「こちらが、我がアルマンディン王国の次代王位継承者、ディアマンテ王女でございます」
侍女が彼女をそう紹介する度に、初めて謁見を許された者は、みな目を丸くする。
確かに「王女」と聞いたはずなのに、目の前に立っているのは、凛々しい王子の姿。
金髪こそ背中の中程までの長さがあるが、エメラルド色の瞳は涼しく冷たい光を放つ。
レースのブラウスの上には、この王国の貴人のみが着用を許される、金糸銀糸を織り込んだジレをまとっている。
脚はすらりと黒ラメのタイツに、オーバーニーの磨き込んだ漆黒のブーツ。
それらの衣装を、背中からまとったワインレッドのマントが、しなやかに包み込む。
「何だ。私の顔に、何かついてでもいるのなら、申してみよ」
王女にしては低めの威厳ある声で問われれば、誰しも
「い、いえ、そんなことは…。ご無礼、申し訳ございません」
と、縮み上がって退散してしまう。
「王女よ…。なぜそなたは、女人と生まれながら、そのように男のなりをする…?」
父王が、やれやれと諦め混じりにため息をつく。
もう、親子の間で何回繰り返された問答だろう。
「父上、何度も申し上げているではありませんか。私の他に、この王国には王位継承者がございません。いずれ私も、女王となる日が来るでありましょう。しかし、その時に女が政事(まつりごと)などできまいと、周辺の国々が我が国を虎視眈々と狙う可能性、十分考えられまする。ならば私は、この王国の存続のため、男として生きようと決めたのでございます」
「しかしな…他の国にも、クリノリンの入ったドレスを着飾り、世継ぎを何人も産んで、その上なお、国を統治しておる女王は、あまたおる。そなたのように、そう肩肘張らなくてもよいと、わしは思うがのう」
「失礼ながら、父上は、近隣諸国の昨今の動きについて、甘くお考えであらせられる。今や、男と同等で当たり前の世の中と、私は存じておりまするが…」
これ以上、頑固で男勝りの娘に何を言っても聞かないだろう、そう思って、国王は口を閉ざした。
「あのような、珍しい気性の王女なぞ、他にはいないであろうな?」
国王が、博識でならす高い塔の占い師へ、人を介して尋ねてみると、
「いいえ。もうお一人、男装を好まれる王女がおられると、水晶玉が教えてくれております」
と、意外な返事が返ってきた。
「その国の場所は、ここより遥か東方。瑠璃と金の星で飾られた宮殿に住む、やはり兄弟姉妹を持たれないお方でございます。お年は、ディアマンテ様よりひとつ年下の、16歳であらせられます。御名は…ううむ、読みづろうございますが…ユナカイト王女様…。フェルスパー王国の、ユナカイト様…と、貴賓室に飾られた肖像画に、書かれております」
「それは奇妙な!この世に王女と同じような、男のなりをする姫が、いると申すか!」
「私の占いを信じていただけるのならば、いらっしゃる事になりましょう」
国王は、自らを安心させたい気持ち半分、好奇心半分で、もう一人の男装の王女に何とかして会えないものかと、思い始めた。
そして、その思いはもちろん、王女ディアマンテにとっても同じだった。
「…何と!しかし、そのユナカイトとやらは、何故に男の装束をまとっているのだ?私と同じ理由ならともかく、違うとすれば、どういう理由であろうか…?」
今までこのかた、己と同じく異性装を堂々とした王族になどひとりも会ったことがないため、ディアマンテはますます興を催した。
「遙かな、東方の国か…。待っているのも、気が揉める。父上、この度は、馬術と剣術に長けた従者と、塔に住まいし占い師を連れ、私自ら、その国へ行ってみとうございます!」
生き生きとした表情で、ディアマンテは国王に掛け合った。
国の中で変わり者扱いされ、すっかり退屈していたときの表情とは、別人のようだ。
「止めても、聞くそなたではなかろうよ。危険にだけは千も万も注意を払い、おそらくそなたと気が合うであろう、そのユナカイト王女とやらに、気の済むまで会ってまいれ」
「恐悦至極に存じます、国王陛下!」
にこりと微笑む眉(まみ)も麗しく、王女はさっそく男用の旅支度に取りかかった。
(つづく…百合なんですが、まだ全然女の子っぽくないですね~)