2012年7月10日火曜日

「お集まり」(2)

「朱宮(あけのみや)、蒼宮(あおいのみや)、玄宮(くろのみや)、白宮(しらのみや)…か。はああ…」
片桐が白手袋に制服姿で運転する、黒の外国車。
総革張りの後部座席にゆったりと座りながらも、鹿乃子はまだ往生際が悪かった。

「先程から、何をそうぶつぶつとおっしゃってるんですか、お嬢様? 本日は、折角の『お集まり』ではございませんか」
片桐の他に、ただ一人この車に乗ることを許されている使用人、鹿乃子付きの侍女頭、春野が不審そうに尋ねる。

鹿乃子が朱宮家に産声を上げたときからの侍女なればこそ、春野は他の侍女より遠慮もなく、鹿乃子の変化にも気づきやすい、なかなか油断ならない存在であるのだった。…裏返せば、これ以上頼りになる使用人はいない、という事なのだが。

「ねえ、春野」
「何でございますか、お嬢様?」
「あなたは、『お集まり』の、いったいどこがいいの?」
鹿乃子は、かなり本気で訊いた。

「まあ! たくさんございますわ。何から申し上げたらよろしいでしょう…近衛師団(ガーズ)の殿方の凛々しさ、御令室様方の贅を凝らしたお美しさ、ご子息様方はお健やかでご利発、お嬢様方は可憐で香り立つような花が今や咲かんとする風情。それから、実は、私ども下男や侍女ども、使用人同士が旧交をあたためさせていただく、数少ない機会でもございまして…」

うっとりと中空を見上げて夢物語のように語る、春野。
いいなあ、と、鹿乃子は思う。
こんな風に自分も考えられたら、「お集まり」がきっと楽しく感じられるのだろうに。

「春野…あなた、なかなかの名文家ね…。今度、どこかの婦人雑誌の懸賞小説に、何か書いて出してご覧なさい。いい線いくと思うわ、本当よ」

そう侍女頭へ感想を述べてから、何か少しでもいいところはないかしら、と、鹿乃子は考えた。

(近衛師団なら、大好きな叔父様方や、成年になられてめったにお話できなくなったけど、一番気心の知れた和也お兄様がいらっしゃるのよね…。
それに、金モールの着いた師団の軍服、手入れの行き届いて可愛らしい馬たち。
…きょう一日、ずっと近衛師団のお部屋にいられたらいいのだけど…、きっと、大事な大事なお話の邪魔だって、放り出されてしまうわね)

その次にいいことはないか、考えてみる。

(成年前のお兄様たちとは別席だから、これは論外ね。
となると、やっぱり…女子供の「お集まり」へ入るしかないわねえ。

玄宮のお家の、一つ年下の双子ちゃん。梅子ちゃまと桃子ちゃまなら、大丈夫。なついてくださってるし、お二人とも明るくて茶目さんで、とても可愛らしいし。

後は…ずっとお姉様になるけれど、もう女学校をご卒業された、白宮家の蕗子さま。あの方は物静かでいらして、ほとんどお声もうかがったことはないけれど、いつもほんのりと笑顔でいらして。
確か、今はお裁縫やお茶にお花、花嫁様になるためのご修養をお積みだとか…。)

さて。
ここで、鹿乃子の思考は、ぴたっと止まった。
同時に、片桐の踏むブレーキも、計ったようにぴたり、と止まる。

着いたのだ。
今回の「お集まり」の場所となる、蒼宮家に。

そして、この家にこそ、まさに鹿乃子の憂鬱の種となる御令嬢がお住まいなのであった。

(つづく)