「素敵!すっごい、似合うわ。いちごちゃんに…ああ、そのせいで4月から少しずつ、髪を伸ばしてたのね? ダンサーさんらしくなるために」
「そうなの。これじゃ、カルメンよりもドン=ホセかエスカミーリョか、って短さだものね。…って、え?」
今度は、いちごちゃんが、私に負けないくらい、ううん、もう負けてるけど、星の入りそうな大きな瞳を私に向けて、驚いた顔つき。
「金沢さん…、私のこと、4月から知ってて、見てて…くれたの?」
コクン。
もう、何を隠してもしかたない気が、私はしてきた。
「入学式の直後よ。…あまりにも可愛くて綺麗で、目に焼き付いて、離れなかった。だからね、きっと、スペインへ行っても、どこの国へ行っても、貴女はきっと、たくさんの人に恋をされるわ」
「…金沢さんも、恋してくれた…?」
いつものいちごちゃんらしくない、ちょっと、不安そうな声。
「…ばか」
さすがに恥ずかしくなって、私は真っ赤に頬を染めて、椅子の上でくるん、と90度回転。いちごちゃんに背を向けた。
「ね、教えて?…私、一番心配なんだもの。一年の間、離れていて、日本に帰ってきたら、金沢さんが誰かと…男の子と、女の子とでもね、恋人同士になってたら、って…」
いちごちゃんの唇から、そんな言葉が出てくるなんて!
嘘っ。
「そんなこと、ないっ!」
気づいたら、私は叫びながら、またくるっと90度回転。
そうしたら、いちごちゃんまでこちらに回転していて、座りながら向き合う形になってしまっていて、ちょっととまどったけど、でも、言わないと。
「なんで、そんな取り越し苦労みたいな事、言うの? 私のこと、バカにしてるみたい! 私、誰かから好かれるような魅力なんてないし、それに、それに、私、私の方が先に、いちごちゃんの事…」
「事…?」
悪戯っぽく、でもちょっと安心したように、いちごちゃんは首をちょっとかしげて、私を見つめる。
ああ、もう、なんて!
でも、仕方ない。
誤解されたくないし、それに、こんなに魅力的なんだもん、いかにもラテンの血に反応する人っぽい。
そんな彼女に恋してしまった私も、一蓮托生ってわけだわ、んもう。
地学準備室の入り口ドアには、茶色く日に灼けた鉱物の一覧写真が貼ってあり、外からは見えない。
座ったまま、私は柳の枝みたいにたおやかないちごちゃんの背中を抱き寄せて、一瞬だけキスをした。
すぐに、いちごちゃんも私の背に手を回して、甘い苺の香りを唇に乗せて、お返ししてくる。
ほんとうに、数秒もたたないキスだけれど、それだけで、お互いにわかってしまった。
『これは、一年後、変わらずまた逢うための約束よ』…って。
結局、二人ともお弁当は食べはぐって、重たいバッグのまま、駅へ帰った(お母さん達、ごめんなさい)
「一年経ったら、私、18歳で帰国するんだわね。4月産まれだから。『18歳未満、お断り』の所へも、お出入り自由よ。そしたら、金沢さんをつれて、あっちこっちcita(シータ。スペイン語でデートのこと)へ行っちゃおう。うふふ」
「なぁに、どこ? 18歳未満じゃ行けない所って…」
ほくそえむいちごちゃんに、真顔で私が聞くと
「知りたい? 金沢さんのそういう所、私、可愛くて大好き!」
周りに誰もいないとはいえ、通学路の真ん中でそんな大胆な事を言ういちごちゃんは初めてで、お昼のキスで、私が変えちゃったような気がして、
「知りたくなんか、あ・り・ま・せ・ん!」
あわてたら、私までつい、大声になってしまった。
いやだ、私ったらバカっ。
でも、いちごちゃんが、心から楽しそうに笑って聞いてくれたので、ま、勘弁しとこうか。
本当の素敵な答えは一年後、ってことで、ね。
~いちごボーイ・fin~