2012年7月3日火曜日

りぼん。(4)

放課後、早くに皆が帰って行った一年藤組の教室で、鹿乃子はぽつんと自分の席に座っていた。
もちろん、美代もだ。

しばらくすると、トントン…と軽やかな足取りが聞こえ、だんだんこちらへと近くなる。

(榎本さまだわ、きっと)
鹿乃子はすっくと立ち上がり、教室後ろの引き戸へ歩いていった。

「良かったわ、待っていてくださったのね?」
優しい声音は、やはりその人。

「こちらこそ、わざわざお運びいただいて、恐れ入ります」
鹿乃子は、感謝の気持ちを精一杯込めて、榎本さんにお礼を述べた。

「…それにしても」
鹿乃子を眺めて微笑む榎本さんに、つい
「はい?」
と、鹿乃子は訊いてしまう。
「こんなにあどけないのに、先程の四年生を相手の応対、剛胆でしたわね。さすがは『四神家』の筆頭、朱雀一族のお嬢様だわ。いえ、女学生にしておいてはもったいない。男装して、近衛兵(ガーズ)のお一人として宮様方をお守りなさって、活躍されても良いほどの小気味良さ」

「と、とんでもありません。私なんてそんな…そ、その、はねっかえりだとは、家でいつも笑われておりますけれど…」
榎本さんの褒め言葉に、鹿乃子は照れてうつむいてしまったが、はっと我に返る。

「あ、あのっ、りぼんのことで、どうしても不思議で、気になってしまって…」

咳き込むように尋ねると、榎本さんは、ほんのり、笑った。

「私も、驚いたわ。皆が皆、次々にりぼんを頭に載せてきたでしょう? 私、お願いも何もしてないのよ、本当に」

「じゃあ、…榎本さまは、どうして一番初めに、りぼんをつけていらっしゃったのですか?」
「ちょっ、ちょっと、鹿乃子さん。そんな、上級生にあけすけな物言いをなさっちゃ…」
美代が止めたが、
「だって、不思議なんですもの。最初の日の榎本さま、とても、凜としていらっしゃいました」
鹿乃子は、言葉が止まらない。

「…ふふ…。本当に、朱宮さまって、まっすぐな方なのね。いいわ。あなた方お二人にだけ、話しましょう。でも、このことは一切、他言無用で願いましてよ?」
「無論!」
間髪を入れずに、鹿乃子は答える。

「じゃあ、お話しますわ。…私ね、この学校に心を寄せている方がいるの。でも、その方はちっとも私の気持ちに気づいてくださらなくて…じゃあ、何か他の方と違う、目立つ印をつけたら、私の方へ振り向いてくださるかも…そう思って、りぼんをつけたのよ」
「はあ…」
「そうしたら、次の日からあの騒ぎでしょう? 私、全然目立たなくなってしまったのよ。皮肉な物ね…」
そう言って、榎本さんは、ちょっとうつむいた。

「でも、りぼんがこんなに広まったのは、榎本さまだったからだと思います!」
鹿乃子は、夢中で返していた。
「他の誰かがしても、こんなに皆が真似をするなんて、ないと思います。きっとそれは、きっと…上手く言葉にできないんですが、榎本さまが『ちゃあむ』をお持ちだからって…思いますっ」

『ちゃあむ…?』

榎本さんが、顔を上げて鹿乃子を見る。

「はい! 皆が榎本さまに憧れていなければ、こんなにりぼんだらけにはならないと思います。だから、だから…いつか、きっと、想い人の方にも、榎本さまの『ちゃあむ』が伝わるって、私、思います!」

顔を赤くして一気にしゃべる鹿乃子に、始めぽかあんとしていた榎本さんは、そのあと、にっこりと大輪のほほえみを返した。

「ありがとう。あなたは直宮様方々だけじゃなくて、私まで護ってくださるのね。…元気が出てきたわ。その方にこちらを向いていただけるよう、頑張ってみます」

「そ、そんな、もったいない! 私なんか、ただの一年生で…」
「ただの一年生なわけ、ないじゃないの。本当にあなた、ただ者じゃないのね」
あわてる鹿乃子の後ろで、美代がため息交じりに呟いた。

(おわり)