2012年4月25日水曜日

それってどうかしら。(後編)

「…やはり、私は、そちらの方面に進む気はありません」
自慢のアルトで、千紗は、片桐(新米女)先生に、きっぱりと返事をした。

「どうして? あなた、自分の才能を、惜しいと思わないの?!」
…マージンでももらう約束してんのか、この新米野郎はっ。
「正直…普通のレベルの人よりは、下手ではない方だと思います。努力もしていますし」
「じゃあ、なおさら…」
言いかける片桐の言葉を塞ぐように、千紗は言った。

「今の私の人生プランの中に、声優という選択肢はないんです。他にしたいことがあって」
え、ええっ、それ、私も聞いたことないよ?
ちょっと、正座して聞こうっと。壁の曲がり角だけど。

「声優というお仕事は、確かに人気がありますが、不安定なものだと感じています。一生続けられるものではないと思いますし、ポリープでもできて入院、手術となったら、その間は無給でしょう。
…私は、もっと堅実に、毎月決まった額のお給料をいただけるような職について、その上でボランティアとして今の朗読を生かしていきたいと思っているんです…」

すげえ、千紗。
生徒会の選挙演説より、もっと説得力あるよ、今の言葉。
だってほら、片桐が急に黙り込んでるもん。

しばらくの沈黙の中、片桐は重たげに口を開いた。
「…分かった。それだけあなたの意志が固いのなら、もうこの話はしないわ。…じゃあ、最後に一つだけ、質問させて?」
「…はあ…」

「あなた、この若さでどうしてそんなにしっかり、人生設計立ててるの?」

「…それは…」
そこまで言うと、急に千紗は、曲がり角に隠れていてわからないはずの私をちらり、と見て
(もちろん、私は完全に見えないようにしていたから、びくぅってしたけど!)
「…それは、一生いっしょにいたくて、食べさせていきたい人が、もう、いるからです」

と。
はっきり、言った。

え、えええ、えええええええええ??!!

それって、それって…
かなりかなり、私的には衝撃的に嬉しいんだけど、…どうかしら。

(おわり)