2011年2月5日土曜日

双子ぢゃなくってよ。(其の十)

さて、待ち焦がれた土曜日、帰宅してお昼を頂くのもそこそこに、珠子さんは夕べから支度してあった小豆色の麻の葉模様の縮緬に、錦の袋帯。鹿の子の帯揚げもふうわりとめかし込んで、絹江さんのお宅へお出かけ。
たけがその後から、いつものように小走りで、西洋の焼き菓子が詰まった風呂敷包みをおしいただき、それぞれの人力車へと乗り込む。
(人が人を走らせる人力なんて、本当は、わたし嫌い。いっそ馬車を御するか、一人駆けさせてみたいわ。
きっと小気味よいでしょうね…絹江お姉様の所にも、そうしたら何時だってゆけるのに)
そんな事を考えながら、いつもより気持ち窮屈な着心地で揺られているうち、甘露寺の邸宅へ到着した。

「まあ、おすごいお宅…」
はしたないと存じていても、つい、珠子さんは声を漏らした。
自宅の御堂家は、ご一新後に建てた、和洋折衷のこぢんまりした建物と、園丁に任せた花園。
でもこちらの甘露寺家は、ご門に弓矢の跡がまだのこっていそうな、しっかりした土塀に囲まれた大きな庭園が、鳳凰の翼を広げるように建てられた、日本家屋を包むように覆い込んでいる。

「たけとこなければ、迷子になるところだったわ」
「オヤ、お素直でらっしゃいますね。いえ、このたけも、昨夜こちらにお勤めのきよ様に、女学院でお会い遊ばしていなければ、とっくのとうに迷子になってございましょうよ」
門から正面玄関までは、玉砂利を踏んで歩く。毎日編み上げ靴を履いて通学するのに慣れた珠子さんには、草履に足袋がややじれったい。

すると、正面から
「ありがとう。おいで遊ばしたのね、嬉しいわ」
サクサクと玉砂利を踏む音も軽やかに、榛色の地に御所車の友禅をお召しになった絹江さんが、お迎えにいらした。
「わァ、絹江お姉様!」
突然にお姿を見られたことが嬉しくて、つい思ったままを口に出した珠子さんだが、すぐそばのたけがコホン、と咳払い。
「…本日は、お招き遊ばしまして、誠に恐悦至極に存じ上げます。御尊父様を御始め、ご家族の皆々様にもごきげんよう、存じ奉ります」
改めて、珠子さんは教えられたとおりの口上を述べなさる。