2012年6月30日土曜日

りぼん。(3)

「…そうだわ!」
しばらく考えていた鹿乃子は、何かを思いついたらしく、パンと手を叩いた。
「どうなさったの?」
怪訝そうな美代に、
「わからないなら、教えていただけばいいのよ。私、今から四年楓組へ行ってまいります」
明快に、微笑みながら、鹿乃子は話した。

「とんでもない! おやめなさいな! そもそも一年から四年のお教室へ訪ねるなんて、聞いたことがないわ。それに、どんな意地悪を言われるか…鹿乃子さん、ご自分から辛い思いをなさるべきではないと思うわ」

今までの憤慨ぶりはどこへやら、慌てふためく美代に、鹿乃子はもう一度、にっこり。
「大丈夫だと思います。大した事をうかがうわけでもなし、それより私、今のこのもやもやした不思議な気持ちを何とかしたい気持ちの方が、大きいんですもの」

言うなり、淡い藤色の銘仙の振り袖に、海老茶の袴を翻し、トントン…と鹿乃子は上級生の階へと階段を上がって行った。
その後を、心配半分、物珍しさ半分の美代が急いで続く。

時は、昼食休み。

「御免下さいませ…」
後ろの開いている引き戸に立ち、鹿乃子は四年楓組へ初めてのご挨拶をする。

「あら、だあれ、あの小さな子は」
「さあ…藤色の銘仙と言うことは、どこかの藤組の下級生ね?」

「はい。一年藤組でございます」

「マア、一年生!」
「こないだまで小学部さんだったおちびさんが、よくまあ四年の教室へ来られたこと!」

たちまち、わらわらと物見高く、朱色の銘仙姿のお姉様達が、二人の一年生を取り囲む。
美代はもうおじけづいてしまって、身を固くして震えている。
その前に守るように立つ鹿乃子は、いつも通り、泰然と構えて次の用件を告げる。

「お話をうかがいたい方がこちらにいらっしゃると聞いて、私、参りました。榎本…さま、でしたでしょうか? 私、りぼんの事でどうしても不思議でたまらない事がございまして…」

鹿乃子の話を遮るように、級長格でもあろうか、見るからに押しの強そうな強面の上級生が、鹿乃子をじろり、と睨んで問い詰める。
「お待ちなさい。あなた、最下級生のくせに、上級生に対する礼儀もわきまえていないの? 許可もなしに上級生の教室を訪れるなど、もってのほか。それに何より、まず自分から名を名乗るのが礼儀っていうものでしょう? 恥を知りなさい!」

そうよそうよ、という四年の声に、鹿乃子の背中に隠れたままの美代は、半べそをかいている。
しかし、鹿乃子は臆せずに
「許可が必要な事、存じませんでした。申し訳ございません。それから、申し遅れましたが、私は一年藤組の、朱宮(あけのみや) 鹿乃子と申します。私の後ろにおりますのが、お友達の美代さんでございます」

この鹿乃子の名乗りに、一転、四年のお姉様がざわざわと動揺しはじめた。
「朱宮…って言ったわね、この子」
「じゃあ、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家で司られている、直宮家の近衛役、『四神家』の…?」
「そう言えば、聞いたことがあってよ。今年は小学部から一人、四神家のご令嬢がご入学あそばすってお話…」
「こんなにがんぜなくていらっしゃるのに、おさすがねえ…。上級生相手でも、お顔色一つお変えにならなくてよ」

おやおや、鹿乃子の名乗り一つで、四年のお姉様たちは一年に敬語を使い出してしまった。
『四神家』などという家柄や決まり事を知らない美代は、雨が止んで急に青空が広がってしまったような周囲の変わりように、きょとんとしている。

鹿乃子は、続ける。
「お騒がせして、申し訳ございません。私はただ、榎本さまとりぼんのお話をさせていただきたいだけなのですが…叶いますでしょうか?」

すると、一番廊下から離れた窓際から、一人の嫋々とした人影がすっくと立ち上がり、その場で鹿乃子に話しかけた。
「お運びいただいて、有り難う。でも、もうお休み時間も少なくてよ。もし朱宮さまがおよろしければ、
放課後、私の方から一年藤組へお邪魔しますわ。…それでも、よくって?」

