2012年9月12日水曜日

エンゲージ・その後(5)

「してやられたな…」
長い廊下を歩きながら、和也はため息混じりに言う。

「えっ、叔父様方にですか?」
「違うよ。…俺の可愛い、花嫁さんにさ」
と微笑むと、和也は、目を丸くしたままの鹿乃子をひょい、と横抱きにして抱き上げた。
鹿乃子は、びっくりして猫の子のように体を丸くして、抱き上げられている。

「軍隊は、階級が全てだ。あの部屋の中では、俺には何を言う権限もない。でも、俺の言いたい事を、十歳も下の婦女子の鹿乃子が、全部言ってくれた。正直、中退の話は驚いたよ。でも、その後、軍人の妻としての覚悟までしてくれていたと知って…嬉しかった」
「だ、だって、私の家でも、よく父上と母上が話しております。だから、そういうものだと…」
「それを、あれだけのお歴々の中で言ってしまうお前が、すごいんだよ。…有難う、鹿乃子」
「和也様…」

そこへ、『お集まり』で揃っていた一族が、少しずつ集まってきた。
「あー、鹿乃子お姉ちゃま、いいなー」
「ほんとうー、私もやっていただきたーい」
女学校へ入ったばかりで、相変わらず茶目な双子の梅子さんと桃子さんは、二人の周りをぴょんぴょん跳ねる。

「は、恥ずかしいです、和也様、下ろしてください…」
「ふたりとも、抱っこしてほしかったら、未来の旦那様に頼むんだな」
「ええ?じゃあ、和也お兄ちゃまと、鹿乃子お姉ちゃまは…」
「ああ。今さっきお許しが出て、夫婦になった。披露宴はまだ先だけれど」
「うわあ、おすごーい!」
「お二人とも、おすてきー!」
昔と変わらず、玄宮家の双子は、手を叩いて大喜び。

一方、蒼宮家の柚華子さんは、少し離れて騒ぎを見ながら、
「まあ、あの二人もお小さいときからずっと、お気が長いこと。さあ、お転婆な鹿乃子さんもお片付きあそばしたことですし、私もそろそろ、年貢の納め時かしら…。お母様から頂いているお写真の中から、海軍士官の方をより分けて、真剣に考えてみようかしらね…」

もう嫁がれて、この場にはいらっしゃらない蕗子お姉様なら、なんとおっしゃるだろう。
お部屋に匿った時のお話でもされて、ころころとお笑いあそばしていらっしゃるだろうか。

(つづく、です。次回は18禁かもです)