2011年2月2日水曜日

双子ぢゃなくってよ。(其の九)

お部屋の卓上に、小さな花瓶。
そこへ今朝頂いた三色すみれを生けて、ぼうっと珠子さんは見ている。

帰り、たまたま昇降口で絹江さんと行き会い、一緒に帰りましょうか、というお話になった。
「でも、わたし、侍女がいつも人力車に乗って、迎えに来るんですの。だから…」
珠子さんがそう話すと、絹江さんはちょっと残念そうな顔をなさった。が、すぐにパッと頬を輝かせて
「なら、今度の土曜日、学校が引けて一度お帰りになってから、私の家へ遊びにいらして? ね?」
と、話し出された。

「え、ええと、母に聞いてみませんと、何とも今は…」
「あら、そうね、珠子さんの名字は御堂さん。お家の方のお許しが無ければ、矢鱈にお外へは出られないお家柄のはずだわ。ごめんなさいね、お気安く誘ってしまって」
「そんな。絹江さんこそ、甘露寺といえばこの辺りで知らぬ者のない旧家のお嬢様でいらっしゃるはず…」
自分の家を自慢したかと誤解されるのが怖くて、あわてて珠子さんが話すと
「いいえ、家なぞ大したことなくってよ。だから、お気軽にお誘いできるのだわ。ね、お許しをもらってきて頂戴ね。きっとね」

いつの間にか、校門の所まで二人、話しながら歩いてきていた。塀の少し先には、たけの乗った人力車が見える。
(今日に限って、どうしてこうお迎えが早いのかしら…)
少しだけジレジレした心持ちになりながら、珠子さんは絹江さんと別れの挨拶を交わした。

珠子さんが人力へ向かいながらふっと見てみると、校門の辺りのあちこちで、同じように話し込んだりノートを手渡したりしている、上級生と下級生が何組も、あった。

(やっぱり、これって『エス』なんだわ…。わたしと絹江さんも、この方々と同じように見られている。そうして、まぎれもなく、同類なのね…)
少しずつ自覚が芽生えてくると、ちょっと大人びたような気がした珠子さんなのだった。

家へ帰って、紺地に紙風船柄の伊勢崎銘仙に着替え、珠子さんは土曜のお話をお母様へ切り出した。
すると、事の他すんなりとお許しを頂き、その上
「甘露寺様とおっしゃったら、お公家さんの血をひいていらしたお宅ではなかったかしら。手ぶらに普段着で、というわけにもいきませんわね。さっそく、たけに頼んで西洋菓子の折をみつくろってもらわないと。それから、珠子さんも。家にいるように銘仙やお召に三尺帯で、お邪魔するわけにはまいりませんわね。上方の伯母様から頂戴した友禅や縮緬がよろしいかしら、それとも洋装になさる…?」
とまあ、『遊びに行く』の範疇を越えた大仰な話になってしまい、
「なんだか、よくわからなくなっちゃったわ…たけとお母様のいいようになさって頂戴」
とだけ答えると、ふらふらと自室へ戻ってしまったのだった。

「ねえ、三色すみれさん。お綺麗だからみとれる、お優しいからお話する、お慕わしいからずっとずっと一緒の時間を過ごしてお遊びしたい。…そう単純には、物事、行かないものなのかしら?」
珠子さんは、小さな花瓶に生けられた、絹江さんからの三色すみれに話しかけていた。

三色すみれの花言葉は「物思ふ」「恋の想い」とも。
珠子さんは知らずとも、絹江さんはその花言葉を果たして渡した時に知りたりや、はたまた否や?