2013年6月23日日曜日

極道めずる姫君(1)

女子のみが通う高校生の一人である彼女は、腰まで届くストレートの黒髪の持ち主。
瞳も黒目がちで睫毛が長く、いつも気持ち伏せられていて、つつましやかな心を映している。

この女子校のセーラー襟の制服は、都内でも有名な上品さ。
襟も身頃も白無地のサージに、結ぶ絹地のスカーフも光沢のある白。
濃紺の襞スカートは、膝から少しだけ下の丈と決められ、違反をする者もいない。

着崩すことこそ、この制服ならびに、母校の誇りを汚すことだ、という誇りを持っているからだ。

無論、冒頭で紹介した少女も、そうであった。
左胸のポケットには小さな七宝細工の校章が、臙脂色に光っている。
その色が制服全体を華やかに、そして上品に見せていた。

彼女は、理事長先生の特別許可を受け、まだ他の生徒が登校する前に学校へ着くことを許されていた。
今朝も、父親の部下が運転してくれる、黒塗りの大きな国産車で正面玄関に降り立つ。

そこだけ、日本古来から愛でられてきた、たおやかな花が一輪咲き匂うように、辺りが輝く。

毎日のことながら、運転手と後部座席に控える部下達は、その美しさに思わず嘆息する。

そこへ。

「青鳳会の三代目、蒼 すみれだな?! 覚悟しろ!」

正面から、すみれを送ってきた車と相対するようにして、車種の違う黒の高級車が突っ込んできた。
助手席に乗った男が、ハコ乗りの格好になって、すみれに銃口を向ける。

一発目。
すみれの頬のすぐ横を飛んだ流れ弾は、防弾ガラス仕様になった青鳳会のフロントガラスに当たる。

顔色一つ変えず、すみれは学校指定の通学鞄の中から、ポーチを取りだした。
ジッパーを素早く開け、中から消音器(サイレンサー)付きの短銃を出すと、片手で向かいの車に向ける。

「お嬢さん!危ないです!」
「お嬢!」

部下達が口々に叫びながら、車のドアを開ける音を背中に聞きつつ、すみれは静かに言った。

「…大丈夫よ」

すみれが撃った一発目の弾丸は、相手のタイヤの前輪を一つ、パンクさせた。

ハンドル操作に手間取る相手を見据えて、ハコ乗りの男を、二発目で正確に打ち抜く。
心臓近くにでも命中したのか、男は、迷走する車から落ち、自分の組の車に轢かれた。

「お気の毒にね…」

純白の制服に、相手の組の血しぶき一つ付けず、すみれは心底からつぶやいた。
そして、自分を送ってきてくれた車に歩み寄り、ドアを開けて飛び出していた部下…いや、組員たちに静かに告げる。

「ごめんなさいね、貴方がたまで朝から面倒事に巻き込んでしまって…。私、約束でこういう時、理事長先生に速やかに報告しなくてはならないの。後の始末を、貴方がたにお願いしてしまっても、よろしいかしら?」

花の顔(かんばせ)を心持ち曇らせながら、これほど丁寧に次期組長へ声を掛けられ、嫌という組員がいるだろうか?

「承知いたしました、お嬢さん。今回のことは、一切こちらに落ち度のない事。親分や警察にお知らせいたしまして、この場の後始末も、させていただきます」

車の後部座席に乗る、幹部クラスの組員が、低く、だがよく通った声で返事をした。

「…有難う。心から、感謝します。じゃあ。…帰り道も、気をつけてくださいね? お父様にも、宜しく」

そう言って、にっこり微笑むと、すみれは何事もなかったかのように、銃を鞄にしまいながら、校門を通りすぎていった。

「…しっかし、すげえなあ…三代目の肝の据わり方、あの腕前、そしてマブさ、ハンパねえよ」
「バーカ、てめえ、今さら気づいてやがんのか?この稼業で、お嬢を知らねえ奴はモグリだ」

青鳳会への帰途、若い組員たちは、三代目のすみれより余程興奮して話を続けていた。

「お前ら、知らねえのか? お嬢さんには、異名(ふたつな)がある、って事を」
「?何ですか、それ?」

「『極道めずる姫君』、ってえんだよ、あの方はな」
ゆったりと、幹部の組員は話す。

「初代が興し、今の二代目組長がここまで大きくしてきた、青鳳会。そのお二方が、掌中の玉と慈しんで育てられた、それが三代目のすみれお嬢さんだ。十代の若さで、背なに彫り物をし、『自分は誰とも所帯を持たない。私は、この家の極道という道と結婚したのだから』…そう、言い放った御方だ。素人さんには決して手を出さず、無法な輩はさっきのように容赦なく叩き潰す…」

「もったいねえ…あんなに、マブ過ぎなのに…」
「俺、何度夢に見たことか…」
若い者たちが思わず口にした言葉に、幹部の組員は大声で笑った。

「…本気で、そう思うなら、命がけでお嬢さんを御守りしろ。自分の命を捨てても、お嬢さんと青鳳会のために、一生を尽くすんだな」

その言葉に、車中の全員が、深くうなずいた。

(つづく、です)