2013年7月6日土曜日

極道めずる姫君(4)

下校時刻も過ぎ、辺りがすっかり暗くなった頃、すみれは理事長室で行っていた復習を切り上げ、礼を言って部屋を出た。

窓のサッシ側を通らぬように、教室側に寄って歩くのが癖になっている。
さすがに、学校のガラスを全て防弾ガラスにするわけには、いかないので。

ロッカールームで鞄の奥に仕舞ったキーを取り出し、ポーチごと短銃を取り出す。
「ふう…」
毎日の事ながら、すみれがほっとする瞬間だ。

生まれた家のゆえに、銃で自らを守ることが当たり前となっていた。
なので、すみれにとってこのポーチの中身は、自分の一部であり、信頼のおける存在なのだ。

ポーチを、鞄に入れる。
朝の事を考え、今日は鞄の蓋のすぐ下に忍ばせて、昇降口を出た。

いつも通りに、家の…組の若い者が、車で迎えに来てくれている。
素早く、飛び込むように、すみれは後部座席に乗り込んだ。

「…ありがとう、いつも毎日。…朝、あんな事があったけれど…組の誰かに、何か、変わりはなくって?」
声を掛けられた助手席の若い者は、辺りを警戒するように、前方を見つめながら
「お嬢さん、こちらこそご心配ありがとう存じます。…それが…」

「どうしたの?何かあったの?」
「…いや、その逆なんですよ。朝の始末をして以来、どの組もどの鉄砲玉も、動く気配がないんです」
「え…?」
「それじゃ、一体今朝のアヤつけは何だったんだ、って…昼中、組でも持ちきりでした」
「まあ」

「組長だけでなく、今回は御前様まで、それぞれ交友のある組に問い合わせなさっていたようなんですが…どうにも…はあ」
「まあ、おじいさままで?余程、珍しい事なのですね…」

そんな情報を聞いているうち、高級車は、青鳳会の広々とした玄関前の駐車場を通り、茅葺きの外玄関の門へ横付けされた。
車は、朝と同じ色で気取られぬよう、帰りは白の物に変えられている。

助手席の組員が急いで車外へ出て、他に同乗していた組員達も、運転手を残してすみれの降りるドア前に立ち、囲むようにして守る。運転手は、不測の事態にはすみれを乗せ、逃げるために、あえて降りずに周囲へと目を光らせていた。

「ありがとう…皆」
朝、銃で頬のすぐ横を撃たれそうになったとは思えないほど、おっとりと、すみれは微笑む。そうして、運転手にも目配せで礼を伝えると、黒の高級スーツに身を包んだ男達に囲まれたまま、自宅へと続く門をくぐっていった。

「くーっ、青鳳会の三代目さんは、いつ見ても超マブで、すげえいいよなあ」
「俺らの組にも、ああいうお嬢様がいたら、俺、いつでも鉄砲玉になるんだけどよぅ」
青鳳会へ客として招かれた親分や幹部を待つ、他の組員達は、見とれながら呟いた。

「おじい様、お父様。ただ今、すみれ戻りました。…着替えさせて頂いてから、再びお目見えさせていただいて、よろしいでしょうか?」
普段通りに、20畳はありそうな和室で、すみれは正座して帰宅の挨拶をした。

「怪我は、なかったのか?」
父である二代目の問いに
「はい、おかげさまで、何も…」
と、すみれが頭を下げたまま答えると、
「理事長からも、朝のうちに話を聞いとる。ま、この辺りの地回りなら、男勝りのお前に本気で銃を向けてくる馬鹿者など、いないだろうて」
はは…と、祖父である青鳳会初代が、大笑いした。

そこで、初めてすみれも顔を上げ、
「まあ、おじい様ったら…」
と、孫らしく頬をぷっと膨らませてみせた。

祖父は、一人きりの孫…他にも何人かいたが、みな抗争で命を落とし、ずば抜けた能力で生き抜いている…のすみれを、溺愛に近いような可愛がり方をしている。だから、すみれも初代には、少々甘える方が喜んでくれることを知っていて、そんな仕草をしてみせたのだった。

「では、失礼いたします…」
そうすみれは挨拶して、自室へ戻る。制服をハンガーに吊し、ブラシをかけると、部屋の片隅にある桐製の和箪笥を開け、縞のお召を着ると、朱に近い赤の花を散らして染めた名古屋帯を締めた。

別に、家が任侠道を生業としているからではない。
自らも毎日和服を着ていた母が、小さい頃から毎日着付けてくれていた。
そのうち自分でも着付けを覚え、母が病を得て程なく亡くなってからは、もうすっかり一人で和服に着替え、自宅で過ごすことに慣れてしまったのだった。

(朝、久しぶりに銃を使ったのだったわ…。学校前での出来事は、事実の報告を手短にすませる程度にして、銃をしっかり整備しておかなくちゃ。また、近々使わないとも限らないし…)

半襟と揃いの、うっすらと紅色がかった足袋の音も静かに、すみれは再び広間に戻った。
しかし、そこで聞かされた話は、すみれにとって、すぐに銃の手入れを許してくれないような、思いがけない話であった。

(つづく…久しぶりに書けたよ~ん)