「絹江お姉様、すごくモダンでお素敵。お着物、よくお似合いでらっしゃる…」
二人並んで玉砂利を踏み踏み、正面玄関へ歩きながら、うっとりと珠子さんがつぶやく。
「アラ、珠子さんの方がお可愛い。袴をはかなくて、市松人形さんみたい」
にっこりと微笑んで、歩きやすいようにか、気を遣わせないようにか、そっと片手を取ってくださる。
そのすべすべした感触と長い指、紅珊瑚のように刻まれたお爪が、これまたお綺麗。
さっそく玄関から紹介されていった珠子さんとたけは、教えられた通りの口上を使用人の人々から、奥の間に控えられし絹江さんのお母様にまで申し上げれば、あとはご自由にお楽しみ遊ばせ、ということになった。
お口にうるさい珠子さんのお母様が誂えさせただけあって、差し上げた西洋菓子の折は殊の外お喜ばれ、さっそく「お持たせ」として、絹江さんのお部屋へいくらか、熱い紅茶と一緒に運ばれた。
「…あのう、たけは、今頃どこで…? 急にこのお部屋へ飛び込まれても、失礼なので」
おそるおそる珠子さんが尋ねると、クスクスと絹江さんが笑われて
「大丈夫よ、わたくしのところのきよが、たけさんを侍女部屋でおもてなししていますからね」
「ああ、よかったあ…」
素直にほっとする珠子さんに、絹江さんはまた笑われる。
「そんなに、あの人お苦手?」
「…では、ありません。でもなんて言うか、この頃…そう、絹江お姉様からお手紙をいただくかいただかないかの頃から、急に、いちいち指図されるのがうるさく聞こえるようになったというか…」
「…わたくしにも、あったかしらね。そんな時が」
「ええっ、お姉様みたいにお優しくてお素直な方でも?」
びっくりして声を荒げる珠子さんに、今度の絹江さんは、ちょっと気怠いような視線を投げて
「わたくし、そんなにお褒めいただけるような者ではありませんわ。だってね、…珠子さん、ちょっといらして?」
その声に、疑わず繻子の椅子から下りて、絹江さんの方へ珠子さんが近づいていくと、
「そら、つかまえた!」
見た目のたおやかさとは裏腹に、絹江さんは珠子さんを両手でひょい、と捕まえて、椅子にすわったままお膝の上で、珠子さんを横抱きにしてしまった。
「……!?」
その唐突さに、とっさに言葉も出ない珠子さん。
「紅の鹿の子の縮緬が、おかっぱさんに本当によく似合いますこと。今日、一目見たときから『まあ、なんてお可愛らしいわたくしのお人形さん! きっとこうやって抱っこして差し上げなくっちゃ』って、思っていましたのよ。」
ふんわりと、その物言いと同じように、絹江さんは珠子さんをお抱きのまま。
そうして、嫌なら逃げられるはずの珠子さんも、絹江お姉様にお人形抱きにされたまま。
いくらエスがおさかんなありすでも、こんなこと、できはしない。
だから、こんな夢みたいな時間を、二人とも壊したくはなかった。
絹江お姉様の柔らかな唇が、珠子さんの左頬に、そっと、当たる、
驚いてお姉様の顔を見つめようと、向き合う珠子さんの鼻の頭に、今度は唇が当てられて。
そうしたらもう、くらくらとしてしまって、お返事の仕方が分からなくなった珠子さんは、大胆にも絹江お姉様の両頬にそっと手を当てて、あどけなさを残したまま、自分の唇とお姉様の唇をそっと、合わせた。
「ま…、珠子さん、お可愛い。大好き、大好きよ…?」
そのまま何度か、小鳥が嘴をついばみあうように、二人は、閉じたままの唇を何度か重ねて、それから、額と額をコツン、と合わせた。
「珠子さんは、わたくしのこと、お好き…?」
「大好き。お姉様の事、好きすぎて、さっきから、胸の奥が痛いくらい…」
「マア、それはたいへん。たけさんをお呼びになる?」
「そしたら、もっと、痛くなります」
そこまで言うと、二人は緊張の糸を解き、互いにふふっと笑った。
「では、珠子さんのお持たせで恐れ入りますが、お茶にいたしましょうか?」
するり、と滑り台のように絹江お姉様のお膝から下りると、珠子さんも
「はい。そちらの方が、お薬よりずっと効きそうな気がいたします」
と返事をした。