2013年4月14日日曜日

恋愛実行委員会(4)

その時。

「うっせーなぁ、ったく!ベラベラしゃべくってねーで、書くもん書けよ!」

さっきまで、紀和と梨順より大声で、仕事もせずに彼女としゃべっていた同学年の男子が、怒鳴りつけてきた。

まあ、確かにおしゃべりに盛り上がっていた時だったので、紀和は

「あ…、ごめん」

と、言っておく。

それでも、その男子の怒りがおさまらなそうなので、紀和はちらり、とそいつらの模造紙をのぞき見する。

(…遅いわ、ワケわからん線並んでるわ、こりゃ、八つ当たりもしたくなるわなぁ…)

「へっ、それに何だよ、さっきから聞いてりゃ、ガイジンの自慢話ばっかじゃねー? よそ者のくせに、デカい面して日本の中学来てんじゃねーよ!」

「ちょっと、言い過ぎだよ、やめときなよ…」
相手の女子が止めるのも聞かずに、男子は暴言を吐いた。

梨順は、涙の粒ひとつ見せず、黙って聞いていた。
きっと、日本に来てから、この手の悪口を何度も聞かされてきたのだろう。

しかし、その瞳は、はっきりと怒りに燃えて、男子をにらみつけている。
模造紙の前に座ったまま、射るような視線で。

そして紀和は、彼女ほど辛抱強いたちではなかった。

聞いた瞬間、立ち上がっていた。
ひるんで座ったままの男子に向かって、駆け寄ると、背後から肩を思い切り蹴りつけて倒す。

スポ少の女子サッカーでFWを張り、関東大会決勝まで行った脚は、まだ衰えていなかったようだ。

さっきまでの悪態が嘘のように、男子は声も上げられないまま、その場にひっくり返る。

梨順は、びっくりした表情で、座ったまま、紀和を見上げた。

紀和が、泣いていたからだ。
肩を震わせて、悔しそうに、しゃくりあげて、紀和は泣いていた。

「ごめん、ごめんね、梨順…」

「どうして…? どうして、紀和が謝るの? 紀和、悪くないじゃない…?」

「違うよ…、あんな言葉、あなたに聞かせた自分が、あなたを守れなかった自分が、悔しくて、それから…あんな、あんなひどい事言う奴、あんなのと私が同じ国の人間だって、思ったら…哀しくなったんだ…っ」

パンパン、と、少しこもりがちに手を打つ音が、作業用に借りた教室に響く。

「あー、んじゃ、先生はこれからー、ここの転がってる2年の男を、念のために、保健室へ連れてっとくー。お前たちは、そのまま作業を続けるように。…あ、それからな」

それまでおっとりしていた担当教師の声が、急に険しくなり、実行委員の全員は、はっとしてそちらを見た。

「…お前たち、『言葉の暴力』って言葉、聞いたこと、あるよなあ? 怪我してできた傷は、医者と薬と時間で治る。だがな、『言葉の暴力』には医者も薬も効かず、時間が経てば経つほど、心の奥まで傷を深くしていくもんだ。…なぜ今、この話をしたか、実行委員になるほどのお前たちなら、わかるよな、あー?」

…事実上の、箝口令。
または、反論の許されない、ジャッジメント。

沈黙の中で、実行委員の全員が、それを理解した。

(つづく)