「そちは、何故に王子の姿をしておるのだ?アルマンディンとやらの国には、女王の制度がないのか?」
ユナカイト王女も率直に、ディアマンテに尋ねる。
「いや、私は現在王位継承権第一位にある身だ。今は亡き祖母も、女王であったと聞いている」
「では、何故…?」
「まあ、一言で言うなら、戴冠後、女であるが故に、周辺の国々になめられぬように…今から鍛練を積んでおきたい、その為だな」
「王女のままで、その鍛練は積めぬのか?」
「手に負えぬじゃじゃ馬だ、と言う噂を流すのに、早すぎることはない…と思ったまでだ」
ディアマンテが言い切ると、ユナカイトは声を出して笑った。
「なかなかの戦略家なのだな、そちは。面白い…」
「と、言うことはユナカイト、そなたの男装の理由は、私の理由と異なる…というわけか。それこそ、何故に王子の装束をまとっているのだ?失礼だが、そなたには男のなりよりも、気高き王女の姿の方が似合うような気がするのだが…」
最後の一言を告げた瞬間、ディアマンテは内心、(失言したか?)と思った。
ユナカイトの心証を悪くするのは、己の本意と異なるからだ。
しかし、ユナカイトの方はさほど気にする様子もなく、
「よく言われる。それに、そちほど立派な訳があるわけでもない。…ただ、ここで話の続きをする事はできかねる。もし嫌でなければ、わたくしの自室へ移ってはいただけまいか。無論、互いの刀は従者に持たせて構わぬ」
と言うと、それまで籐の椅子に肘をついて座っていた格好から、するりと立ち上がった。
「いや、刀は…必要なかろう」
ディアマンテの答えに、ユナカイトは目を見開く。
「なんとまあ、いま初めて訪れたばかりの異国で…無防備な」
「私は、争いに来たのではない。はっきり言おう。自分と同じく男装をしている王族である、ユナカイト姫、そなたに一目会いたかった。それだけなのだから」
「…では、ついてこられるがよい。話の続きをいたそう」
ユナカイトは、そう言って素早く振り向いた。
同じ王女相手でありながら、なぜ頬が赤らんでゆくのか。
初めて感じる想いに、胸を秘かに震わせながら。
意外にも、ユナカイトは宮殿を出て、そのすぐ隣に建つ、質素で小さな建物へと入ってゆく。
その後を、ディアマンテも続く。
周りに番兵を固めてから、ユナカイトは、先ほどより小さめの籐の椅子を勧めながら、話を続けた。
「このような粗末な所へ案内する事、失礼とは存ずるが、お許し願いたい」
「そう気を遣っていただかなくとも、こちらは一向に構わぬゆえ…それよりも、先ほどの話の続きの方が、私には、よほど気になる」
好奇心むき出しで、ディアマンテは訊いていた。
その、身を乗り出さんばかりの様子に微笑で応じながら、ユナカイトは
「なに、わたくしの場合はごく単純なこと。女王と憎み合っているがゆえに、女の格好をしたくないのだ」
「憎み合う?」
「私は、あの女王の実の娘ではない。妾腹なのだ」
「……!」
さらりと言ってのけるユナカイトに、思わずディアマンテは絶句した。
「この国ではよくある事、ただ、厄介な事に、そのあと父君である大公が気の病に倒れ、わたくしは事実上の後見をなくした。女王陛下がわたくしを良く思わぬのも、また道理」
「…っしかし、そなたは王位継承権の筆頭であろうに。そんな無体な仕打ちを…」
「はじかれて育った者には、それが自然なのだよ、ディアマンテ。他の暮らし方は知らぬ。常の住まいもここだ。客人が来た時のみ、先ほどの正殿に入ることを許される。まあ、わたくしにできることは、せめてもの反抗心で、女王と同じ女の服を着ず、女の言葉を話さずにいることくらいなものだ」
ディアマンテは、ユナカイトの話を聞いて、しばらくの間黙っていたが、やがてぽつりと
「…男装ひとつにとっても、様々な理由があるものだな…。私のように、自ら一生を男として生きようとする者と、そなたのように運命の悪戯で、女であることを憎み、拒否する者と…」
と、ひとりごちた。
目の前の三つ編みの王女が、年下であるというだけでなく、なおさらはかなく見える。
細身にまとった精一杯の男装でさえもが、痛々しく思えた。
(つづく。…さっ、次第に百合百合度をアップして参りますよ~)