「はい! 喜んで。お待ち申し上げております!」
鹿乃子は、笑顔満面でお返事をした。
榎本さんが、過剰すぎない敬語を使って話されるのにも、好感をもった。

(つづく)

2012年6月28日木曜日

りぼん。(2)

「切り下げ組」は、鹿乃子や美代だけではない。
まだ小学部から上がって間もない、このあいだまで「少女倶楽部」を読んでいたような幼い風情を残した下級生の中に、かなり多く残っている。

それが、なんと。
おつむの上や耳の横に、ピンで留めて、ちょん。
髪の長い生徒と同じく、りぼんがひらめいている。
まるで、年一回の開港祭の時のように、小旗がひらひら。
あちらにも、こちらにも。

「全くもう、憤慨しちゃうわ!」
今やかなりの少数派となった鹿乃子に並んで、美代は頬を膨らませて見せた。

「でも…」
鹿乃子が、呟く。
「どうして、あの榎本さんという方お一人が始めただけで、こんなに皆が真似るんでしょう?」
「何かの熱病みたいよね、おお、こわ」
美代は、どうにもこの馬鹿騒ぎに賛成しかねる様子だった。

「先生方は、どう思っていらっしゃるんでしょう…?」
「お教室で、誰かが得意げに吹聴していたわ。地味だし、よその学校の洋制服のすかあふや髪ごむとも同じ色ばかりなので、先生方もお叱りになる理由が見あたらないのですって」
「はあ…」

「それにね、鹿乃子さん。最近また、変な流行が始まったんですってよ」
「まあ、どんな?」
「特別にお仲良しになりたい方同士で、示し合わせて、同じ日に同じ色のりぼんを付けて登校してくるのですって! 同級生ならともかく、上級生の方ともそんな事をしてる方、いるそうよ!」

目をつり上げて説明する美代を、鹿乃子は窓ぎわに並んでじっと見ていたが、やがて、こらえきれずにプッと噴き出した。

「あら、失礼だわ鹿乃子さんたら。私、何かおかしい事言ったかしら?」
「あ、ちがうのよ、美代さん。許して頂戴。…だって、お嫌いな割には、りぼんの事について、とてもとても詳しくていらっしゃるんだなぁ…って思ったら、ちょっと…可笑しくなってしまって…」

ちょっと目尻を赤くして窓へ向き直る、美代。
その隣に立ち、やっぱり鹿乃子は疑問の霧が晴れなかった。

(榎本さん…なんて、不思議な方…)

2012年6月26日火曜日

りぼん。(1)

りぼん、だった。
濃い緑色が、緩やかな結髪の上に、蝶のようにひらひら。

風呂敷包みを抱えながら、鹿乃子は見とれてしまった。

知らない姿、すっくと伸びた背筋。
おそらく、士族の出の上級生だろう。

気づいたら遅刻ぎりぎりに校門をくぐっていて、鹿乃子ははっと我に返る。

小使いさんの鐘が、磨き込まれた木の校舎に、からーん、からーんと響き渡った。

次の日の朝、鹿乃子は昨日以上に驚いた。
同級生も上級生も、長い髪の生徒はみんな緩やかに髪を結い、その上にりぼんを結んでいたのだから。
紺色、黒、深緑。
さすがにお嬢様学校で通っている女学園なだけに、臙脂色などの華美なりぼんは見あたらなかった。

「…すごい…」
思わず鹿乃子が声に出してつぶやくと、同じように切り下げおかっぱの同級生、美代が話しかけてきた。

「全く、恥知らずな人たちね。たった一人の髪飾りを見ただけで、翌日はほとんどの人が同じような髪型をしてくるなんて」
「ってことは、やっぱり、昨日のあの上級生が…?」
「断然、そうよ。軽佻浮薄もはなはだしいわ!」
美代は相当おかんむりのようで、長い髪に翻るりぼんを片っ端からにらみつけていた。

