2011年1月25日火曜日

双子ぢゃなくってよ。(其の六)

あくる朝。
昨日のうちに目をつけておいたチューリップを一輪手折ると、珠子さんは侍女のたけをせかすように、人力車をありす女学校へと走らせなさる。

「近頃、お裁縫がお嫌と見えて、おゆるゆるであそばした(=ゆっくり登校していた)のに、今朝はお早くていらっしゃるのですね」
「もう、お裁縫の課題は提出いたしましたから」
「今日お召しの銘仙、先だっては『子供みたいで、もう着たくない』とおっしゃっていたのに、お不思議な事。お手になさったチューリップと、お揃いになさったのですか?」
「そうよ。…たけ、何度も申しますけれど、もうわたしも女学校に入ったのですから、あまりあれこれ詮索なさらないでいただきたくてよ。よくって?」
「はいはい、承知つかまつりましてございます。珠子お嬢様も、もうそんなお口をお聞き遊ばすお年頃になって…」
「お静かに、たけ。人力の揺れで、舌をかんでよ」
「おお、こわ」

それまで、甘えたり相談相手になったりと、とても頼りになっていたはずの侍女という存在が、どうしてだろうか、ここ数日でとても邪魔っ気に思えてしまうようになっている。

珠子さん自身にも、それが女学生になったためなのか、または藤組の君・・・きぬえ、という名の上級生からお手紙を戴いた、そのときからなのか、釈然としてはいない。

もやもやとした、今までのぬくぬくとした巣から抜け出したくて、でもどなたか慕わしいお話相手が欲しいような、何とも言えないこの気持ち…。

無理もない。
後の世の人々が「思春期」と呼ぶ時代の、そのとば口に、珠子さんは立ったばかりなのである。

ありすの礼拝塔が見えるや否や、珠子さんは得意の跳躍力で、風呂敷包みとチューリップを抱えたまま、跳ぶようにして人力車を降りた。
「三年藤組の、きぬえさま…」
お背が高いのか、草履箱のやや上段に、その方の名前を記した木の蓋を認めた。
そうっ…と、蓋を開けてみる。
級友達の悪戯をちょっと心配していたが、それはなく、菫色の縁取りがされた端正な部屋履きが、一足あるきり。
(よかったわ…)
大きな花弁を散らさぬように、靴に花粉をつけぬように、そうっと、珠子さんはチューリップを置いた。