2010年12月30日木曜日

いちごボーイ(4)

クラスメイト達のダンスは様々で、私でさえ見ていて飽きなかった。

自分の好きなアイドルの振り付けを取り混ぜて踊る子、もちろん、BGMはそのアイドルの最新ヒット曲。
いつもは結ばない髪にリボンを飾って、「くるみ割り人形」の曲に合わせ、操り人形のような可愛らしい振り付けを考えて踊る子。
話題の朝ドラのテーマ曲に合わせて、コミカルな動きをして皆を笑わせる子。

普段、いちごちゃん以外の人にほとんど興味を持たなかった私にとって、一人ひとりの表現は彼女たちの好みや性格を教えてくれているようで、発見の連続だった。

無論、ダンスなど好きそうではなく、普段のマット運動の延長に、教師から借りた適当なイージーリスニングの曲をかけ、すませてしまう子も何人もいた。
そうだろうな、と、それもまた私を納得させた。

さあ、いちごちゃんの番だ。
この一分間は、まばたきもしない覚悟で、私はマットの上へ目を凝らした。

曲がかかる前に、いちごちゃんは教師に凛とした声で告げる。

「私が、フロアからマットに駆け込んで、両足とも乗った頃に再生ボタンを押してください。だいたいでいいですから。お願いします」
体の線にぴたりとあった、薄紫色の上下のジャージ。くっとくびれたウエストには、それより気持ち濃い菫色の薄いスカーフが巻かれている。

こんないでたちで、こんな注文を言ったのは、いちごちゃん一人。
女の体育教師は真剣な顔つきでうなづき、クラスの皆は、息をのんでいちごちゃんの一分間が始まるのを待つ。

タン!
フロアから勢いよくマットに躍り込むと同時に、かかった曲は「剣の舞」。

いちごちゃんは、マットにのるやいなや、側転の連続技からダンスを始めた。
ほうっ…、と、体育館中にため息が広がる。
曲が流れているときは、ターン、ポーズ、スピンに柔軟技。
止まるときは、立ったまま上半身に高さの変化をつけて、ポーズしたまま静止。
勢いのあるフィニッシュでは、マットの端から端まで駆け抜けて、バック転とロンダードで曲の編集分、1分間きっかりでしめくくった。

一瞬の、静寂。
それからすぐに、割れんばかりの拍手と歓声と、級友が駆け寄って取り囲んで、いちごちゃんを包む。
CDプレーヤーの傍では、腕を組んで(やれやれ、しばらくはこのまま許しておいてあげましょう。あれだけの技をみせつけられたんじゃね)…とでも言いたげな、女教師の姿。
私は、心の中でありったけの拍手と賞賛を贈りながら、そのどちらにくみするわけでもなく、壁の傍に体育座りをして、普通に拍手をするにとどめておいた。

それから、数人後。私の番が来た。

いちごちゃんの、あれだけすばらしく綺麗な技を見てから、かえって私の心は落ち着いていた。
逆立ちしたって、真似しようたって、もとがちがうし技術もちがう。
なら、自分は自分のダンスをするしかない、のだから。
地味な自分のダンスなぞ、誰も気にやとめない…それも、プレッシャーがなくてありがたかった。

「金沢さん、曲は? 提出されてないようだけれど」
「曲は、使いません」
教師の問いにそう答えると、私は、一礼してマットの中央へ歩んでいった。
曲を使わないのは私一人だけらしく、クラスの皆はざわざわとしだした。

しゃがみ込むようにして、私は頭の上で闇雲に両手を動かす。
顔をしかめるようにしながら、重たい、うるさいもの全てに抵抗している振り付けを繰り返す。
始めは、弱々しく。
でも、次第に、手に力をいれるようにして、だんだん立ち上がってゆく。
自信のない私よ、変われ。
訳の分からない闇よ、消えてしまえ。
この得体のしれないトンネルから抜け出て、私は明るい世界に出て、自由になるんだ!
…あまり得意ではない私でもできるような前転技とポーズをいくつか織り交ぜ、最後は太陽に向かって胸をひらくように、片膝を立てて両腕をYの字のようにして、終えた。

予想通り、クラスメイトからは意外そうな表情と、それにしてはパラパラとした程度の拍手。
でも、私は嬉しかった。
ほぼ、自分の思い描いていた通りに1分間、演じることができたから。

そして、もう一つ。
数少ない拍手組の中に、なんと、あの、いちごちゃんがいたから。