「ねえ、美代さん、その上級生って、どちらの組のかた…?」
「私もそう詳しいわけではないけれど、おそらく4年楓組の、榎本 百合子さんだと思うわ」
「4年楓組の、榎本、百合子さん…」

そう名前を復唱する鹿乃子の様子に、美代は
「あら嫌だ、鹿乃子さんまで、へんな風潮に毒されては駄目よ?」
と、顔をのぞき込んでくる。

「いやだ、とんでもない。私も美代さんも、切り下げの髪でしょう? 全く縁がないじゃありませんか。別の世界のお話。ね?」

そう言って、ちょっと首をかしげて笑う鹿乃子の様子は日本人形のようにあどけなくて、美代もそれ以上は話を続ける気もなくなってしまうくらいだった。

(つづく)

2012年6月19日火曜日

台風だよ。(百合なし)

梅雨もいいわね、なんつってたら台風ですよ、全く。
しかも今回は、ほぼ日本全土を巻き込んで進んでやがるぜ、全く全く。

おかげで私、8時に会議を終えてスーパーに寄って行く途中(車でね)
迷っちまいました。お恥ずかしい。
びしょ濡れの紺色パンツスーツ姿で、買い物かご片手にヒールで歩くのも、恥ずかしい。
いっそ、駐車場で仁王立ちにでもなった方が格好いいかと思いましたが、やめました。

風邪、ひきたくないもんな。

しかし、凄い雨脚でした。
まっすぐ降ってるはずの雨が、風で右へ左へとゆらゆらしてるんだもんな。
消防団のお兄さんたちも、河川の点検をしていました。
お疲れ様です。

子供の時は、停電があったりして台風に少々イベント感を持ってたのですが、
大人になると何のこたあない、でかでか降りまくる大雨ってだけですよ。
はやく過ぎ去ってほしい~。
そして、その後にカーッとくる台風一過、あれも勘弁してほしいわ…。

2012年6月18日月曜日

傘、ひとつ。

塾が終わって玄関ロビーへ出ると、ガラス張りの壁越しに、強い雨脚が映る。
(やっぱりね…)
数学のベクトルを解いている辺りから、外の音が気になってはいたのだ。
でも、有理の他の受講生はそんなことお構いなしに、講師の先生の話に耳を傾けながら、カリカリとシャーペンを動かし続けていたので、すぐ、意識をこちらへ戻したのだった。

雨は、あまり好きではない。
両親が別れたのも、雨の夜だった。
父と母のどちらを選ぶか、と迫られても、ベクトルのように一直線に決められるわけもなく、より多くの時間をそれまで過ごしていた母に、有理の親権は渡った。
そのときの、うまく言えない居心地の悪さを、雨が思い出させるのだろうか。

男と女だからって、うまく恋愛が成立しないのだと、幼心に有理は学んだ。

雨だからって、傘を持ってきているのだ。
なにを思い煩うことがあるのだろうか。

有理が、玄関の泥よけに立って、大きな緑色の傘を開こうとした、その時。
隣に思案顔で立っている、同じクラスの少女が目に入った。

彼女は、いつも制服姿で、時間ぎりぎりに教室へ駆け込んでくる。
この校舎からは少し離れたところに建つ、お嬢様学校の高等部生らしい。
駆け込んでくる割には、紺襟に白のブロード地のセーラー服に乱れもなく、きっちり編み込まれた三つ編みの先には、いつも紺色のゴム。
校則なのだろう。

私服登校の有理からすると、別世界というか、昭和初期からタイムスリップしてきた少女のように見えた。
同じ制服の生徒がいないのと、学校のランキング話からするに、礼儀作法を第一に重んじる骨董品の高校にしては、頭のできが良すぎてしまって、遠くの塾へ通っている…という噂だった。

このクラスで最下位グループ、いつランク落ちになってもおかしくないような通いっぷりの有理とは、えらい違いだ。

彼女は、傘を持っていないらしかった。
地味な白地のハンカチで顔を押さえながら、どうやって帰ったものか、思案顔といった様子。
でも、だれかにその窮状を訴えるような感じは、見られなかった。

