2012年5月4日金曜日

なから、好きだんべ。(中編)

次の日も、同じように放課後、晶子はやって来る。
「よーう、一緒に帰るんべー、真綾ーぁ」
そのあけっぴろげさに、クラスメイトは半ばあきれ顔で
「アンタら、下手な恋人より、よっぽど一緒にいるんねー」
などと言われてしまう始末。

真綾は、あいかわらずげんなりだけど、一緒にいるのは気恥ずかしいけど、でも、不思議と、晶子といるのは嫌じゃない。
昨日の、彼女なりに一本筋の通った考え方を聞いたから、だろうか。

「真綾ー、今日、帰り時間あったらぁ、うちに来ない(きない)? ゆんべさ、ばあちゃんがうどんをまさか(たくさん)ぶって(作って)さ、食べきんないんよ。もし良かったら、真綾んちにもらってってくんない?」

うおおお。
前言撤回、と言いたくなるような、いきなりの上州弁乱れ撃ちだ。
うーむ、さすが晶子。
そして注釈なしで全部分かってしまう、ネイティブ上州人の己の血を、しみじみ思う真綾だった。

「うん、ケータイで家に聞いてみるから、ちょっと待ってて?」
真綾が母に尋ねてみると、二つ返事で喜ばれ、晶子の家に寄って行くことになった。

「んじゃ、あたしもかーちゃんに言っとく。悪いんね、ちょっと待っててくんない(ちょうだい)」
晶子のケータイは、真綾と対照的というか何というか、そばで聞いている人は吹き出してしまいそうな勢い。
「あ、かーちゃん? あー、真綾があがってって(寄って行って)くれるって。やだよ、こないだみたいに空っ茶(お茶だけ出す)じゃあさぁ。恥ずかしいんべがね。お茶ぞっぺ(お茶請け)ぐらい、用意しといてくんなね、頼むねー。うん、ん、じゃあ今から戻るからー」

電源を切って晶子が隣を見ると、おや、真綾がいない。
きょろきょろ辺りを見回すと、いつもの駅前のすみっこに、他人バリアを張った真綾が、いた。

「…やっぱ、すごすぎる…。晶子の方言攻撃は…」
「攻撃した覚えなんか、ないけど?」
「…私、昨夜考えたんだけどね、方言のせいで嫌な思いしたり、させられたり、そういう事が小さいときから何度かあったのね。それで、方言を避けるようになったのかな…って」

ガタンガタン。
レールの継ぎ目に沿って、二両編成の電車はのんびりと夕暮れを走る。
中央の通路に両端から向かい合う形で作り付けられた座席に、真綾と晶子と、いつも通り並んで座っている。

「ねえ、晶子はそういう事、なかったの?」
「ふーん、あったような、ないような…」
「…頼りないの」
「あ、真綾、こーゆーんあったぞ。空き缶を『これ、ぶちゃっといて』って男にやったらさ、なんかボケーっとしてんの。(こいつ、何だんべ)って思ってぇ、『だーかーらー、かたしといて、って事!』って大声で言ったらさ、そいつ、しばらく考えてから、空き缶を自分の肩の上に置いたん。もう、大笑いだんべ?」

晶子に聞かれるまでもなく、さすがの真綾も、最後の方はくっくっと肩を震わせていた。
が。
ふと気づいて、尋ねてみる。

「ね、…それって、つきあってた彼氏を振った、…ってこと?」
「…あー、そう言われりゃそうなるんかねぇ?」

(晶子、すごっ…!)

眼をむいて見つめてくる真綾に気づき、晶子はしごく当然の顔で言った。
「だってさぁ、もしも自分の好物を見るのもやーだ、ワケわかんねーべって相手と、つきあえる? そりゃ、全部好きなもんがおんなじ人間を捜すなんて、よいじゃない(大変だ)けど、共通点はちっと(少し)でも余分にある方がいいと思うんだいね~」

ポジティブだなぁ、晶子は。
自分の信じるところに依って、好きなものを好きと言って生きてる。
それに比べて、私ったら、方言のみならずネガティブ…。

「うわっ、やべーんべよ真綾っ! 気がついたら、はあ(もう)降りっと、電車のドア閉まっちまうがね!!」
晶子の声に、ふと我に返れば、晶子の家の最寄り駅。

どちらからともなく、手をつなぎ合って、飛び降りるように二人はホームへ下りた。

(つづく…なんか、長くなりそうかも、この話)