2013年5月19日日曜日

花嫁御寮とおヨメちゃん(2)

「わたし、貴子さんに黒振袖を着て頂きたいわ。ご大典の頃のモダンな吉祥模様が、裾一面に広がっていてよ。紅色、菫色、金糸銀糸の刺繍も混じって…おぐしは、文金高島田。とってもよくお似あいになると思うの…」

あんみつの前で、うっとりと甘い夢を見ている毬子さんに、珍しく貴子さんは異を唱える。

「あら、そんな艶やかなのは、私には似合わなくてよ。毬子さんみたいに、可愛らしい方のほうが良いんじゃなくって?私は、飾り気のない綿帽子に白無垢がいいわ。地味ななりなんですもの」

「そんなあ!ただでさえお背が高くてらっしゃる貴子さんが綿帽子をお付けになったら、ちんちくりんのわたしが、よけい小さく見えてしまいますってば!大丈夫、うちの義姉さまも貴子さまのようにお背がおありになるの。五つ紋の黒振袖、とても似合ってらしたから、貴子さまも大丈夫ですわ」

「…でも、毬子さんには、白無垢はまだ、ちょっと…大人びてやしないかしら…?」

「まあ!おっしゃいますこと。どうせわたしは年相応に見てもらえない、子供顔ですよーだ」

「ほらほら、そうやってふくれる所とか…ね?白無垢では、毬子さんのあどけなさが出ないと思うの。色とりどりの裾模様を流して、長椅子に座って写真をお撮りなさいませよ。私は、その隣に白無垢で立たせて頂きますわ、ね?」

おやおや、ひそひそ声がいつの間にか大きくなって、二人はボーイさんに声を掛けられてしまった。

「ご、ごめんなさいませ…」

「いえ、可愛らしいお話をもっとお聴きしていたいのはやまやまなのですが、何分にも、お二人はお嫁入り前のお嬢様。今少しだけ、お慎みいただければありがたく存じます…」

にこり、と微笑むと(ここのパーラーは、眉目秀麗を採用なさると評判の)ボーイさんは、磨き込まれた銀の盆を小脇に抱え、軽く会釈をして立ち去った。

毬子さんと貴子さんは、檸檬を一滴しぼったお冷やを一口頂いて、ほっと一息つく。

「お話をいくら積み重ねても、埒が明きませんわね…」
「そうね…」

二人は、真顔に戻って、ふふ…と微笑んだ。
痴話喧嘩も、おしまい。
目と目で、合図を送り合う。

「…じゃあ、今度のお休みに、貴子さん、わたしの家においで頂けるかしら?実物を羽織れば、きっとどちらが似合うか、二人とも似合うと思うの」

「え…?!そんな事…お家の方に、どうやってお話なさるの…?」
「一人ずつ、学校の余興で絵姿を撮るから、お着物をちょっと見せて下さらない?って、お義姉さまに頼んでみるわ。同じ学校をご卒業なさってるし、きっと、羽織るくらいはお許し下さると思うの」

「毬子さん、本当に…お写真、二人で撮るおつもりなのねえ…」
感服したように、貴子が言う。

「ええ、断然よ!だってわたし、お嫁入りの時も、こっそり持って行こうと思うの、大切に。人を恋うるってどんな事か、まだよくわからないわたしにとって、貴子さんは、一番近い想いを抱ける方だから…」

大胆な事を口にしながら、だんだん、毬子は声を落とし、代わりに頬を桃色に染めていった。
貴子は、そんな可愛らしい目の前の少女を、今にも抱き寄せたいような心持ちで見つめる。

(つづく)