2013年7月15日月曜日

極道めずる姫君(9)

障子の向こうに立っているだろう、滝川の次期は、煙草を咥えて灯を点けたようだ。
今では懐かしい、紫煙の香りが辺りに漂う。

「…部屋に、煙草の匂いが付きます。お止め下さいまし」
日本刀を真っ直ぐに構えたまま、すみれは言った。

「無粋な方だな。…ろくにお顔も拝見できないからこそ、貴女の部屋へ自分の残り香を置いていきたかったのに」
「笑止な!」

「まあ、そうおかんむりにならずに。せっかくの美少女との噂も台無しですよ。…いや、『極道めずる姫君』…そう、下の者に呼ばれ、慕われているそうですが…自分では、役不足ですか?」

「それは他人が勝手につけた異名(ふたつな)。お返事申し上げる必要はございません」

「…では、貴女が艶な彫り物を自ら進んで身に纏い、うら若き一生を任侠に捧げるとの噂は?」

実際の立ち位置こそ離れてはいても、ずけずけと、この男は言葉で不作法に上がり込んでくる。
…虫酸が走る。

「…お帰り下さいませ。これ以上、貴殿がそこへお立ちのままなら、青鳳会三代目 蒼 すみれ、怒りに任せて我を忘れ、何をしでかすか、我ながらわかりませぬ!」

恫喝、とは、こういう声のことを指すのだろう。
怒りのあまり、不動明王もかくや、というほど、すみれは全身を怒りで熱く滾らせていた。

可奈子は、目をむいてすみれを見つめる。
初めて、心の底から、自分の仕えている同い年の少女を、怖い…と、思ったから。

「…やれやれ、分かりましたよ。障子も燃え上がりそうな貴女の殺気と、今の自分は戦う気がないですから。ただ、覚えておいて下さい。…貴女をさんざん怒らせた男の名は、『滝川 涼一』…とね」

「忘れましたわ、たった今」

吐き捨てるすみれに、楽しげな笑い声で応えながら、滝川 涼一は廊下を歩いていき、その足音は、だんだん遠くなっていった。
その足音が耳を澄ませても聞こえないのを確かめると、すみれは、日本刀を床の間へ戻し、背後へ抛った懐剣を拾うと鞘に収め、再び博多献上に忍ばせた。

「…まあ、可奈子?」
その途端、すみれは何かに気づいたような表情をし、それから、くっくっと笑い出した。

「ど、どうなされたのです?すみれ様?」
気が緩んで、お心が錯乱でもされたのかと、可奈子はびっくりして傍へ寄る。

「見てごらんなさい。私の、この格好」
すみれは、滝川が来る前と寸分違わぬ、割烹着姿のままだったのだ。

おそらく、とっさに割烹着の裾をまくって手を入れ、懐剣をつかんだのだろう。
そしてそのまま、日本刀を持ち、障子の向こうを見据えながら、じっと構えていたのだ。

「良かったわ、障子を開けられずに済んで…こんな姿、見られたら何を言われるか、分かったもんじゃなくてよ?」
「…で、でも、長いお袖のまま、襷を掛ける暇もなかった事ですし、かえって…よろしかったかも…」
可奈子は、懸命になだめようとする。

「だけどねぇ、青鳳会の三代目が、割烹着姿で…可笑しくないこと?」
さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら、すみれは、しばらく小声で笑い続けていた。

(つづく。…って、このお話、考えてれば、いつまでーも続きそうなんですが…)