梅雨らしい校庭の景色を横目に、皆で三々五々集まって、お弁当の包みを広げていた時。
「ちょっと、聞いた!? 山階(やましな)さん、二学期から留学しちゃうんだって!!」
「えーっ!」「嘘でしょ?」「やだーっ!」
陳腐な驚きの台詞を口々に叫ぶクラスメイトの中、素知らぬふりをしながら、きっと、一番驚いていたのは私だったろう。
山階さん、というのは、いちごちゃんの名字。
あと一ヶ月足らずで会えなくなる…というショックが、一つ。
それから、もっと大きなショックは、その事実が私に伝えられていなかった…本人から…と、いうこと。
(思っていたより、親しくなんか、なかったのかな…私と、いちごちゃん)
そう思うと、目の前のランチョンマットがじわり、とにじんで、赤いギンガムチェックがゆがんだ。
唇を咬んで、こらえようとしても、睫毛を伝うように、ポロポロと涙がひとりでにこぼれて、止まらない。
「え…金沢さん…?」
近い席の誰かの声が聞こえたとき、廊下からいちごちゃんがつかつかと教室に入り、ダンスの時みたいに、私の手を繋いで、連れ出してくれた。
ううん、あの時と違ったのは、衆人環視のもと、私たち二人が堂々とクラスを抜け出した事だった。
今日は、地学準備室。ドアを後ろ手にパタンとしめて、鍵をかけるいちごちゃんの姿は前と同じ。
でも、目の前のいちごちゃんは、留学しちゃうって話で、私はべそかきが収まらなくて。
「聞いちゃった…?」
ちょっと申し訳なさそうな、いちごちゃんの声。
コクン、とかぶりをふるので、私は精一杯。
「…ごめんなさい。…本当は、私の口から金沢さんへ、一番に言わなきゃ…って、そう、思ってた。スペインへ一年間行く話が決まってから、ずっと。心の隅にいつもしまってあったの」
「スペイン? 一年間?!」
「…ええ。あ、聞いてなかった…?」
タヌキみたいに泣きはらした目を、思わず見開いて、もう一度私はコクン。
「ああ、じゃあ、少しは良かったわ。今さっき、職員室へ最終決定の報告に行ったとき、誰か物見高くて信憑性の低いお話好きさんが、覗きにきてたみたいで。でも、金沢さんには、私からちゃんと話せるのね!…よかった」
二人して、古びた背もたれのない木の椅子に並んで座り、話は続く。
「ね…山階さ、いえ、いちごちゃん。どうして、スペインなの?」
思い切って私が、聞きたくてたまらないことをぶつけると、いちごちゃんは私を覗き込むように微笑んで
「うん。わたしね、半年前に目覚めちゃったの。本牧の、叔母のバールで」
「???」
「ここへ推薦合格が決まってから入学までの間、ちょっと家ぐるみで内緒の工作を中学にしてね、横浜の本牧で叔母がきりもりしてるスペイン料理店で、バイトしてたの」
「中学で?!」
「もちろん、年バレしないように、お化粧して、カウンターから外へは出ないように用心してね」
その、いかにもいちごちゃんらしい、悪戯っぽい体験談に、私はすっかり引き込まれた。
「そしたらね、出会っちゃったのよ!…何だと思う?」
私には、ダンスをするいちごちゃんが、すぐに浮かんだ。学校の授業や素質だけではない、美しい原石が磨かれつつ、もうすぐ宝石に形を変えようとするような…
「フラメンコ?」
『Claro!(クラーロ!=スペイン語で「もちろん!」の意)』
にっこり笑うと、いちごちゃんはやおら立ち上がり、制服のボックスプリーツをひょいっとたくし上げると、上履きがハイヒールに変わったかのように、情熱的に踊って見せてくれた。
この間のクールな「剣の舞」とは違う、いちごちゃん曰く『conmovedor(情熱的)』って言われたい、という華やかで熱い、踊りだった。