2013年2月20日水曜日

男装の麗人×2=LOVE(6・ラスト)

「ディアマンテ王女様、このような東国まで参りましたのに、日帰りとは…まことでございますか?!」

従者達が、泣きそうな表情で見上げてくる。

「…ああ、もう私の用件は済んだ。いつでも帰国することができる。…それに…」

ディアマンテが、しばし言いよどんだのは、あまり長居をすることで、ユナカイトへの想いが募りすぎることを、我ながら恐れているためだった。

しかし、無論それを、従者達に話すことはできない。

それに時は、もはや夕刻。
今日中のアルマンディン入りは、まず無理だろう。

なので、わざと涼しい顔をして、ディアマンテは話を続けた。

「…と、申したいところだが、皆も疲れているだろう。今宵くらいは、杯を手に、異国の酒を味わってみたい者もいるのではないか?…一泊させていただく事、既にお許し頂いている。明日、早朝の出立に備えて、今宵は英気を養い、かつ、よく休んでおいて欲しい!」

にやり、と悪戯っぽく微笑む男装の王女を前に、従者達は、一斉に喜びの声をあげた。

こんな時のディアマンテは、エメラルド色の瞳が冷たいほどに澄んで輝き、金髪が、戦いの勝利を知らせる旗のように、風にはためく。

その姿は、どんな絵師にも描けないであろう、美々しく誇り高いものであった。

やがて陽は沈み、頼んでおいた酒や肴が、従者達の滞在する大部屋に運ばれてくる。
お決まりの、陽気で無礼講な宴の始まりだ。

ディアマンテは、常の通りに、最初の乾杯だけを共にする。
後は、自らのためだけに用意された、貴人の宿泊用に誂えられている部屋へと入った。

夜は、食事を取らない事に決めている。
王子らしい体型を保つための、ディアマンテが自らに課した節制の一つだ。

「ふう…」
ブーツを履いたまま、横向きにベッドへと倒れ込む。

気がつくと、ユナカイトの事ばかり考えている。

今日、初めて会った、自分と同じ男装の王女。
薄幸そうで、健気で、ディアマンテを絵本の王子のようだと言って泣いた、少女。

(今は…何をして、いるのだろうか…)

突然に訪問した客人の分際としては、部屋を訪れるのも図々しく、礼儀に欠ける。
だが、身分やしがらみを全て取り去ってしまえるのならば、すぐにでも会いたかった。

すると。

ほとほと…と、幽(かす)かに、ディアマンテのいる部屋のドアがノックされる。

ある予感を感じ、ディアマンテはがばりと起き上がると、走ってドアを開けた。

果たして。

そこには、昼間とすっかり見違える姿をした、ユナカイトが立っている。

女王陛下と同じような、王族の女性が着る、柔らかな布を巻いた装束。

薄桃色の布の端には、きらきらと細やかな宝玉が散りばめられていた。

「……なんと、美しい。そなたの肌と黒髪、そして、可憐な風情に…とても良く似合う」
予想以上の王女らしい装いに、ディアマンテは嘆息した。

「衣装箱を、ひっくり返して…一番、奥にありましたものを、まとって参りました…」
目を伏せて、蚊の鳴くような声で、ユナカイトは答える。

「こんな夜に、ここへ来て、…そなたは、大丈夫か?」

心配そうなディアマンテの声に、ユナカイトは、ゆっくりと頷く。

「…自由に生きよ、と教えて下さったのは、ディアマンテ様、貴方でございます。もともと何も持たないわたくしには、怖いものなぞございませぬ。…そう、悟りました。あ、…で、でも…」

「?」

ユナカイトは、怪訝そうに見つめる目の前の男装の麗人へ、そっと、ささやく。

「…ひとつ、だけ…あなた様に、嫌われてしまうことだけが、怖うございます…」

それだけをやっと言うと、頬を王女の服の色よりも紅色に染めて、また俯いてしまった。

ディアマンテには、そんなユナカイトの仕草や言葉、一つひとつが可愛ゆらしくてたまらない。

「…ユナカイト、良く似合っているその王女の衣装を、もっと近くで私に見せてくれ。そして、……もし、そなたが嫌ではなかったら、私がここを出立する明日の早朝まで、この部屋に一緒にいては、くれまいか…?」

ユナカイトは、もう言葉にならず、ただ思い切り、ディアマンテの胸へ飛び込んだ。

ディアマンテは、泣きじゃくりながら頷くユナカイトの背中を、優しく撫で続ける。

外は、三日月。そしてまばゆいほどの星々が降り注ぐ。
男装の麗人として会った二人が、その後、どうなったかは、月と、星だけにしか…分からない。

(おしまい…リアルタイムでご覧いただいた方が多くて、嬉しかったです~)