女子のみが通う高校生の一人である彼女は、腰まで届くストレートの黒髪の持ち主。
瞳も黒目がちで睫毛が長く、いつも気持ち伏せられていて、つつましやかな心を映している。
この女子校のセーラー襟の制服は、都内でも有名な上品さ。
襟も身頃も白無地のサージに、結ぶ絹地のスカーフも光沢のある白。
濃紺の襞スカートは、膝から少しだけ下の丈と決められ、違反をする者もいない。
着崩すことこそ、この制服ならびに、母校の誇りを汚すことだ、という誇りを持っているからだ。
無論、冒頭で紹介した少女も、そうであった。
左胸のポケットには小さな七宝細工の校章が、臙脂色に光っている。
その色が制服全体を華やかに、そして上品に見せていた。
彼女は、理事長先生の特別許可を受け、まだ他の生徒が登校する前に学校へ着くことを許されていた。
今朝も、父親の部下が運転してくれる、黒塗りの大きな国産車で正面玄関に降り立つ。
そこだけ、日本古来から愛でられてきた、たおやかな花が一輪咲き匂うように、辺りが輝く。
毎日のことながら、運転手と後部座席に控える部下達は、その美しさに思わず嘆息する。
そこへ。
「青鳳会の三代目、蒼 すみれだな?! 覚悟しろ!」
正面から、すみれを送ってきた車と相対するようにして、車種の違う黒の高級車が突っ込んできた。
助手席に乗った男が、ハコ乗りの格好になって、すみれに銃口を向ける。
一発目。
すみれの頬のすぐ横を飛んだ流れ弾は、防弾ガラス仕様になった青鳳会のフロントガラスに当たる。
顔色一つ変えず、すみれは学校指定の通学鞄の中から、ポーチを取りだした。
ジッパーを素早く開け、中から消音器(サイレンサー)付きの短銃を出すと、片手で向かいの車に向ける。
「お嬢さん!危ないです!」
「お嬢!」
部下達が口々に叫びながら、車のドアを開ける音を背中に聞きつつ、すみれは静かに言った。
「…大丈夫よ」
すみれが撃った一発目の弾丸は、相手のタイヤの前輪を一つ、パンクさせた。
ハンドル操作に手間取る相手を見据えて、ハコ乗りの男を、二発目で正確に打ち抜く。
心臓近くにでも命中したのか、男は、迷走する車から落ち、自分の組の車に轢かれた。
「お気の毒にね…」
純白の制服に、相手の組の血しぶき一つ付けず、すみれは心底からつぶやいた。
そして、自分を送ってきてくれた車に歩み寄り、ドアを開けて飛び出していた部下…いや、組員たちに静かに告げる。
「ごめんなさいね、貴方がたまで朝から面倒事に巻き込んでしまって…。私、約束でこういう時、理事長先生に速やかに報告しなくてはならないの。後の始末を、貴方がたにお願いしてしまっても、よろしいかしら?」
花の顔(かんばせ)を心持ち曇らせながら、これほど丁寧に次期組長へ声を掛けられ、嫌という組員がいるだろうか?
「承知いたしました、お嬢さん。今回のことは、一切こちらに落ち度のない事。親分や警察にお知らせいたしまして、この場の後始末も、させていただきます」
車の後部座席に乗る、幹部クラスの組員が、低く、だがよく通った声で返事をした。
「…有難う。心から、感謝します。じゃあ。…帰り道も、気をつけてくださいね? お父様にも、宜しく」
そう言って、にっこり微笑むと、すみれは何事もなかったかのように、銃を鞄にしまいながら、校門を通りすぎていった。
「…しっかし、すげえなあ…三代目の肝の据わり方、あの腕前、そしてマブさ、ハンパねえよ」
「バーカ、てめえ、今さら気づいてやがんのか?この稼業で、お嬢を知らねえ奴はモグリだ」
青鳳会への帰途、若い組員たちは、三代目のすみれより余程興奮して話を続けていた。
「お前ら、知らねえのか? お嬢さんには、異名(ふたつな)がある、って事を」
「?何ですか、それ?」
「『極道めずる姫君』、ってえんだよ、あの方はな」
ゆったりと、幹部の組員は話す。
「初代が興し、今の二代目組長がここまで大きくしてきた、青鳳会。そのお二方が、掌中の玉と慈しんで育てられた、それが三代目のすみれお嬢さんだ。十代の若さで、背なに彫り物をし、『自分は誰とも所帯を持たない。私は、この家の極道という道と結婚したのだから』…そう、言い放った御方だ。素人さんには決して手を出さず、無法な輩はさっきのように容赦なく叩き潰す…」
「もったいねえ…あんなに、マブ過ぎなのに…」
「俺、何度夢に見たことか…」
若い者たちが思わず口にした言葉に、幹部の組員は大声で笑った。
「…本気で、そう思うなら、命がけでお嬢さんを御守りしろ。自分の命を捨てても、お嬢さんと青鳳会のために、一生を尽くすんだな」
その言葉に、車中の全員が、深くうなずいた。
(つづく、です)