2012年5月13日日曜日

なから、好きだんべ。(後編)

「コーヒー買ってくんわ。真綾は、何がいいん? 缶一本ぐらい、おごっからさ」
運転席のドアをバタンと開けながら、晶子は小銭入れを持って外へ出る。
「あ、えー、ん…と、じゃあリンゴジュース」
「炭酸は?」
「できれば…入ってないのが、いいかも」
「ほいほい」

久しぶりに出来た一人の空間で、真綾はふーっと息をつく。

(今後の展開を、どう持ってったらいいんだんべか…)
思わず、方言で考えている自分に、はっとする。

夢とかの、類じゃあない。
膝の上のうどんの包みが、これは現実だと思い知らせてくれる。

確かに、晶子の指摘は、全て当たっている。
しかし、それは真綾が毎日意識的に仕組んでいること、ではない。

気づいたら、日常になっていた。
意識も無意識も考える、それ以前のこととして。

じゃあ…晶子は?
意識して、私を毎日の帰りに誘ってくれていたのだろうか?

「んーなの、あったり前だんべに」
真綾の頬がいきなりひやっとして、晶子が缶ジュースを押しつけて来たと気づいた。

「ちょっ、何で考えてたこと、わかるん?」
あわてて真綾が聞くと
「そら、声に出してでっかい独り言いってりゃあ、だれでもわかっちまうんべさ」
そう言いながら晶子は運転席に乗り込み、濃いめの缶コーヒーをぐいっと呑んだ。
エンジンは、まだかけない。

「…ま、すぐ返事を聞くとか、そんなあたし、せっついてるわけぁないんだけどぉ」
晶子は、フロントガラスを見ながら、それこそ独り言めいて話す。
「んでも、やっぱ、知りたいんだな? うん」

「…な…、何を…?」
ほぼ100パー分かっている問いを、それでも晶子の口から言わせておきたくて、真綾はおずおずと、尋ねる。

「んー、…真綾はさ、…あたしの事、なから(かなり)好きだんべ? つーか、その…やな奴が毎日押しかけてくる、とまでは、思って、ねーんべ?」

どストレートな晶子の直球に、真綾は、しばし言葉を失った。
でも。
晶子ほどじゃないけど、真綾だってかかあ天下で知られる、上州女の端くれなのだ。
ここで逃げたら、女がすたる。

さっきもらったリンゴジュースを、一口、ぐいっと呑む。
「…や(いや)じゃねえさ。心のどっかで、待ってる自分がいると思うん」
もう、一口。
「でも、この気持ちが晶子の私を見てくれてる気持ちとおんなじかどうか、それは、わかんない。自分でも、時間をかけて向き合ってみないと、わかんないんさ。…それまで、ますこし(もうちょっと)
時間をくんないかい…?」

「…うん。…わかった」
晶子が、こんな真剣な声を出すの、初めて聞いた。
それが自分がらみなのだと思うと、真綾には面はゆく、また、ちょっと嬉しくもある。

「おーし、んじゃ、ひとっぱなし(話が一つ)済んだとこで、帰っかあ! 真綾、ベルト締めな。エンジンかけっから!」
行きよりも気持ちスピードをつけて、軽自動車は走り始めた。
…が。

「ねえ晶子、この道、あんたんち(あんたの家)に向かって、戻ってるんと違うん?」
さっき見た景色が逆に流れているのを見て、あわてて真綾が叫ぶ。
「ええー? あー、本当だわ。ちっと浮かれちまったから、来た道戻っちまったわ。はっはっはー」
「あーもー、笑い事じゃねーんべよ! どっかでUターンしてくんないと、今夜予習多いんだから、困るんだいねぇ、晶子っ!」

すっかり方言でしゃべり合っている二人を乗せて、田植えも済んだ広域農道を、小さな軽自動車が一台、田舎の夜を航海するように進んでいく。

(おわり)