だから、有理のほうから、自然に声をかけていた。
「…あんた、傘、ないの…?」
三つ編み少女は、自分に話しかけられたと始め気づかなかったらしく、眼をまん丸にして有理を見た。
そして、こくん、とうなずく。
「迎えとかは…?」
二つめの有理の問いには、しばらく少女は黙っていた。

「…ないわ。…親と離れて、学寮に住んでるから…」
「そっか。…うちも、リコンして親が働いてるから、迎えなんかこないわ~」

すると、またしばらく間があいて、三つ編みはぽつん、とつぶやく。
「いいじゃない、親がいるだけ。…私、施設を出て、奨学金で今の学校へ行ってるのよ…」
有理は
「えっ、奨学金で、塾まで行けるの?」
「成績が、良ければね。後輩への門戸も開けるわ。でもクラス落ちしたら、同時に退校よ」

心底からの声で、有理は言った。
「あんた、すごいのねえ…」
三つ編み少女も、返してくる。
「あなただって、大変じゃない。私には親の記憶がないから、未練も後悔もないの。これが当たり前。でも、あなたは修羅場を見てるわけでしょう? その方が、私はつらいと思うわ」

有理と三つ編み少女の間には、いつの間にか、奇妙な連帯感めいた感情が生まれていた。

有理は、黙って緑色の傘を、むん、と三つ編み少女に突き出す。
「…な、何?」
「貸す!」
「そんなこと、したらあなたが、ぬれちゃうじゃない?!」
「平気。うちの学校、私服だから。あなたは、その綺麗な制服を、ぬらしちゃいけない」
「…哀れんでるの?」
「違う!! …あ~っ、ぐだぐだ言わないで、損得抜きの人の好意は素直に受けるもんよ!」
「…好意、なの? この傘…」

かえって、そう問い直されると、急に恥ずかしくなって、有理はかあっと赤くなった。
「く、くれるんじゃないんだからね! 来週のこの講義の時は、忘れず返してよっ!」

「…うん、わかった。来週、忘れずあなたに返すように、持ってくる。…ありがとう」
ぎゅっと長い傘を抱きしめるようにして返事をする三つ編み少女は、妙に可愛らしい。
「じゃっ、また来週!」
「ええ、また来週」

荷物を抱え込むようにして、そう遠くない駅まで、有理は振り向かず走り出した。
冷たい雨が、なぜだかぽっぽっと熱い頬を、気持ちよく冷ましてくれた。





2012年6月12日火曜日

梅雨ですね~。

(今回は、お話にもならない、百合な妄想語りです~)

梅雨、というと、世間一般では「うっとうしい」「むしむしして、やーだ」という概念があるようですが、わたくし思うに、とっても百合には似つかわしいシーズンだと思うんですよ~。

「あ、天気予報見てくれば良かったなぁ…降って来ちゃったよ」
「ねえ、じゃあバス停まで、私の傘に入れてってあげる」
「え…いいの?」
「全然。じゃ、昇降口出たところで、待ってるから。赤いタータンチェックの傘よ?」

はいっ、相合い傘、一丁上がり!

または。
「きゃー、んもう、駅の近くで急に本降りになるんだもんね」
「本当。制服、びしょびしょ。プリーツのひだが取れちゃうのが、困るんだ」
「まだましなのは、ここの駅が無人駅って事くらいね。駅員さんにこんなぬれネズミ姿、見せたくないって」
…と、いいながら。
本当に見せたくないのは、にわか雨にぬれて華奢な上半身のラインがほのかに透けた、彼女のドキッとする姿。
もっと白状するなら、自分一人で見ていたい、他の誰にも見せたくない。

そんなふうにぼうっと彼女の方を見ていたら、ミニタオルを手渡された。
そして、こそっと。
「電車が来る前に、ブラウス、拭いちゃいなさいよ。あなた、胸大きいんだから、みんなに見られちゃうわよ…」
「そ、そんなエロい事、言わないでよっ。…で、でも、タオルは、ありがと」

とかね。無人駅のそこはかとないデート気分、ちょっと扇情的?

