2012年9月1日土曜日

エンゲージ(4)

目を覚ましたのは、いつもより遅い朝。
部屋の景色が違うのにはっとして、鹿乃子が辺りを見渡そうとすると、首の後ろが堅い。
(え…?)
和也が、腕枕をしてくれていたのだった。

あわてて和也の方を見ると、彼もまだ少々寝ぼけたお顔で
「ああ…おはよう。…眠れた?」
と、そのままの姿勢で訊ねてくる。

「はい…と、申し上げたいところなのですが…」
「?」
「お恥ずかしいのですが…私、昨夜、いつの間にか気を失ってしまったみたいで…」
「夜明け頃まで、愛し合ったんだよ、俺たちは」
「えっ!」
「だからね、ずいぶん早いお目覚めだなあって、俺の方が驚いてたところさ。…ほら」
和也は、言いながら寝台の毛布の中で、昨夜さんざん可愛がった場所を指でさらり、と撫でた。そこは…まだ夜明けまでむつみ合った名残を示すように、濡れている。

「…あ…ん」
思わず、鹿乃子が声を上げると、
「まだ、できそうみたいだな…?」
和也は、顔を悪戯っぽく覗き込んでくる。
「午前中くらいまで…続けても、いい…?鹿乃子が眠くなったら、眠ってしまっていいから」
恥ずかしいけれど、その申し出はむしろ嬉しくて、鹿乃子は、こくん、とうなずいた。

灯りもいらない、陽光がレース越しに部屋を満たす中、二人は再び愛を交わし合う。
燃え立ってくる体の芯をどうにもできず、じれったそうに先に寝間着の帯を解き、一糸まとわぬ姿になったのは、鹿乃子の方が先だった。
その積極さと、まだ少し幼いながらも芽生え始めた淫らさが、和也を燃え上がらせる。

昨夜と同じように、和也は舌と口と、そして今朝は指先まで駆使して鹿乃子を可愛がる。
昼にも関わらず、高く恥ずかしい声を上げながら、鹿乃子は、水が跳ねるような音を聞いて、なお乱れてしまう。和也は夢中で、気持ちよくてたまらなそうな鹿乃子の場所を、舐めたり、指で可愛がったりし続ける。
「ああんっ…」
知らないうちに、鹿乃子の腰は細かく揺れ始めてしまう。
それをぐっ、と思いの外に強い力で押さえ、和也は、執拗に攻めを続けた。
「いやぁ、…和也さまあ、そこ、だめ…だめぇ…っ」
言葉と裏腹に、鹿乃子の体は、早く攻めてほしい、とせがんでいる。
和也は、もちろん、体の求めに従った。
「あーっ、ああっ、…ふ…うんっ」

それから、二人は短めの午睡を取り、そのあと各々の鞄から旅行用にあつらえた洋装を出して、この知らない港町を歩くことにした。

ところが。
ご一新の時から外国人の居留地となっているこの港町は、今でも外国の人々が多く歩いている。小さな長い毛の犬を連れているくらいなら、まだいいのだが、婚約者や夫婦と思われる二人組も多く連れ立って歩いており、日本人のこちらが目のやり場に困るくらい、往来でも平気に抱き合ったりくちづけをかわしたり、しているのだ。

ホテルで熱くなった心と体を冷まそうと外出した二人には、かえって、目の毒になってしまった。
結果、港巡りの遊覧船に乗っても、景色はそっちのけで、物陰でくちづけを何度も繰り返す。
公園の長椅子でも、よその二人組にあてられてしまい、またくちづけ。
…何だか、外へ出た意味が、ちっともなくなってしまった。
それどころか、一層気持ちは高まってしまう。
その日…二日目…の夜は、互いに昼から想像していた通り、昨晩以上に刺激的なものとなってしまった。

「今宵で、もう、しばらくお会いできないんですね…三日目ですもの」
ホテルのラウンジでソファに座り、窓越しに広がる海をぼんやり見ながら、チャールストン・スタイルのワンピースを着た鹿乃子が言うと、
「…俺も、ずっと、こうしていたいけど…せめて、あと一晩…」
隣に座る背広姿の和也も、つぶやくように答え、その後、はっと二人で同時に目を合わせる。

「もう、一日だけ…一晩とは、さすがに言えないから…延ばしてもらえないかどうか、俺から、親父に電話で頼んでみようか!?」
「本当?そんな事、できるんですの?」
「いいかい?」
「ええ。…もちろん、嬉しい…」
頬をほんのり染めながら、鹿乃子はうなずいた。

フロントで和也が電話を頼んでいる間、少し離れた場所にあるロビーで、鹿乃子はふわりとした革張りの長椅子に腰掛け、待っていた。
電話の内容を直接聞くのが、何となく気恥ずかしくて。
それでも遠目に見ていると、和也が微笑んでいるように見え、その後、みるみる顔を赤らめたので、何があったのか心配になってしまう。

(和也様、叔父様にお叱りを受けてらっしゃるのかしら…)

「待たせたね」
背広姿の動きもしなやかに、和也は戻ってくると、鹿乃子のすぐ隣に座った。
「あの…いかが、だったのでしょう…」
女から聞くのははしたないとも思いつつ、生来のお転婆と好奇心の強さで、つい鹿乃子は訊ねてしまった。

「ああ、お許しが出たよ。明日の午後四時にそれぞれ迎えが来るから、そのつもりでいるようにって」
「わあ、うれしい!あと一日、お別れしないですむのですね!」
無邪気に鹿乃子が喜ぶのを、和也は微笑みながら見ていたが、
「ただね…ひとつ、条件が付いた」
と、声をひそめて、鹿乃子に告げる。
「条件…?なんでしょう…」
「耳、貸して」

隣同士で座ったまま、肩を寄せ合い、和也は鹿乃子の耳元で、自らの父上からの伝言をささやいた。
たちまち、鹿乃子も顔を真っ赤に染めてしまう。

「親父には、お見通し…ってとこだな。まあ、きっとそんな昔の経験もお持ちなんだろう」
「ああ…私、どうしましょう。もう『お集まり』なんて、恥ずかしくって参れません」
「そんなことはないさ。エンゲージをすませたり、ご結婚なされたご婦人方は、みな同じ道を通ってらしたのだろうから」
「そうでしょうか…それにしても…」
和也に諭されても、鹿乃子は頬の赤さを抑えることができない。

和也の父、白虎…白宮家の当主が最後に付け加え、二人を赤らめさせた言葉は
「そういうことは、あまり溺れると癖になるから、ほどほどに睦み合うように」
という、今の二人にとって絶妙の忠告だった。

だからといって、二人で過ごせるここでの最後の夜を、何もしないで過ごすはずもなく。
しばらく、この後がないと分かっているからこそ、二人は何も身につけずに抱き合い、誰にも言えない行為に心も体も没頭し続けた。

どうして、毎日毎晩続けても、こんなにあとからあとから気持ちよさがまさっていくのか。
白宮の父上がご忠告下さった言葉の意味を体で実感しながら、それでも愛し合う気持ちに負けて、和也は今の時点でこの上ないほど、鹿乃子を淫らに乱れさせ続けた。
それほど、もう二人は、かなりの部分で大人の愛し方を知ってしまったのだった。

(つづく…18禁はあと一回くらいで、しばらくあとになってから、また、の予定っす!)