん」

(あんなに、楽しかったのに…二人して、夢中になれたのに…どうして、現実ってこんなに窮屈で、融通が利かないのかしら。和也さまに、会いたいのに…)
と、鹿乃子は思ったが、幼いときからの習い、当主の言葉には何人とも逆らえない。
もし逆らったなら、奥の倉から箱に収めてある家宝の日本刀を持ち出し、鼻先に突きつけるくらいの事はやりかねないだろう、というくらい、底に激しさを秘めている父上だから。

(つづく…長いですが)

2012年9月1日土曜日

エンゲージ(4)

目を覚ましたのは、いつもより遅い朝。
部屋の景色が違うのにはっとして、鹿乃子が辺りを見渡そうとすると、首の後ろが堅い。
(え…?)
和也が、腕枕をしてくれていたのだった。

あわてて和也の方を見ると、彼もまだ少々寝ぼけたお顔で
「ああ…おはよう。…眠れた?」
と、そのままの姿勢で訊ねてくる。

「はい…と、申し上げたいところなのですが…」
「?」
「お恥ずかしいのですが…私、昨夜、いつの間にか気を失ってしまったみたいで…」
「夜明け頃まで、愛し合ったんだよ、俺たちは」
「えっ!」
「だからね、ずいぶん早いお目覚めだなあって、俺の方が驚いてたところさ。…ほら」
和也は、言いながら寝台の毛布の中で、昨夜さんざん可愛がった場所を指でさらり、と撫でた。そこは…まだ夜明けまでむつみ合った名残を示すように、濡れている。

「…あ…ん」
思わず、鹿乃子が声を上げると、
「まだ、できそうみたいだな…?」
和也は、顔を悪戯っぽく覗き込んでくる。
「午前中くらいまで…続けても、いい…?鹿乃子が眠くなったら、眠ってしまっていいから」
恥ずかしいけれど、その申し出はむしろ嬉しくて、鹿乃子は、こくん、とうなずいた。

灯りもいらない、陽光がレース越しに部屋を満たす中、二人は再び愛を交わし合う。
燃え立ってくる体の芯をどうにもできず、じれったそうに先に寝間着の帯を解き、一糸まとわぬ姿になったのは、鹿乃子の方が先だった。
その積極さと、まだ少し幼いながらも芽生え始めた淫らさが、和也を燃え上がらせる。

昨夜と同じように、和也は舌と口と、そして今朝は指先まで駆使して鹿乃子を可愛がる。
昼にも関わらず、高く恥ずかしい声を上げながら、鹿乃子は、水が跳ねるような音を聞いて、なお乱れてしまう。和也は夢中で、気持ちよくてたまらなそうな鹿乃子の場所を、舐めたり、指で可愛がったりし続ける。
「ああんっ…」
知らないうちに、鹿乃子の腰は細かく揺れ始めてしまう。
それをぐっ、と思いの外に強い力で押さえ、和也は、執拗に攻めを続けた。
「いやぁ、…和也さまあ、そこ、だめ…だめぇ…っ」
言葉と裏腹に、鹿乃子の体は、早く攻めてほしい、とせがんでいる。
和也は、もちろん、体の求めに従った。
「あーっ、ああっ、…ふ…うんっ」

それから、二人は短めの午睡を取り、そのあと各々の鞄から旅行用にあつらえた洋装を出して、この知らない港町を歩くことにした。

ところが。
ご一新の時から外国人の居留地となっているこの港町は、今でも外国の人々が多く歩いている。小さな長い毛の犬を連れているくらいなら、まだいいのだが、婚約者や夫婦と思われる二人組も多く連れ立って歩いており、日本人のこちらが目のやり場に困るくらい、往来でも平気に抱き合ったりくちづけをかわしたり、しているのだ。