あとは、以前にこのブログで書いた「バラ園」あたりも、梅雨直前だけど、湿り気が混じりつつある夕暮れを書いてみたショートストーリー(の、つもり)です。

ねっ、梅雨もなかなか、捨てたもんじゃないでしょう?(笑)

2012年6月11日月曜日

キス。(4)

さて、いよいよ当日の土曜日。
クラスレクの時はやってきた。
場所は、テレビでもやってるような大型アミューズメント施設の、カラオケルーム。

蒼に、るみかと同じグループに入ってもらい、こっそり援護を頼んだ。
自分たちのグループが予選リーグで危なくなったら、るみかを指名して何とか乗り切ろうという算段で。
でも、そんな小細工は必要なかった。

小さい頃から、ばあちゃんに仕込まれた自慢のノドをるみかが披露すると、相手チームは軒並み総崩れ。
音程と声量と、それから歌詞に込める情感がすごいってんで、休憩と称して、るみかが歌っているときを狙って、ドアの向こうからその腕前を情報収集しに来る娘まで、でる始末。

予選リーグは余裕でこなし、いよいよ決勝トーナメントへ。

相手方のトップが次々とノドを枯らしていく中、腹式呼吸もばっちりのるみかは勝ち上がっていく。
そして、何と、決勝戦は予想していた以上の展開となった。

早苗さんたちのチームが、勝ち残っていたのだ。

チームの娘たちが一人ずつ歌って点数勝負していく決勝戦は、文字通り手に汗握る好ゲーム。
場所も大きなVIPルームに移り、クラスをあげての大盛り上がり大会となっていった。

武道で言えば大将格のるみかは、もちろん最後に歌う。
そして、早苗さんもなかなかマイクを握ろうとしない。

(直接対決、かな…?)
こっそり、るみかは武者震いを、した。

チームの娘達は、あっちが勝ったり、こっちが勝ったり。
どうも大将戦になりそうだ、ということで、VIPルームは熱気むんむん。

最後、歌っていないのは、やはりるみかと早苗さんの二人だけになった。

それまでの得点合計がやや少ないと言うことで、早苗さんから先にマイクを持った。

部屋中が、しん、と静まる。

早苗さんは、いまリバイバルヒット中の「夜明けのスキャット」を歌い始めた。
澄んで、ゆるぎのない声が音のない室内に響き渡っていく。

(きれい…やっぱり、素敵。私、このひとのこと、気になって当然だわ…)
るみかは、うっとりと早苗さんのスキャットに聞き惚れた。

歌い終わった後の早苗さんには、大歓声とチームの皆からのハグ。

「がんばって、るみか! あんたには目標あるんだし、相手には不足ないんだからね!」
自分よりも興奮している様子で、眼にうっすら涙をためながら、蒼が応援してくれる。

「…うん。ありがと」
るみかは正直、早苗さんの歌を聴いた時から、もう勝ち負けを忘れていた。
ただ、自分も今持てるだけの力を使って歌い、早苗さんに何かが伝えられたら…と。
それだけで、いまは望外の喜びだ。

そう思いながら、るみかは今日の今まで封印してきた「天城越え」のカラオケボタンを押した。

数分後。
さっきと変わらない、いや、それ以上か、部屋中に叫ぶような大声が響き渡った。
「るみかさん、あなたって凄いのねえ! こんなに歌が上手いの、どうして隠してたの?」
「本当よ、ねえ。ふわふわ天パでおとなしい方で、なのにどうしてこんなに大人っぽい曲が歌いこなせちゃうわけぇ?!」
「…そ、そんな。私なんかより、早苗さんの方が、きれいで、ロマンチックで、音程もしっかりしてて…」

