2012年9月10日月曜日

エンゲージ・その後(4)

次の『お集まり』の時、和也と鹿乃子は、早々に揃って四神会の部屋へ呼ばれた。
和也は、すっかり陸軍大尉の顔になって、鹿乃子の前を歩いてゆく。
その後ろを、東雲の地を新橋色(鮮やかな青)に染め、波に丸輪の文様を大きくちりばめた振袖に、黒の繻子地に二羽の兎を刺繍した丸帯を締め、鹿乃子がついてゆく。

ノックをして、和也は声を張る。
「白宮大尉、ならびに朱宮家長女、鹿乃子、入ります!」

中に入るなり、二人はぎょっとした。
まさに、朱雀・蒼龍・玄武・白虎の一族を束ねる四人の当主が、それぞれソファにゆったりとすわっていたのだから。

蒼龍の筆頭である、蒼宮家の当主…近衛師団の参謀副総長…が、口火を切った。
「我ら四人の中には、発言もしにくい者がいようから、自分からあえて話す。…お前達、エンゲージが済んでから、かなりそちらの方面でお盛んなようだな?」

階級のあまりに高すぎる上官に、和也は何も言えない。
すると、鹿乃子が
「だって、叔父様、私たち、好き合っているんですもの!…なにも、いけない事なんか、ないと存じます」
と、怖い者知らずで言い返した。

「…だが、鹿乃子姫。お前はまだ女学生だろう?あと一年、卒業まで辛抱すれば結婚だってできよう。その後のことは、誰も何も言わんよ。夫婦の事だからね」
「う…っ」
鹿乃子は、言葉に詰まって黙り込んでしまった。

「鹿乃子、あまり無礼な口を聞いてはいけない」
和也が、腰をかがめて小声で制す。
「だって、私、和也様が大好きだし、エンゲージまでさせていただいたのに、どうして…」
和也に答えながら、鹿乃子は目に大粒の涙を浮かべていた。

「そこでだ」
玄武…玄宮の当主が、話を継ぐ。
「女学生でありながら、結婚式を挙げるというのは、前例がない。女学生は学業が本分であり、主婦は家刀自として家族をはじめ、使用人全てに目を光らせ、采配を振るうのが本分であるからだ。…鹿乃子姫、お前、どちらを選ぶ?」

「ということは、玄宮の叔父様、私に女学校を中退せよとおっしゃっているのですか?」
「そういう選択肢もある、ということだ。まあ、十六、七でお輿入れというのは早いが、お前達の仲の良さも、なかなか進展が早いからな」

「…正直、私は、どちらでも構わない」
白虎、つまり和也の父上である白宮家の当主は、ゆっくりと口を開いた。
「鹿乃子姫の利発さ、勇敢さは、幼いときより見て知っている。もったいないほどのお嬢さんだ。それに、うちの和也も末弟とはいえ、もうそろそろいい年だ。身を固める分には、私は一切構わん」

「…私は、承服しかねる」
鹿乃子の父上である、朱雀…朱宮家の当主は、予想通りの返答だった。
「女学校も卒業できん者が、その後の長い生活を平らかに送る事などできまい。ましてや、さっきから聞いていれば、四神家の娘とは思えぬ恥ずべき口の利き方よ。到底、許すわけにはいかん」

待つのか、中退か、賛成か、反対か…。

「鹿乃子、ここはひとまず保留にしておこう」
和也のささやきを聞き終わる前に、鹿乃子は叫んでいた。
「存じました。私、中退をいたします!」

たちまち、四神家の四人から、おおっ…と声が上がる。

「一時の勢いでは、あるまいな?」
「違います」
「では、なぜにそのように急ぐ?まさか、お前達二人の間に、もう…」
「それは、天地神明にかけて、ございません」
「では、なぜ…?」
「理由は、二つございます」
隣で直立不動の姿勢を取っている和也も、あっけにとられて鹿乃子を見ている。

「一つは、私が和也様を好きで、一時も離れていたくないからでございます」
鹿乃子の父上は、がっくりと頭を落とし、他の三人は鹿乃子を直視している。

「…もう一つは、和也様が帝国軍人だからでございます。近衛兵とはいえ、いつどこの戦場へ赴かれてもおかしくないご身分、結婚の日をむざむざと延ばして、結果、一緒にいられる日が一日でも少なくなってしまったら、お支えする役目の私は耐えられません!」

「ほう、ほう…」
鹿乃子の父上だけは頭を上げられず、後のお三方は何やら悪戯っぽい笑みを浮かべていらっしゃる。
「確か、ほとんど同じ言葉を、『お集まり』で聞いたことがあったのう」
「そうそう、十数年か、二十年ほど前かな…」
「だが、あの時鹿乃子姫と同じ事を言ったのは、確か男子だったな?」
「うん、ぞっこんの娘がいるから、女学校を中退させて結婚したい…とか、何とか」

「もう、…そのへんでご勘弁下さい、皆様」
えっ、と和也と鹿乃子が声の主を見ると、鹿乃子の父上である、朱宮家の当主が真っ赤な顔をして、頭をしきりに掻いていた。
「えーっ、お父様も!?」
「参謀長が、そんな…信じられなくあります!」

「『蛙の子は蛙』ってとこかね」
「いや、『鳶が鷹を生む』かも知れないぞ?婦女子の身で、あれだけきっぱりと啖呵をきったんだからな」

「…では、天下御免だ。一刻も早く、鹿乃子姫は女学生の身分を離れる手続きをし、母上や叔母上方、それに待女頭などから一通りの花嫁としての修養を積まれるがよかろう。白宮大尉は、当主の心得や実務について教えを乞い、合わせて本来の責務である軍人としての鍛錬をたゆみなく積むがよい。…、無論、この話が決まった今から、二人は事実上の夫婦だ。エンゲージも済んでおるし」
玄宮の叔父様が駄目を押して、かすかに笑った。

「さて、では婚礼や養子縁組について、今後の計画を練らねばならぬ。両家のお父上もご臨席の事だしな。…ああ、二人はもう、下がってよろしい」

和也は敬礼をし、鹿乃子は深々とお辞儀をした。

(つづく…あと2回くらいかな…?)