「コーヒー買ってくんわ。真綾は、何がいいん? 缶一本ぐらい、おごっからさ」
運転席のドアをバタンと開けながら、晶子は小銭入れを持って外へ出る。
「あ、えー、ん…と、じゃあリンゴジュース」
「炭酸は?」
「できれば…入ってないのが、いいかも」
「ほいほい」
久しぶりに出来た一人の空間で、真綾はふーっと息をつく。
(今後の展開を、どう持ってったらいいんだんべか…)
思わず、方言で考えている自分に、はっとする。
夢とかの、類じゃあない。
膝の上のうどんの包みが、これは現実だと思い知らせてくれる。
確かに、晶子の指摘は、全て当たっている。
しかし、それは真綾が毎日意識的に仕組んでいること、ではない。
気づいたら、日常になっていた。
意識も無意識も考える、それ以前のこととして。
じゃあ…晶子は?
意識して、私を毎日の帰りに誘ってくれていたのだろうか?
「んーなの、あったり前だんべに」
真綾の頬がいきなりひやっとして、晶子が缶ジュースを押しつけて来たと気づいた。
「ちょっ、何で考えてたこと、わかるん?」
あわてて真綾が聞くと
「そら、声に出してでっかい独り言いってりゃあ、だれでもわかっちまうんべさ」
そう言いながら晶子は運転席に乗り込み、濃いめの缶コーヒーをぐいっと呑んだ。
エンジンは、まだかけない。
「…ま、すぐ返事を聞くとか、そんなあたし、せっついてるわけぁないんだけどぉ」
晶子は、フロントガラスを見ながら、それこそ独り言めいて話す。
「んでも、やっぱ、知りたいんだな? うん」
「…な…、何を…?」
ほぼ100パー分かっている問いを、それでも晶子の口から言わせておきたくて、真綾はおずおずと、尋ねる。
「んー、…真綾はさ、…あたしの事、なから(かなり)好きだんべ? つーか、その…やな奴が毎日押しかけてくる、とまでは、思って、ねーんべ?」
どストレートな晶子の直球に、真綾は、しばし言葉を失った。
でも。
晶子ほどじゃないけど、真綾だってかかあ天下で知られる、上州女の端くれなのだ。
ここで逃げたら、女がすたる。
さっきもらったリンゴジュースを、一口、ぐいっと呑む。
「…や(いや)じゃねえさ。心のどっかで、待ってる自分がいると思うん」
もう、一口。
「でも、この気持ちが晶子の私を見てくれてる気持ちとおんなじかどうか、それは、わかんない。自分でも、時間をかけて向き合ってみないと、わかんないんさ。…それまで、ますこし(もうちょっと)
時間をくんないかい…?」
「…うん。…わかった」
晶子が、こんな真剣な声を出すの、初めて聞いた。
それが自分がらみなのだと思うと、真綾には面はゆく、また、ちょっと嬉しくもある。
「おーし、んじゃ、ひとっぱなし(話が一つ)済んだとこで、帰っかあ! 真綾、ベルト締めな。エンジンかけっから!」
行きよりも気持ちスピードをつけて、軽自動車は走り始めた。
…が。
「ねえ晶子、この道、あんたんち(あんたの家)に向かって、戻ってるんと違うん?」
さっき見た景色が逆に流れているのを見て、あわてて真綾が叫ぶ。
「ええー? あー、本当だわ。ちっと浮かれちまったから、来た道戻っちまったわ。はっはっはー」
「あーもー、笑い事じゃねーんべよ! どっかでUターンしてくんないと、今夜予習多いんだから、困るんだいねぇ、晶子っ!」
すっかり方言でしゃべり合っている二人を乗せて、田植えも済んだ広域農道を、小さな軽自動車が一台、田舎の夜を航海するように進んでいく。
(おわり)