2012年8月29日水曜日

エンゲージ(2)

「鹿乃子…」
和也がこの声音で名を呼ぶときは、すぐわかる。
この後に、くちづけが待っているときだ。
鹿乃子が十四の時は、一瞬触れるだけのくちづけだったが、それからは多くない機会のたび、和也は鹿乃子にいろいろなくちづけを教えてきた。

ゆっくり、唇をあわせるくちづけ。
そっと、口を開いてゆくくちづけ。
そして、和也の舌が入ってくるのを、恥ずかしく受け止めてゆくくちづけへと、二人の愛する行為は進んでいた。

「あ…もう、だめです。和也さまぁ…」
甘えた声で、鹿乃子は唇を離そうとする。
「…なんだか、お胸のあたりが、きゅうんと苦しくなってしまって…」
「感じやすいんだな、今夜は。もっとも、いつものように人目を忍ばないで、思い切り愛し合えるから、かな?」
「んもう…意地悪。でも、本当に、そうなのです…」
「…じゃあ、胸が、どれだけドキドキいってるか、見てやろう」
「えっ…?!」

言うが早いか、和也は鹿乃子の寝間着の襟元をつかみ、腰紐はそのまま外さず、がばりと諸肌脱ぎの形にした。
こんな行為は初めてで、鹿乃子はとっさにどうしたらいいかわからず、胸を隠すのも忘れた。
(本物の御令嬢は隠さない、と聞いたけれど、まさにそうだな…)
和也は、そう心の中で思いつつ、改めて鹿乃子を見つめる。

柔らかく室内を照らす卓上ランプの灯りが、ほんのりと鹿乃子の胸を映し出していた。
「綺麗だな…着物の上からさわらせてもらった時も思ったけれど、背は小柄なのに、胸はとても形が良くて、大きすぎず小さすぎず…想像以上に、俺の好みだよ…」

和也は、そう言いながら、そっと両胸に手を伸ばしていく。
「…あっ!」
こらえきれず、鹿乃子が声をあげると
「…可愛い。そういう声、恥ずかしがらずにもっと聞かせてくれ。ここは四神家の屋敷じゃないんだ。誰も、俺たち二人がどんなはしたない声をあげて、どんな恥ずかしいことをしたかなんて、知る事できないんだから…」

和也は言い含めるように婚約者の耳元へささやくと、片方の乳首を指で転がしながら、もういっぽうの乳首を口に含み、舌先で可愛がった。
「あっ、ああっ、和也さま、和也さまぁぁ、だめっ、だめぇ…っ」
本当に、素直に鹿乃子は甘い声をあげて体をくねらせ、ますます和也を興奮させる。

ひとしきり、胸への攻めが済んだ後、鹿乃子は、妙にそわそわしだした。
もちろん、和也がそれを見逃すわけもなく
「どうした?…まだ、胸が痛むか?」
と、心配そうに聞いてくる。

「いえ、あの…ち、違うの…です」
「うん…?」
「あの、和也様、こちらに関することで、何か分からない事があったら、必ず、和也様に相談申し上げるように…って、おっしゃいましたよね…?」
「ああ。言ったさ。忘れてなぞ、いるもんか」
鹿乃子は、さっきまで乱れていたのも恥ずかしそうに、寝間着の前を合わせる。
その仕草を、目を細めて見つめながら、和也は次の言葉を待つ。

「あの…あのっ、私、この頃…病気じゃないか、って…すごく、変なんですっ」
「どうしたのか?どこか、痛いのか?」
「じゃ、なくて……あの、何て申し上げたらいいのか…今みたいに、くちづけをしたりとか、お胸をさわられるとか、それから、そういう事を考えただけでも……あの、体のうちの、口では申し上げられない所なのですが…その、そこが、変な感じになってしまって…」

これ以上は、婚約者にも話が出来かねる様子で、いつものお転婆さんはどこへやら、寝間着の筒袖で真っ赤になった顔を隠したまま、うつむいている。

一方、聞いていた和也の方も、予想外の相談にすっかり参ってしまった。

(つづくー)