「全く…このところ、普段の手入れの他に、余計なケアが必要になる事が多くて、困ること」
珍しく、ぶつぶつと呟きながら、私服に着替えたすみれは、銃を整備していた。
今日のきものは、一応客人が来ているので、数少ない赤縞の入った唐桟。
これも母譲りの逸品ゆえ、汚さぬよう、割烹着を上につけて作業をしている。
「うふ…」
「?どうしたの、可奈子。私、何か変かしら?」
傍で、昨日すみれが着ていた銘仙を一日ぶりに衣桁から外し、たとう紙に畳んでしまいながら、可奈子は微笑んだ。
「いえ…いつも思うのですが、まだ女子校生のすみれ様が、そんな奥様のような格好をしているのが、何だか、かえってお可愛いらしくて…」
「まあ、からかって。嫌な娘ね?」
返事をしながら、すみれもクスリと笑う。
「…確かにね、いま私がお針仕事でもしているのなら、どこかの奥様にでも見えるでしょうね」
でも、正座したすみれの膝の上には、油が染みこんだ布が幾重にも敷かれ、その上では短銃がいつでも性能を発揮できるよう、磨き込まれていた。
…さすがに、こんな事をしている若奥様めいた十代の娘は、任侠をひとつの道にまで極めさせた国の中にも、何人もいないだろう。
「おやおや、楽しそうですね?」
突然、聞き慣れない男の声が、障子越しに響いた。
もうほぼケアは終わったとはいえ、膝の上の銃を使うことは不利になる。
すみれは、瞬時にそう判断した。
左手で、博多献上の帯にたばさんであった懐剣をスルリと抜き、体の前にかざしながら、音もなく部屋の後ろへ素早く下がる。
床の間へ飾ってあった長刀を右手で持つと、そのまま声のした方へ燃えたぎる視線を当てた。
可奈子自らも、すみれから託されたデリンジャーを胸元から出して、同じ向きに突きつける。
こちらは逆に障子近くへ忍び足で寄り、女主人である三代目の部屋へ一歩も不審者を入れぬよう、身構えた。
(それにしても…)
さっきの、すみれの動きの素早さと、すぐさま変わった表情に、可奈子は今更ながら驚いた。
(あれは…あの動きは、肉食獣が相手を襲うときと同じだわ…敵が一瞬でも動いたら、途端に飛びかかり、喉笛に食らいついて倒してしまうような…何と、お凄い…)
「まあ、お二人とも、そう殺気立たないでください。三代目さんとは、先程ご挨拶申し上げたじゃないですか?」
障子の向こうの男は、ガラス越しにこちらの娘二人を見ているかのように、話しかけてくる。
「…ここは、組とは関係ない、私事(わたくしごと)の建物。貴殿の立ち入る所ではございませぬがゆえ、こちらが驚くのは至極当然。加えて、他人の家を訪ねておきながら、自ら名乗ることもできぬような性根の持ち主に、こちらから何を申しましょうや!」
すみれの、普段より低く恫喝するような声に、例えではなく本当に、障子紙がびりびりと震えた。
「困りましたね。…余程、警戒心がお強い方と見える」
動ぜず話を続けようとする男に、すみれはカッと目を見開き、懐剣を後ろに擲って長刀を本格的に構えた。
(肉食獣よ…美しすぎる、恐ろしい肉食獣…)
可奈子は、デリンジャーの照準を会話から割り出して合わせ続けながら、すみれの妖艶さに、ぞくりと背中を震わせた。
(つづく)