2013年3月24日日曜日

女子会ふたり。(8)

「かえって、あたし…悪いこと、したのかも、と、思って…」

榎本さんは、本当にすまなそうな表情をして、そう言う。

「…え?」
短く返す森さんに、こう、続ける。

「その…寝た子を起こす、っていうか…あたし、女だから、あなたに入れてあげる事ができないでしょう? 満足させられないで、中途半端に手をだした、みたいな形になって、ないかって」

黙って、森さんは、首を横に振った。
静かに。

そして、言う。
「それより…、今度は私の方から、あなたにしてあげる番だと…思うわ」

榎本さんは、すかさず、その声を遮った。
「あ、それはないから。心配しなくていいの!」

「榎本さん、あなただって…さっきまで、私と同じように身体が反応してたの、知ってるわ」

「それと、これとは別。さっきのは、あたしがあなたにしてあげたかった事だし、あと…あたしなりに、責任をとったつもりなのよ」

「責任?」

「うん、指輪のこと、話してる時、森さん、言ってたでしょ?『責任取って』って」

「あ、あれは…あの時のなりゆきで…意地悪、言ったつもりは、ないのよ…」

「わかってる、大丈夫。あたしは、あなたが好きだから、この部屋を取った。何かしてあげられる事があれば、したいと思った。それは事実。…でも、あなたが同性を愛せないだろうな、って感じたのも、正直、わかっちゃったんだ」

「え…だ、だって、別に演技とかしてなかったし、私…ちっとも、嫌じゃなかったわ…?」

榎本さんは、乱れかけたガウンの襟元を合わせてから、頭をちょっと、掻く。
「うーん…、うまい言葉が見つからなくて、森さん、ごめん。キツく聞こえたら、ホントに、勘弁してほしいんだけど…」

森さんは、毛布一枚にくるまったままで、そんな榎本さんの口元を、じっと、見ている。

「あたしは、森さんのこと、セクシャルな対象として好きだから、さっきみたいな事、したかったし、実際にできて…嬉しかった。夢みたいにね。だから、あなたが達したように見えたとき、あたしの欲も、その、昇華されたみたいになって…今、森さんに、してもらおうっていう気持ちは、ないんだ」

「でも…そんなの…それじゃ…」
森さんは、困っているようだった。

「あたしが、女性を愛するように、森さんは、男の人を愛する人なんだと思うよ。今はそれがたまたま、相手の男の人に恵まれてないだけで」

榎本さんは、ベッドから滑り降りると、アンダーウェアを手に取った。

「あたし、調子こいて言えば、森さんに嫌われてないの、分かる。でもね、それはセクシャルなものじゃないってこともね、分かる。友情がちょっと度を越したか越さないか、くらいのレベルだと思う…。でも、それじゃ、あたしは…してもらえても、きっと欲情できないんだな、申し訳ないけれど」

「待って!」
総レース、濃紺色のボクサーショーツを身につけようとする榎本さんに、森さんは声をかけた。

「もう…帰ってしまうの?」

「…少しは、疲れたでしょ?…もうおしゃべりはやめて、眠った方がいいと思うよ。指輪は、ベッドサイドの畳んだハンカチの上に、ちゃんと置いてあるから、大丈夫」

「…じゃ、なくて。…私、もうずっと何年も独りぼっちで眠ってて。今夜は、榎本さんが隣で一緒に眠ってくれるんだ、って思ってたから…思いこんでたから…びっくり、して…」

「…うーん、あたしも相方とは別の部屋で寝てるから、ずっと独り寝なんだけど…困ったな。やっぱ、森さんに余計な事、しちゃったね、あたし…。これから一生、あなたの隣で眠ってあげる事は、できないのにね…」

「そんなに、重く考えなくていいの。今夜、一晩だけ。…だめ?」
森さんは、ガウンがはだけているのも忘れているように、ベッドの上に半身を起こす。

これだけ話をしてても、お互い泣くわけでもない…のが、人妻をやってきたキャリアというべきか。

まだ夜は深く、長い。
榎本さんと森さんの女子会も、いまだ終わらない様相を呈してきた。

(つづく)