2013年3月17日日曜日

女子会ふたり。(6)

「…森さんさ、その指輪、はずしちゃえば?」

考えるより先に、榎本さんは口にしていた。

「その指輪、思い出なんかじゃないでしょ?今。自分の、枷(かせ)になってるだけでしょ?…やめた方がいいよ、そんなの」

「…そんな、15年も会わなかったあなたに、何が…何が、分かるの?!」
森さんは、真っ直ぐ榎本さんの眼を見て言う。

「だって、あなた…泣いてるじゃん。その指輪で…」
榎本さんも、森さんを真っ直ぐに見据える。

「本当に、だんな様との思い出が幸せな物として残ってるなら、指輪のあるなしは関係ないと、あたしは思うな。他の男に言い寄られたって、指輪なしで突っぱねればいいんだもん」

森さんは、ずっと榎本さんを見つめている。
でも、さっきほどの怒りに満ちた光は、もう、ない。

「…別に、森を名乗ることをやめろとは、言わない。それは、あなたの自由。でもさ…もう少し、自分を楽にしてあげたらいいんじゃない?だんな様はさ、あなたのせいで死んだわけじゃないんだよ?」

話しながら、本当はもう一つの理由があるのだけど、言い出せない、榎本さんがいた。
その二つめの理由を言ったら、もう、森さんとはこれきり、会えなくなるだろうと思ったからだ。

(…あたし、あなたが他の誰かからもらった指輪をしてる姿、見たくない…)

分別のついた大人なら、いや、本当はそうじゃなくても、年齢的にそうくくられる世代なら、…本音を吐いちゃいけない時がある事くらい、わきまえなきゃ。

榎本さんは、心の中の葛藤を鎮めようと、深呼吸をひとつ、した。

「そこまで言うなら…責任を、取って?」
思い詰めたように、森さんは言う。

「責任…?」

榎本さんには、森さんの言葉の意味が図りかねた。

「…この指輪にはね、いろいろな私の想いが、封印してあるのよ…。今まであなたに話したこと以外にも、幾つも。…こんな場所で言うの、はしたないかもしれないけれど…私、22で一人になってから、誰ともおつきあいしてないのよ…つまり、誰とも、してないの。…結婚してるあなたに、この意味、わかる…?」

「…わかるわ、多分。…だってウチ、偽装結婚だもん」

お互いの言葉は、15年分の再会では追いつけないほど、深いところへ入り込んでいった。
でも、もう止められない。

「実家がさ、結婚しろしろってうるさくて。その事、相方(あいかた)に話したんだ。…大学の時からの友人で、一緒に酒飲んでくだまいたりしてた奴。回りはあたしと相方がすっかりデキてると思ってたみたいだけど、当人同士は初対面の時から、なんとなく、わかってたんだ。『あ、こいつ、自分と同志だ。同じ性別の人間しか、愛せない…』のが、さ」

「不妊症で、子供が授からない夫婦もたくさん世の中にはいるんだから、一生茶飲みじーさんとばーさんでも、いいじゃん?って、二人で話をして、籍を入れた。そりゃもう、親たちは大喜びよ。だましちゃって悪いな、って思いもチラッとあたしたちの頭をかすめたけど、まあ相方とは気が合うし、いいかな…って。でも、結婚前に二人で約束したよ。『一生、できないけど、それだけは覚悟してね』って」

森さんは、ハンカチを握りしめて、黙っている。

「気分、悪くさせたら、ごめん。そうだったら、あたし、出るから…」

榎本さんは、卓上に置かれた革のレシート挟みを手にして、立ち上がった。

森さんが、黙ってチャコールグレイのジャケットをつかむ。

驚いて振り向く榎本さんに、森さんは、視線を外しながら、訊ねた。

「私…そういう話、聞いたことあるし、偏見がない方だと思ってるわ。例えば、同性が好きだからって誰でもいいわけじゃなくて、それぞれの人に好みがあるって事も、知ってるつもりよ。…軽蔑してもいいわ、榎本さん、教えて。…私は、あなたにとって、…タイプ、なの…?」

急展開。
目の前が、くらくらする。

「森さん…、あなたはね、あたしにとって、剛速球のストレート、どストライクって奴よ。15年前も、そして、今この瞬間もね」
視線を合わせられないまま、真っ赤な顔で、榎本さんは答えた。

「…じゃあ、…ここの、お部屋、取りましょう?」
森さんの声も、少し、震えている。

(つづく)