2013年5月20日月曜日

花嫁御寮とおヨメちゃん(3)

二人して何やかや言いつつも、結局、貴子さんは学校の休日に、毬子さんのお家からお迎えに来たパッカードに乗って、お出かけすることと相成った。

「わざわざ、迎えにいらっしゃらなくても良かったのに…、家のクライスラーで参りましたわ」
「あら、だってわたし、とても楽しみで楽しみで、ひとときも待っていられなかったんですの。だから、運転手の杉崎にお願いして、貴子さんのお家へお邪魔したのよ?」

その言葉通り、座席の上でぽんぽんと跳ね上がりそうな勢いで、毬子さんははしゃぐ。

「ほんとに、毬子さんたら…楽しい方ね」
(可愛い)と言いたいところだが、運転手もいることだし、貴子さんはそう返事をしておいた。

やがて、パッカードは広い門を抜け、しばらく木立を抜けて、玄関の車寄せに静かに停まる。

杉崎にドアを開けてもらい、御礼を言って、毬子はぴょんと飛び降りる。
そうして、次にドアを開けてもらって下りる貴子の方へ回り、楽しくてたまらない、という顔で出迎えた。

「まあ、素敵な洋館にお住まいなのね…」
貴子は、初めて訪れた毬子の自邸を、ため息とともに見上げた。

「おじじ様がね、昔、外国の公使をなさってらしたんですって。だから、万事洋風にお造り遊ばした…って、小さな頃から聞かされて育ったわ。だから、外見はともかく、中は、古いの」

そんな事はどうでもいい、早く行きましょう、というように、毬子は貴子の手を引いて導いた。

自由に手をつなぐなど、女学園の中では、とても、できない。
毬子の持つ無邪気な開放感に惹かれ、貴子も手を引かれて後を追う。

「このたびは、御前様ならびに御令室様におかれましては、お健やかにお過ごしのこと、お慶び申し上げます。こなたは西桂侯爵家の長女、貴子でございます。突然の来訪、無礼をお許し下さいませ」

貴子の典雅な物腰と、桜貝のように美しい唇から流れ出る流麗な挨拶に、九重家の皆は驚き、歓待した。

「まあ、なんとお若いのにご立派なお嬢様ですこと…!毬子さま、貴子お嬢様のお爪を少々頂戴して、煎じてお飲み遊ばせ」
毬子付きの侍女頭に諭されて、一家は明るい笑い声に包まれた。

「んもう、いつもそうやって、末っ子のわたしを皆で構うんだもの。いやんなっちゃうわ。…さ、貴子さん、参りましょう?もうね、奥の和室に、お衣裳が衣桁に掛けて並べてあるのよ」
「え?こんなモダンな洋館に、和室があるの?」

「ええ。おじじ様についていろんなお国を回られたおばば様は、やっぱり畳の上でのお暮らしが恋しくていらしたのですって。だから、このお家を建てられた時も、おばば様のお部屋と茶室だけは、畳が敷いてあるのよ。あと、お靴やお草履も、お脱ぎ遊ばしていいの」

お付きの娘達が毎日磨いているのだろう、足袋が映りそうにつやつやと光る廊下の真ん中を、毬子はごく平然と歩いていく。
その後を、貴子はやや遠慮がちについて行く。

「どうなさって?ご遠慮なさらず、お廊下の正面をお歩きになっていいのよ?」
「…だって、客人ですし…こんな綺麗なお廊下、勿体なくて歩けなくって…」
「あら、それは困ってしまうわ。そんなでは、貴子さんがおばば様のお部屋に着く前に、日が暮れてしまってよ?」

冗談めかして、うふふ、と毬子は笑うが、あながちその言葉も嘘とは思えないほど、九重邸は広く、美しく入り組んだ造りになっていた。

「さすがは、応仁の乱で天下に名を馳せた九重家ねえ…。毬子さんがお友達でなければ、私なぞ、一生縁のないお屋敷だったでしょうね」
「でも、今は爵位もない、この邸と同じ、外見だけを取り繕った家だわ。…さ、そんな事より、こちらが亡きおばば様のお部屋よ。義姉さまのお着物を、どうぞご覧じろ!」

さっと毬子が襖を両手で開けると、そこには、目映ゆい花嫁衣装が衣桁に掛けられて、並んでいた。
「……!」
そのあまりの美しさに、貴子は、言葉をしばし失う。

「貴子さん、今日は私の目の前で、この衣裳をどちらも羽織って見せてね?そうして、貴女に似合う方を、まず、決めましょうよ、ね!」
毬子は、にっこりと微笑みながら、後ろに立つ貴子へ振り向いて、言った。

(つづく)