2013年5月19日日曜日

花嫁御寮とおヨメちゃん(1)

女学生も5年となる頃には、将来の話で休み時間はもちきりになる。

「ね、ご存じ?桜組の西坊城さん、ここの坂の上の公爵さまのご令息におかたづき遊ばすんですって」
「あら、だってお二人は、お小さい頃からの許婚者でしょう?至極当然ですわ」

「それより、藤組の噂のあの方…やっぱり、四年でこちらを中退されて、もうお輿入れだそうよ?」
「まあ、お早い。がんぜない頃から、とても睦まじくてらっしゃると伺っていたけれど、そうなの…」

そんな話題に、ついていけない御令嬢が、ふたり、いた。

一人は、九重 毬子(ここのえ まりこ)。
彼女も噂に上る様々な同級生達とおなじく、知らぬ頃から一族の決めた結婚相手がいる。

「悪い方では、ないのだけれど…」
そうひとりごちて、ふう、と可愛らしいため息をつく。

「好き」という感情が、どうしても、わかないのだ。
結婚を断るつもりなどないのだが、こんな気持ちのままでは、相手の殿方に失礼な気がして。

もう一人は、西桂 貴子(にしかつら たかこ)。
同級生より頭一つ背が高くスマートな彼女には、お熱をあげている下級生も数多い。

貴子は、別に彼女たちとエスごっこの相手役を務めるわけでもなく、いつも一人で窓の外に広がる緑を眺めやっている。無論、彼女にも将来の旦那様は決められている。

二人は、他の誰にも言えない秘密を抱えていた。
いつの間にか、お互いにエスを越えた、ほぼ男女が慕い合うのに似た感情を抱いている、という事を。

だから、他の同級生のように、無邪気にうわさ話の輪に入れなかったのだ。

「ねえ、貴子さん。…どうして、女同士は、結婚しちゃいけないのかしらね…?」
小柄で無邪気な毬子が、黒目がちな大きい瞳をパチクリさせながら、休日のパーラーで小首を傾げる。

そんな事を、いともさらりとあどけなく言ってしまう毬子が、貴子には可愛くてたまらない。

「はるか昔、レスボス島という島があったと聞くわ。…そこでは、女同士でも思うままに恋愛ができたらしいけれど…今更、そんなこと言ってもね…」

ふふっ、と少し寂しく笑いながら、ソーダ水のストローを唇にくわえる貴子は、毬子をぞくぞくっ、とさせる。
(これが、好き…っていう感情なのだわ、きっと)
と、思ってしまう。

「私たち、いずれは親の決めた方のもとへ、嫁いでゆくのよね…」
「ええ…」

二人の悩みなどどこ吹く風と、百貨店のアドバルーンはふわふわ揺れて、飛んでいきたくとも足場を押さえられたまま、空に浮かんでいる。

「…せめて、私たちが嫁ぐ前、睦まじかったよすがでも残しておきたいわ。そう、例えば…」
「写真とか?」
貴子の助け船に、毬子はパチン、と手を叩いた。

「それは、素敵!ねえ、貴子さん。私と貴女の二人だけで、お内緒の卒業写真を撮りましょうよ!」
「…お内緒?」
「ええ。あのね、あの…二人とも、花嫁衣装を着て、そうして写真屋さんに撮っていただくのって、どうかしら?」
「?!」
あまりに突飛な毬子の申し出に、貴子はソーダ水をむせそうになった。

「お着物なら、私の義姉さまがお嫁入りの時にお持ちになった、白無垢と黒振袖があってよ。西洋式のドレスはないから、どこかから調達しなくてはならないけど…。ね、貴子さん、あなた、お着物はお嫌い?」
「ちょ、ちょっとお待ちになって頂戴、毬子さん…。そう、何もかもここでいちどきに決めてしまわなくとも、二人して、もう少し考えてみないこと?」
熱情的な毬子の思いつきを、少し冷まそうと、貴子は声を潜めた。

「…でも…、あまり卒業が近くなると、仲良しグループさん達の記念写真で、写真館はどこも大入りになってしまってよ?もしそんな時、知り合いと行き会ってしまったら、大変だと思うの」
「…うーん…、じゃあ、じゃあね?お互いに、どちらのお衣裳を着たらよいか、そこから考えましょうよ、とりあえず…」

何だか、初めは驚いてばかりの貴子も、毬子に気圧されて、だんだんその気になり始めたようである。

(つづく)