2013年7月14日日曜日

極道めずる姫君(7。健全に戻りました~)

滝川からすみれへのアプローチは、存外早く訪れた。
登校中に組員がさんざんのされた情報を知っているだけに、次期が直接青鳳会を訪れたのだ。

無論、その気などさらさらないすみれには、そんな話は聞かされておらず、いつも通り他の生徒が皆帰るまで理事長室で学習し、迎えに来てくれた自分の組の車に乗って、帰宅した。

「…今日は正直、組員一同、三代目をご自宅へお連れしたくない気持ちなんですよ…」
後部座席で、すみれの隣にいつも座っている若頭が、ぼやくように呟く。

「まあ、貴方がそんなこと言うなんて、珍しいわ。…どうしたの、家で何かあったの?」

「いえね、…滝川の次期が、車を飛ばして、いまウチの組でお嬢さんを待ってるんです」
「え、なんですって? …おじい様ったら、あんなに嫌だって、私、申し上げたのに」
「でしょう?お嬢さん。そうですよねえ?」

すみれの返事に、車内の組員が一斉に色めき立った。

「当然です。私は極道と結婚したと言っていますが、それは青鳳会と結婚したと同じ事。いくらおじい様が若い頃に恩義を受けた相手と言えども、私は他の組にゆく気はございません。…せっかく一生の覚悟を決めて彫っていただいたばかりの龍に、恥をかかせるのと等しい行為」

「お嬢がそう言ってくださると、こちらの若い者も、ホッとしますぜ」
「しかしな…」
若頭は、ぽつりと続ける。

「任侠道は、上の者が白と言えば、黒いもんも白い。黒いと言えば、白いもんも黒い。それで規律が保たれてるもんでさあ。…いくら三代目といえど、初代や二代目の言いつけに、どこまでお背きできるものか…」

「やってみなければ、わからなくてよ。私、何もしないうちからうじうじするの、大嫌いなの」

典雅な物腰には到底似合わない、啖呵にも似た強い口調と迫力に、車中は口をつぐんだ。

青鳳会の門前には、いつも整然と黒塗りの国産車が並び、ガード役の若い組員が無言で、姿勢を崩さぬまま立っている。
今日はその中に、黄色いコルベットのオープンカーが異彩を放って一台停められ、他の車と同様にガード役の組員が立っていた。

先日の朝を思い出し、車から降りる前に、すみれはポーチから自分の短銃を出しておき、サイレンサーと安全装置を外す。
「鞄は、今日は誰かに持って行ってほしいのだけど…いいかしら?弾丸は入ってなくてよ」
「了解です、お嬢さん」

いつものように組員たちに囲まれながら、いざとなれば自分が今まで乗っていた車のドア越しにコルベットを狙う覚悟で、すみれは玉砂利の敷かれた入り口に足を下ろした。

玉砂利の音が、静かすぎる外門に響いた瞬間。
コルベットの横に立っていた見張り役が、すみれ達に向けて銃口を構える。

一瞬早く、銃を持った彼の右手を撃ちぬいたのは、やはりすみれだった。
他の、車をガードしている若い組員達が、素早く交互を見る。

「…大丈夫。死にはしない程度にしてあげておいたから。…次は、手加減する気ないけど」

コルベットの横に倒れ込む男を、冷ややかに上からの目線で眺めながら、すみれは自分の組員たちに囲まれ、屋敷へと入っていく。

「すげ…」

実際にすみれの射撃の腕を見た者は、意外に少ない。
それは彼女が無駄撃ちをしない事と、なかば伝説になっているすみれの射撃の正確さを、なかなか見る機会がないからである。

その意味で行けば、今日、青鳳会の駐車場ですみれの腕前を見た者は、運が良かったろう。
技術に舌を巻き、相手になろうという気は失せ、それぞれの組に戻れば、すみれの武勇伝をDVDの再生よろしく皆に語って聞かせるだろうから。

普段通りに初代と二代目へ帰宅の挨拶に赴くと、見たことのない青年がいた。
さっき見た車とガード役には意外と似合わぬ、まっとうなスーツ姿の二十代半ばほどであろうか。

「…ただいま、戻りました」

すみれは、故意にその青年を無視して、祖父と父に両手をついて報告する。

「…すみれ。お前らしくもない。客人が同席しておるのだぞ。そちらへ先に挨拶するのが筋だろうが」
二代目に促され、すみれは正座のまま畳の上で膝をにじり、初めて見る青年の方へ体を向けた。

「失礼いたしました。青鳳会三代目、蒼 すみれでございます。…黄色のコルベットは、お客人のお車でございますか?」

「あ?…ああ」
自分の名前を聞かれると思っていたその青年は、やや拍子抜けしたように返事をする。

「車の警備をしておりました者が、私に狼藉を働こうといたしましたため、やむなく彼の右手を撃ち抜かせていただきました。ご無礼申し上げます。…では、これにて失礼をば」

「なんと、すみれ、それは事実か」
「はい。でなければ、ドア越しに、私が彼に撃たれていたことでしょう」
「手当は?」
「さあ…。私も、後のことは下の者に任せて、まずはお二人に帰宅のご報告をと思いました故」

さらり、と言い放つすみれは、客人の名前すら尋ねる気などないように、普段通り自室へと戻っていった。

「はねっかえりで…失礼ばかりいたして、申し訳ない、次期どの」
二代目である、すみれの父が恐縮して頭を下げる。

「いや、あれくらい気位が高くて、腕に覚えのある女性のほうが、こちらも口説きがいがあるというもの。…面白くなってきましたよ…」
オーダーメイドのスーツに身を包んだ青年は、勧められた座布団の上で正座しながら、声を上げて笑った。

(つづく)