2012年7月8日日曜日

「お集まり」(1)

その日は晴天なのに、鹿乃子の心はどんより。
せっかく侍女が二人がかりで着付けた、紅地に御所解を大柄にあしらった錦紗(きんしゃ)の振り袖も、金糸交じりの麻の葉模様の丸帯も、この気分を浮き立たせてはくれない。

「はああ、またこの日が来ちゃったのね…。滅入るわ」

つい、鹿乃子がため息混じりに呟くと、年かさの方の侍女に咎められた。
「んま、お嬢様! そのようなお言葉、御前様や奥方様のお耳に入りましたら、大変な事になりましてよ!」
「だって…窮屈でたまらないんですもの。この日は。女学園に通っている毎日の方が、ずーっと、好き」
「それは、本日がまたとない特別のお日でいらっしゃるのですから、仕方ありません」

侍女のお説教に答えるように、もう一度、鹿乃子は小さくため息。
「全く…何度行っても慣れないわ。『お集まり』って」

『お集まり』とは、「四神家」…直宮家を御護りする役割を代々受け継いできた、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家の面々が、年に数回集まる日のことである。
もちろん、直接に近衛師団(ガーズ)の中心を担う成年男子は、軍部の他でももっと頻繁に会い、「四神会」と称して、酒を酌み交わしながら国内外の情報交換を欠かさぬのであるが。

女、そして子供にとっての『お集まり』は、いささか違った意味合いを帯びてくる。
未成年の男子は質実剛健、文武両道、中には洒脱さを競い合う。

奥方…いや、御令室様方というべきか…や、御令嬢の皆々様には、その日の御拵えから始まり、お茶を嗜みながらの日仏語での華麗なる会話の応酬、女学校に通う年頃ともなれば、勉学や運動の成績比べも加わって。

(うー、嫌だわ。私、ああいう上っ面の社交って、大っ嫌いよ。いつぞや榎本様がおっしゃっていた通り、近衛師団の制服をまとって栗毛の馬で駆けている方が、どれだけ気持ちいいだろうかしら!)

さすがに、鹿乃子もこれ以上侍女を嘆かせたくはないので、この台詞は心の中だけに留めた。

「お嬢様、お支度は調い遊ばしましたか。車寄せに、運転手の片桐がお待ち申し上げております」
別の侍女が、鹿乃子の支度部屋のドア越しに、声を掛けた。
「有難う、今まいります。あなた方も、朝早くから綺麗に着付けてくれて、有難う」

位の貴き家の人間ほど、その家に仕える者たちの労をねぎらい、大切に接するように…。

四神家すべてに、代々伝わる家訓のひとつである。

何度聞いても、仕える者にとって当主家の方々のこのねぎらいは嬉しく、とりわけ鹿乃子の態度は情があり、また女学生になっても愛くるしいままだと、使用人たちは彼女を幼い頃から敬愛してきた。
(つづく)