薄暗くなって、北に見える山の稜線もおぼろげになってきた頃、真綾は晶子の家についた。
「んまー、よく来たんねぇ、真綾ちゃん。さ、寄ってがっせ(寄っていらっしゃい)寄ってがっせ」
いつも通り、家族ぐるみで真綾を歓待してくれる。
「今日は、夕飯食べてげるん(食べていけるの)?」
笑顔でおばさんが誘ってくれたが
「いえ、まだ明日も学校があるし…今日は、失礼します」
と、真綾も微笑んで答えた。
「まーず、聞いたんかいお前は!ちっとは真綾ちゃんみたく、おしとやかにしてみたらどうなんだい」
言いながら、おばさんはちゃぶ台のせんべいにかじりつく晶子の頭を、お盆でひっぱたいた。
「いーってえなぁ、もう。こんなうちで、おしとやかにしてられっかい、なあ、真綾?」
おじさんも農作業を終えて、焼酎のお湯割りだろうか、いい気分そう。
わいわい茶の間にみんなが集まっている晶子の家は、真綾にとって面白かった。
「さ、おまたせ。ばあちゃんがぶった、手作りうどんだよ。家でみんなで食べやっせ(食べてね)」
大きな風呂敷いっぱいもある、小山のような生のうどんをかかえて、ばあちゃんが登場した。
「うっわ、マジでまっさか(すごく)ぶったんねー。寄り合いでもあったんかい?」
「そじゃねえよ。今日のお天気と水とな、粉のあんべえ(塩梅)がまさかよくってさ、あっちこっちに配り歩くんべえって、つい、うんとこしらえちまったんだいよ」
「ど、どうしよう…晶子。うち、本当こんな食べられなくてもったいないし、第一、これ持って電車乗って家まで帰るの、無理…」
「ふーん、んじゃ、もちっと減らしてもらえばいいんべ。な? それから帰り道は、心配すんな。あたしが送ってってやるんべえ」
「送る?」
「そ。車で」
「えーーーーーーーーっ?!」
「知らなかったん? あたし、4月5日生まれだからさ、もう免許、取ったん」
「だ、だだだって、うちの県、『三ない運動』やってるじゃん、高校生は…」
「あらぁ、バイクのじゃねんかい? あたし、教習所も行ったし、高速教習もやったんよ」
…いいんだっけ…?
「ま、隣の県の教習所だったけどさぁ」
「ちょっ、晶子、大丈夫なの? 怪しいって、何だか!」
「だいじ(大丈夫)だって。うちの田んぼ道を、ケットラ(軽トラック)で小学校のころから走ってたしぃ、兄ちゃん(あんちゃん。兄のこと)も『筋がいい』ってほめてくれたん」
聞けば聞くほど、真綾は晶子の送りがどんどん恐ろしくなっていった。
「今夜は兄ちゃんは寄り合いでさ、いねーんよ。で、飲み屋までケットラで行ってるから、家にちょうど普通の軽があるんさ。運がいいべよ、真綾」
どこが!!
「ケットラはさー、オートマじゃないんさ。今時、ギアなんよ、ギア。クラッチ踏んでさー、ほっそいギアをがっくんがっくん動かして、初めのうちはよくエンストべえ(ばっかり)だったなー。はっはっ」
「やだっ。もー、電車で帰る!」
「はあ、電車なんてねーんべ?」
腕時計を見ると、確かに田舎の終電は通過した後だった。
「じゃあ、おばさんに運転してもらう!」
「勘弁してくんなよ、真綾。もう、かーちゃんビール飲み出しちゃったんさ」
「…あ、あと、家にいるのは…?」
おそるおそる、真綾は尋ねる。
「飲んでねーんは、ばーちゃん。89歳、免許返納。あと、あたし♪」
「…どうしても、私は晶子の運転で帰らないとならないわけね…」
「おっ、心の準備はできたんかい?」
おちゃらける晶子に、
「私、まだ絶対死にたくないからね。いい? そこんとこ、肝に銘じて送ってよね!!」
真剣きわまりない表情で、真綾は告げた。
「…送ってぐ方がいばられるなんてのぁ、まーず合点がいかねぇんだけどな…」
首をかしげながら、車のキーをくるくる指でまわしてやってくる晶子。
「うるさいっ。とにかく、私を無事に送ってちょうだいよっ。いい?」
「そら、もちろんそーだけんど…」
晶子がキーをひねり、予想よりも静かなエンジン音が車内にひびく。
(まーだ、続くんよ…)