「そうだわ!」
「ふたりの得点、見なきゃ!」
クラスの皆が、部屋のあちこちにあるモニター画面に釘付けになる。

その時だった。

誰かが、るみかの手をそっとひいて、静かにドアを開けて出て行く。
そのさりげない振る舞いが気になって、るみかもついていく。

VIPルームからしばらく離れた場所に来て、るみかは、心臓が飛び出るかと思った。
手を引いてくれたその人は、誰あろう、早苗さんなのだった。

「さっきは、有り難う。私…人前で歌うのって、慣れてなくて、すごくあがってたの。でも、私のまっすぐ前の席で、るみかさんが小さい声で、一緒に歌ってくれたでしょう? それがね、とっても心強くて…前から、ふわふわの髪がたくさんで、お顔が小さくて、静かそうでもグループの真ん中にいる、るみかさんのこと、可愛いな、って…思ってたのよ…」
「う、うそうそ、早苗さん、そんなのホメすぎっ! こんなもしゃもしゃ頭より、さらさらの焦げ茶色のあなたの髪の方がずっと素敵で…って、違う違う、髪の話だけじゃないのよ。歌声も音程も、とっても透明できれいで…私、あなたになら、負けてもしかたがない、って思ったもん」

一息にしゃべり合うと、顔を見合わせ、二人はふふっと笑った。

「ちょっとーぉ! 二人ともどこ行ったのー? 同点よ、同点。同点決勝~!」
遠くの方で、クラスメイトの声が聞こえる。

黙って、二人とも手を取り合って、近くの物陰に隠れた。
コンクリートの壁の施設の隙間で、狭いから、互いの体温を感じて、るみかはドキドキする。

「…ね、るみかさん。もし一位になったら、あなたは何をお願いするつもりだったの?」
ひゃああああ。
ご本人から来ますか、その質問!

「そ、それは…えと、その、すごく言いづらい…」
「…まあ、じゃあ…私もだわ…」

ええええ、い、いやまて、それは自分に都合がいい、それは自分に都合がいい。
早苗さんは、全っ然違うこと考えてるに決まってるんだから!!

「…ね、るみかさん。怒らないでね。…あなた、誰かとキスしたこと…ある…?」

か、かっ神様、いま私、鼻血の一歩手前です!
しっとりポケットティッシュを一袋、いま私に下さいーーーーーー!

「な…ない、わ。笑われちゃうかもしれない、けど…。したい人は、いる、けど…」

ちょーーーっとっとっとっとい! 何よけいな事までしゃべってんねん、私のお口~~!!
超スリーップ!! 大事故直前!!

「その人…、…教えて、もらえる…? 絶対、笑ったり、しないわ…あなたの言葉なら…」

「あの、…あのー、えーと、……い、いま、私の、いちばん、ちかくに、いる、ひと…」

い。
言っちゃった。

「ああ…ほんとうに、気が合うのね、私たちって。一位になったときの、お願い事まで、そっくり一緒だったなんて…」

へ?
えええええっ??

ぶったまげて、るみかが隣を見ると、早苗さんは、頬を真っ赤に染めながら、声も出さずに涙をほろほろ流して泣いていた。
ハンカチかティッシュで拭いてあげたい、るみかだけれど、さっき神様にお願いした通り、その手のグッズは今いっさい持ってない。

でも、早苗さんのその涙はとてもきれいで、流したままにしておいてはもったいない気がして、るみかは、早苗さんのぬれた頬に、そっと、唇をあてた。

早苗さんは、ますます涙をこぼしながら、るみかのふわふわ天然パーマを両手でいだく。

頬から頬へ、そして、唇と唇へ。

クラスレクの決勝戦はさておいて、るみかと早苗さんは、二人そろって一位の夢をかなえた。
(おわり)

2012年6月9日土曜日

キス。(3)

ちょうどクラスレクの頃ともなれば、やや流動的な所は残りつつも、友人関係が固まってくる。
るみかは、その中の一人で、女子同士でも偏見のなさそうな友人、蒼に探りを入れた。
「ねえ、こういう時ってさ、新しく友達になりたい娘と、近づけるチャンスだよねぇ…」

すると、そこはさすがに察しのいい蒼、
「おっ、つーことは、るみかにはお目当てさんがいるって言う事ね? 誰よ誰よ? 協力、するからさっ」
「うーん…まだ、言えないんだけど…」
「あら、意外とシャイなんだ」
「意外ってなによ、意外って!」
「いやいや、まあまあ。ともかく、クラス委員の一人である私に振ってくるって事は、何か意図があるんでしょ?」
「…うん。実は、ね…」
「なになに、なーによ?」

