2012年12月11日火曜日

若夫婦へのご依頼(5)★18禁シリーズラスト

ある日の午後、鹿乃子は母上の部屋へ呼ばれた。
「先日、蕗子さんのご婚家から、内々に御礼の言葉をいただきましてよ。あなた方のおかげで、夜ごと甘やかな忍び声が、ご寝所から聞こえてくるとのこと」
返事のしように困って、鹿乃子はうつむいた。

母上は、なおも続ける。
「ときに鹿乃子さん、あなたと和也さまは、子どもができないようにお道具を使っていて?」
「いいえ…お母様、結婚してからは、ほとんど使っておりません…」
やはり話題が話題なので、鹿乃子は少し頬を染めてしまう。
「…でも、おできにならないのね?自然のままで愛し合われても…」
「…はあ」

母上は、少々首をかしげて
「まあ、貴女がまだがんぜない年頃というのもあるのでしょう。でも、私は18になってすぐ、貴女を身ごもったのですよ。…もし、今のままに愛し合われても授からないのなら、一度、お医者様に診ていただいた方がよろしいかもしれませんわね…」
「そ、そんなの…いやですっ!」
鹿乃子は、思わず叫んでいた。
「私、まだ赤ちゃんを産んで育てる自信なんてありません。…それに、今はまだ、和也さまと…」
「睦み合っていたい、というわけね?」
言葉をにごした鹿乃子の気持ちを汲んで、母上は言った。
鹿乃子は、コクンと首を振る。

「…だからかも、しれませんわね」
「えっ」
「お二人とも、お世継ぎより愛し合う事にまだ夢中で、気持ちも体も準備ができていないのでしょう。よござんす…お医者様へ行くのは、しばらく後にしましょう」
「恐れ入ります、お母様」
鹿乃子が、母上に深々と礼をして、部屋を出ようとした時、
「鹿乃子さん」
母上が、急に呼び止めた。

「はい」
「…和也さまとは、そんなに…よろしくて?」
艶然と微笑み、椅子にゆったりと腰掛けた姿の母上に問われて、鹿乃子は一瞬、顔から火が出そうになったが、正直に答えた。
「ええ…。この世に、あんなに素敵なことがあるなんて、和也さまに初めて教わりました」
「マア、それはおうらやましいこと。お惚気(のろけ)をご馳走様…」
母と娘が、初めて女と女に変わって会話をした瞬間だった。

「お義母さまが、そんな事をおっしゃっていたのか…。俺がお前より十も年上だから、気を遣って下さっているのかな…」
近衛師団での勤務を終えて帰宅した和也は、鹿乃子の話にそう答えた。
「和也さまは、何も気になさることありませんわ。私が幼いせいだと言われましたし」
くつろぐための、男物の和服を支度しながら、鹿乃子は返事をする。
「確かに、俺たち…まだ、父親と母親になる気には、なってないよなあ」
「ええ…それよりも、まだ…私…」
それ以上は言えず、鹿乃子は、結城の着流しに着替えたばかりの和也の袖を、ぎゅっと握った。

「まだ…何?」
「何でもありません…、口が、滑りました…」
「可愛いね、鹿乃子は。俺も『まだ』って気分だよ?」
「どうしましょう…、このまま、跡継ぎに恵まれなかったら…」
「その時は、その時さ。鹿乃子だって、婦女子だから、この朱宮家を継承できなかったんだぜ?でも、そのおかげで、俺は今、昔から好きだったお前と、こうしてずっと一緒にいられるわけだし」
「そう言えば、そうですわね…私も…」
「ま、人間万事塞翁が馬だよ。この先どうなるかは、その都度考えていけばいい。考えてもどうにもならない事だってあるし…」
「ふふ…、和也さまとお話していると、何だか自分のこせこせした気分が、恥ずかしく思えてまいります」
「いい加減なだけさ。真似しちゃだめだぞ、鹿乃子?」

それでも、お互い心の隅にその事が残っていたのか、その夜は抱き合っていても、二人ともなかなか寝付かれなかった。
「葡萄酒でも、飲むか?」
和也は言うと、洋杯を二つ、片手に持ちながら寝台の側の小机に置き、深紅の甘い酒を半分ほど注ぐ。
寝台の中で二人して葡萄酒を飲む様子は、かつてエンゲージの頃にお付きをまいて、二人して銀座へ見に行ったシネマの中の恋人同士のよう。懐かしい浪漫がほんの少し、混じった味がした。

「あの…子どものようで恥ずかしいのですが、御酒をいただいたら、何だか眠くなってきてしまいました…。今夜はこのまま、寝(やす)んでしまっても、よろしいですか…?」
「勿論。そのために飲んだのだからね。さ、鹿乃子、こっちへおいで」
「…はい」
抱きしめられながら、体が熱くほてるのは、葡萄酒のせいだけではないだろう。
和也の、細身ながらも鍛え上げられた体に身を任せて、鹿乃子はとろけるような甘い眠りを楽しんだ。

(このシリーズは、ひとまず、ここで終わり…です)