ホテルで熱くなった心と体を冷まそうと外出した二人には、かえって、目の毒になってしまった。
結果、港巡りの遊覧船に乗っても、景色はそっちのけで、物陰でくちづけを何度も繰り返す。
公園の長椅子でも、よその二人組にあてられてしまい、またくちづけ。
…何だか、外へ出た意味が、ちっともなくなってしまった。
それどころか、一層気持ちは高まってしまう。
その日…二日目…の夜は、互いに昼から想像していた通り、昨晩以上に刺激的なものとなってしまった。

「今宵で、もう、しばらくお会いできないんですね…三日目ですもの」
ホテルのラウンジでソファに座り、窓越しに広がる海をぼんやり見ながら、チャールストン・スタイルのワンピースを着た鹿乃子が言うと、
「…俺も、ずっと、こうしていたいけど…せめて、あと一晩…」
隣に座る背広姿の和也も、つぶやくように答え、その後、はっと二人で同時に目を合わせる。

「もう、一日だけ…一晩とは、さすがに言えないから…延ばしてもらえないかどうか、俺から、親父に電話で頼んでみようか!?」
「本当?そんな事、できるんですの?」
「いいかい?」
「ええ。…もちろん、嬉しい…」
頬をほんのり染めながら、鹿乃子はうなずいた。

フロントで和也が電話を頼んでいる間、少し離れた場所にあるロビーで、鹿乃子はふわりとした革張りの長椅子に腰掛け、待っていた。
電話の内容を直接聞くのが、何となく気恥ずかしくて。
それでも遠目に見ていると、和也が微笑んでいるように見え、その後、みるみる顔を赤らめたので、何があったのか心配になってしまう。

(和也様、叔父様にお叱りを受けてらっしゃるのかしら…)

「待たせたね」
背広姿の動きもしなやかに、和也は戻ってくると、鹿乃子のすぐ隣に座った。
「あの…いかが、だったのでしょう…」
女から聞くのははしたないとも思いつつ、生来のお転婆と好奇心の強さで、つい鹿乃子は訊ねてしまった。

「ああ、お許しが出たよ。明日の午後四時にそれぞれ迎えが来るから、そのつもりでいるようにって」
「わあ、うれしい!あと一日、お別れしないですむのですね!」
無邪気に鹿乃子が喜ぶのを、和也は微笑みながら見ていたが、
「ただね…ひとつ、条件が付いた」
と、声をひそめて、鹿乃子に告げる。
「条件…?なんでしょう…」
「耳、貸して」

隣同士で座ったまま、肩を寄せ合い、和也は鹿乃子の耳元で、自らの父上からの伝言をささやいた。
たちまち、鹿乃子も顔を真っ赤に染めてしまう。

「親父には、お見通し…ってとこだな。まあ、きっとそんな昔の経験もお持ちなんだろう」
「ああ…私、どうしましょう。もう『お集まり』なんて、恥ずかしくって参れません」
「そんなことはないさ。エンゲージをすませたり、ご結婚なされたご婦人方は、みな同じ道を通ってらしたのだろうから」
「そうでしょうか…それにしても…」
和也に諭されても、鹿乃子は頬の赤さを抑えることができない。

和也の父、白虎…白宮家の当主が最後に付け加え、二人を赤らめさせた言葉は
「そういうことは、あまり溺れると癖になるから、ほどほどに睦み合うように」
という、今の二人にとって絶妙の忠告だった。

だからといって、二人で過ごせるここでの最後の夜を、何もしないで過ごすはずもなく。
しばらく、この後がないと分かっているからこそ、二人は何も身につけずに抱き合い、誰にも言えない行為に心も体も没頭し続けた。

どうして、毎日毎晩続けても、こんなにあとからあとから気持ちよさがまさっていくのか。
白宮の父上がご忠告下さった言葉の意味を体で実感しながら、それでも愛し合う気持ちに負けて、和也は今の時点でこの上ないほど、鹿乃子を淫らに乱れさせ続けた。
それほど、もう二人は、かなりの部分で大人の愛し方を知ってしまったのだった。

(つづく…18禁はあと一回くらいで、しばらくあとになってから、また、の予定っす!)