こういう時って、話し相手をどれだけ信用していいものか、すごく、迷う。
変に広められたら嫌だし…ましてや、女子同士の片想いなんて、悲しくなっちゃうかも。
でも、逆に女子同士だからこそ、告げないと、自分の気持ちなんてきっと、一生分かってもらえない。

「あー、わーかった!」
突然蒼が叫んだので、るみかはびくっ、とした。
「アレでしょ? レクの時のグループ分けで、誰かと一緒になりたい、って事でしょ?」

「…違う。その逆なの…」
「へ?」
鳩が豆鉄砲な蒼を前に、るみかは悩ましげにため息をついた。

(だって、同じグループになったら、確かに一緒にいられる時間は長いかもしれないけど。でも、グループ対抗戦で私が王様にならなくっちゃ、早苗さんに、キス、お願いできないんだもの…)

蒼が考えている以上に、結構したたかで、いい意味のプライドをかくしもっている、るみか。
もしかして、これが、恋の力…ってものかも知れないんだけど。

(つづく~)

2012年6月8日金曜日

きょうは、マリコ様トーク。

くだんの総選挙の後、マリコ様に後輩からの挑戦状が殺到したとか。
また、ボーイッシュな新人さんも「皆さんをにらんですみません」と言ったとか。

なんだか、宝塚の男役みたいに別格なのですねー。

私から言わせれば、挑戦状などとは甘い甘い。
抜かなきゃ。
マリコ様を基準にしてるうちは、抜けませんよ。

どうせ「総選挙」というバトルを舞台として妍を競う場なのですから、
思いっきり見得を切っていただきたいものです。

おまけ。
私はマリコ様一押しなので、今回の順位はちょっと不本意~。
それでは、また。
(次回はお話書きに戻ろうと思います。…はてさて、どうやってキスまでもってこうか…?)

2012年6月6日水曜日

今日の話題、百合抜きで。

私にとっての今日のトップニュースは、
天皇陛下のお従弟御にあたられる御方が薨去あそばされた事だったのですが。

マスコミを見ると、殺人(自称)教団の容疑者がなんたらとか、
アイドルちゃん(百合的には大好きなの♪)総選挙生中継とか、
次に見られるのは100年以上先、の天体ショーとか。

まあ、いろいろあった一日でしたけどね。こうやって並べると。
うーん、でも、世間様とトップニュースの順番が違った私は、アナクロなのかな~?

(あ、右ではありませんよ、私。中立です。ロイヤルネタは古今東西好きですが)

2012年6月5日火曜日

キス。(2)

しかしまあ、偶然というか、僥倖というか、来るときには来るもんである。

「えー、先日の代表委員会でぇ、各クラス単位でレクリエーションを行おうということになりましたぁ。お金は生徒会の予算の方からいくばくか出るってことなので、希望を取りたいと思いますー」
LHRで、代表委員の娘が発表するやいなや、クラス中が大歓声と笑顔だらけになった。

(チャ、チャンスかも…これって、早苗さんとお近づきになれる…)
るみかが一人もんもんとしている間に、次々とレクの案が出されていく。

「ボーリング!班対抗!」
「バレーボール!」
「お茶会!」
「しぶいよ~、それ~」
「じゃあ、王様カラオケ大会!」
「?何それ?」
「んーと、班でね、一番歌が上手い娘を対抗戦させて、得点トップだったら、何でも他の子は言うこと聞くのよ」
「うっわー、それマジやべくね?」
「でも何か、面白そうだよねえ」
「スポーツ得意な娘って目立つけどぉ、地味目な子にもチャンス、あるじゃん」

何だか、流れが決まってきそうだった。
密かに心の中で、るみかはガッツポーズを決める。
というのは、るみかのばーちゃんは民謡や演歌が大好きで、小さいときからるみかもよく歌わされてきたからだった。

(お、王様…なれるといいな…)

AKBやKARAが全盛の今時、はてさて、るみかは王様になれるかどうだろうか?
そして、念願のあの……を、成就させられるのだろうか?