2011年1月2日日曜日

いちごボーイ(6)

ダンス授業後の一件の後も、特に私といちごちゃんの間柄は、変わらなかった。
…そう、クラス内、校内では。
「おとりまき」が嫉妬丸出しで変な気を起こしては困ると、いちごちゃんが気を遣っていてくれたおかげらしい。

ちょっと変化があったのは、電車通学の行き帰り。
私の姿を認めると、さりげなく近づいてきてくれては、他愛ないおしゃべりをしてくれるようになった。

それが嬉しくて、でも、彼女みたいに器用にはできなくて、私も、英単語や古文の小冊子を手に、いちごちゃんの方へそうっと寄っては、語句の意味を聞く振りをして、話を少しずつするようになった。

「私ね、変わりたいのよ。どうってまだ分からないんだけど、とにかく、今の自分に安穏としているのが嫌」
完璧にしか見えないような居ずまいで、いちごちゃんはつかえを一気にはき出すようにしゃべる。

「…じゃあ、私と入れ替わって…? 勿体ないわ、そんなに綺麗だし頭もいいし、それに…」
言ってから、それは不可能だと改めて思い知らされて、自分で落ち込む私に
「いいわよ。私、金沢さんになら、入れ替わってもいい。落ち着いていて、まじめで、他人にぶれなくて」
「そんな、…買いかぶり過ぎよ、私なんか…」
「そうかな? 少なくとも私は、本心でそう思ってるんだけど」

いつの間にか、季節は青葉と五月雨の頃に移っていた。
先だって返された中間考査では、体育(ダンス)で私にとって小学校以来最高の点がついていて、驚いた。
そして、制服は冬から夏への移行期間。
セーラーから胸当てがなくなり、薄く薄く浅葱色が入った服地に、濃紺の取り外し自由な水兵襟には、このあたりの学生や地域の方々に憧れのまとの、純白のラインが二本。たっぷり布地をとったスカーフは学年別に色分けされ、私といちごちゃんは、一年生の白だった。
夏服も、いちごちゃんのためにデザインされたかのような、清潔で爽やかな色合い。
隠れたおしゃれなのか、標準服のストレートなブラウスのラインよりも、ちょっとダーツを両脇にとって絞り、ただでさえ華奢なウエストラインが、この上なく優美に見える。

「こんなにセーラー服の似合う素敵なひとが、男子扱いされてたなんで…信じられない」
「え? …ありがとう。金沢さん、独り言だったんじゃない? 今の。…でも、嬉しいな」
昇降ドアの長いスチール棒につかまりながら、私の真っ赤な顔をのぞき込んで、いちごちゃんは、バカにしないでにっこり、微笑んでくれた。

…そして、一番変化が大きくて困ってしまったのは、私の心の中の嵐だった。
あの、社会科資料室の一件から、私のいちごちゃんへの思いは、どんどん邪に傾いている。

一瞬の、抱きつかれたときの香り。押しつけられた(故意でじゃないだろうけど)胸の柔らかさ…スリムだと思っていたのに、予想以上のボリュームと形の良さが、私の頭からはなれなくなってしまった。

私は…痩せてるとはとても言えないけど、でも太ってるわけでもないので、胸はいちごちゃんより、サイズ的にはあると、思う。でも、あんなにつんと引き締まって、でも押し返してくるような弾力があって…
『大きければいい、ってもんでも、ないのよねぇ』
お風呂場で、着替えで、一人の寝室で、そんなことばかり考えるようになってしまった。
『ブラで、横を寄せるやつ、買おうかなぁ…』
ふっと口にだしてから、はっと自分のエロ思考に気づき、ぶるぶると首を横に振りまくる。

あー、そして、エロ思考と言えば。
毎晩、いちごちゃんのことを考えないと、私、眠れなくなってしまった。

頭の中で、社会科資料室の事をトレスする。
だけならばともかく、週末で宿題や復習に余裕がある時は、その後を勝手に想像するようになってしまった。
つないだ手と手が、やがて指を絡め合い、腕がゆっくりと上げられ、互いの指に口づける…。
つややかな髪をなで、かぐわしい香りをだきしめるようにかぎ、漆黒のショートヘアにも口づけて…。

そんなこと、実際は度胸がなくってできないのにーっ!
でも、一人きりの妄想の中では、できてしまう。不思議。
…そ、…それで、森鴎外の「雁」を前に読んだ時、中学の保健体育で男子がするようなこと、女の子もそんな昔から、お布団の中で一人でしちゃうんだー…! って、びっくりしたんだけど(罪な本だと思う)

私、誓って言いますけど、いちごちゃんにだけ、初めてそんなエロい感情を抱いたんだけど、でも、してません!!
…だって、私一人の妄想の中でさえ、いちごちゃんを汚したくない、んだもの。
(この誓いがいつまで守れるか、本当の本当はちょっとだけ揺らいでるけど、私、頑張る!まだ高1だし)

こんなバカっぽい事を一人で私がうだうだ考えてる間に、実はいちごちゃんは、もっともっと大きなすごい事を考えていた。
それがクラス中にわかったのは、みんなの夏服がやっと板に付いてきた、7月の始めの事だった。