2012年6月26日火曜日

りぼん。(1)

りぼん、だった。
濃い緑色が、緩やかな結髪の上に、蝶のようにひらひら。

風呂敷包みを抱えながら、鹿乃子は見とれてしまった。

知らない姿、すっくと伸びた背筋。
おそらく、士族の出の上級生だろう。

気づいたら遅刻ぎりぎりに校門をくぐっていて、鹿乃子ははっと我に返る。

小使いさんの鐘が、磨き込まれた木の校舎に、からーん、からーんと響き渡った。

次の日の朝、鹿乃子は昨日以上に驚いた。
同級生も上級生も、長い髪の生徒はみんな緩やかに髪を結い、その上にりぼんを結んでいたのだから。
紺色、黒、深緑。
さすがにお嬢様学校で通っている女学園なだけに、臙脂色などの華美なりぼんは見あたらなかった。

「…すごい…」
思わず鹿乃子が声に出してつぶやくと、同じように切り下げおかっぱの同級生、美代が話しかけてきた。

「全く、恥知らずな人たちね。たった一人の髪飾りを見ただけで、翌日はほとんどの人が同じような髪型をしてくるなんて」
「ってことは、やっぱり、昨日のあの上級生が…?」
「断然、そうよ。軽佻浮薄もはなはだしいわ!」
美代は相当おかんむりのようで、長い髪に翻るりぼんを片っ端からにらみつけていた。

「ねえ、美代さん、その上級生って、どちらの組のかた…?」
「私もそう詳しいわけではないけれど、おそらく4年楓組の、榎本 百合子さんだと思うわ」
「4年楓組の、榎本、百合子さん…」

そう名前を復唱する鹿乃子の様子に、美代は
「あら嫌だ、鹿乃子さんまで、へんな風潮に毒されては駄目よ?」
と、顔をのぞき込んでくる。

「いやだ、とんでもない。私も美代さんも、切り下げの髪でしょう? 全く縁がないじゃありませんか。別の世界のお話。ね?」

そう言って、ちょっと首をかしげて笑う鹿乃子の様子は日本人形のようにあどけなくて、美代もそれ以上は話を続ける気もなくなってしまうくらいだった。

(つづく)