2013年7月7日日曜日

極道めずる姫君(5)

「すみれ、判ったぞ、今朝の騒ぎの理由が」
「えっ」

着替えている間の突然の展開に、さすがのすみれも真っ直ぐに祖父と父を見つめ、我知らず声を上げていた。

「中国地方にな、初代が戦後の闇市を仕切っていた頃、同じように港湾業で荒くれ者を束ね、ちょっと名の知れた男の創った組があるんだ。そこの下っ端が、若気の至りでお前の腕前を探りに来た、と言うことらしい…」

父の言うことを、黙って聞きながら
「それにしても…私は今朝一人、そちらの方を殺めてしまいました。その事が…」
と、すみれは心底すまなそうに言う。

「だが、先に手を出してきたのは向こうだ。お前は何も気にすることはない」
初代組長である祖父が、きっぱりと言い、それで朝の出来事についての話はすんだ。

「でも、どうして私を、そちらの組の方が狙ったのでしょう…?」
すみれは、率直に疑問をぶつけた。

すると、祖父と父がちら、と目配せをし、ややあって、二代目である父が話し出した。

「いや、それがどうも…お前の気っ風と腕前を、試しに来たらしい」
「どうしてですか?私は、そちらの組に何もご迷惑をかけた覚えはございませんが…」

「ありていに言えばな、見合い、だよ。すみれ。向こうの組…滝川一家が、次期の女房を捜す年頃になってな、そこで古い知己のわしと、その孫娘を思い出した、というわけだ」
初代の言葉に、すみれは驚いて、言葉もなかった。

「どうだ、すみれよ。お前も高校に三年も通い、条例に背くことなく、つい先日自分の意思で刺青を彫った。極道に骨を埋める覚悟なら、一度、滝川の次期組長に会ってみる、というのは…」

「せっかくですが…お断りいたします」
すみれは、きっぱりとはねつけた。

「何故?悪くない話だと、わしは思うが。東西の勢力構図も変わり、一層素人さんに迷惑を掛けることなく、裏稼業に専念できるというもの」

「…私は、確かに極道と結婚した覚悟です。その思いに変わりはありません。しかし、それはこの青鳳会の三代目となり、組員(こども)達を守っていくからなのです。…ですから、他の組へ嫁ぐ事なぞ、一切考えておりません。この組の存続を考えていくなら、養子を取っても構いません」

すみれの黒目がちの瞳に、光が宿る。
この瞳は、出入りに赴く時や、相手に啖呵を切る時、そして表社会を平穏なままに守るため、やむなく銃や日本刀を敵の組員に向ける時のものである。
普段は、こんな瞳は、全くしない。

初代も二代目も、それを十分承知していたので、この場はこれ以上の話をやめた。

「…だが、考えておいてくれよ、すみれ。…それから、今朝の立ち回り、滝川の者達が想像以上のものだと、度肝を抜いていたそうだぞ」

「…それほどのことは、いたしておりません」
すみれが、静かな口調と瞳に戻り、返事をする。
「帰宅早々、呼び出して悪かったな。お前の好きな、銃の手入れの時間も減らしてしまった」
「恐れ入ります」

すみれが正座姿で頭を下げる前を、祖父と父は何やら話し込みながら歩いて通り過ぎていった。

実は。
すみれには、もう一つ、この青鳳会を出る事をためらう理由があった。
小さな頃から姉妹のように育ち、今ではすみれの身の回り係として、一切を取り仕切っている少女、可奈子がいる。
いつの間にか、すみれと可奈子は、人目を忍ぶ禁断の関係を結ぶようになってしまっていたのだった。

その夜も、彫り師の先生や理事長先生の禁を破るぎりぎりのラインで、すみれは離れの自室に可奈子を呼び、いつもよりやや控えめながら、互いの体に何も纏わず、睦み合い始めていた。

(つづく。男とは結婚しないけど百合、ってずるいかな~?)