さて、いよいよ当日の土曜日。
クラスレクの時はやってきた。
場所は、テレビでもやってるような大型アミューズメント施設の、カラオケルーム。
蒼に、るみかと同じグループに入ってもらい、こっそり援護を頼んだ。
自分たちのグループが予選リーグで危なくなったら、るみかを指名して何とか乗り切ろうという算段で。
でも、そんな小細工は必要なかった。
小さい頃から、ばあちゃんに仕込まれた自慢のノドをるみかが披露すると、相手チームは軒並み総崩れ。
音程と声量と、それから歌詞に込める情感がすごいってんで、休憩と称して、るみかが歌っているときを狙って、ドアの向こうからその腕前を情報収集しに来る娘まで、でる始末。
予選リーグは余裕でこなし、いよいよ決勝トーナメントへ。
相手方のトップが次々とノドを枯らしていく中、腹式呼吸もばっちりのるみかは勝ち上がっていく。
そして、何と、決勝戦は予想していた以上の展開となった。
早苗さんたちのチームが、勝ち残っていたのだ。
チームの娘たちが一人ずつ歌って点数勝負していく決勝戦は、文字通り手に汗握る好ゲーム。
場所も大きなVIPルームに移り、クラスをあげての大盛り上がり大会となっていった。
武道で言えば大将格のるみかは、もちろん最後に歌う。
そして、早苗さんもなかなかマイクを握ろうとしない。
(直接対決、かな…?)
こっそり、るみかは武者震いを、した。
チームの娘達は、あっちが勝ったり、こっちが勝ったり。
どうも大将戦になりそうだ、ということで、VIPルームは熱気むんむん。
最後、歌っていないのは、やはりるみかと早苗さんの二人だけになった。
それまでの得点合計がやや少ないと言うことで、早苗さんから先にマイクを持った。
部屋中が、しん、と静まる。
早苗さんは、いまリバイバルヒット中の「夜明けのスキャット」を歌い始めた。
澄んで、ゆるぎのない声が音のない室内に響き渡っていく。
(きれい…やっぱり、素敵。私、このひとのこと、気になって当然だわ…)
るみかは、うっとりと早苗さんのスキャットに聞き惚れた。
歌い終わった後の早苗さんには、大歓声とチームの皆からのハグ。
「がんばって、るみか! あんたには目標あるんだし、相手には不足ないんだからね!」
自分よりも興奮している様子で、眼にうっすら涙をためながら、蒼が応援してくれる。
「…うん。ありがと」
るみかは正直、早苗さんの歌を聴いた時から、もう勝ち負けを忘れていた。
ただ、自分も今持てるだけの力を使って歌い、早苗さんに何かが伝えられたら…と。
それだけで、いまは望外の喜びだ。
そう思いながら、るみかは今日の今まで封印してきた「天城越え」のカラオケボタンを押した。
数分後。
さっきと変わらない、いや、それ以上か、部屋中に叫ぶような大声が響き渡った。
「るみかさん、あなたって凄いのねえ! こんなに歌が上手いの、どうして隠してたの?」
「本当よ、ねえ。ふわふわ天パでおとなしい方で、なのにどうしてこんなに大人っぽい曲が歌いこなせちゃうわけぇ?!」
「…そ、そんな。私なんかより、早苗さんの方が、きれいで、ロマンチックで、音程もしっかりしてて…」
「そうだわ!」
「ふたりの得点、見なきゃ!」
クラスの皆が、部屋のあちこちにあるモニター画面に釘付けになる。
その時だった。
誰かが、るみかの手をそっとひいて、静かにドアを開けて出て行く。
そのさりげない振る舞いが気になって、るみかもついていく。
VIPルームからしばらく離れた場所に来て、るみかは、心臓が飛び出るかと思った。
手を引いてくれたその人は、誰あろう、早苗さんなのだった。
「さっきは、有り難う。私…人前で歌うのって、慣れてなくて、すごくあがってたの。でも、私のまっすぐ前の席で、るみかさんが小さい声で、一緒に歌ってくれたでしょう? それがね、とっても心強くて…前から、ふわふわの髪がたくさんで、お顔が小さくて、静かそうでもグループの真ん中にいる、るみかさんのこと、可愛いな、って…思ってたのよ…」
「う、うそうそ、早苗さん、そんなのホメすぎっ! こんなもしゃもしゃ頭より、さらさらの焦げ茶色のあなたの髪の方がずっと素敵で…って、違う違う、髪の話だけじゃないのよ。歌声も音程も、とっても透明できれいで…私、あなたになら、負けてもしかたがない、って思ったもん」
一息にしゃべり合うと、顔を見合わせ、二人はふふっと笑った。
「ちょっとーぉ! 二人ともどこ行ったのー? 同点よ、同点。同点決勝~!」
遠くの方で、クラスメイトの声が聞こえる。
黙って、二人とも手を取り合って、近くの物陰に隠れた。
コンクリートの壁の施設の隙間で、狭いから、互いの体温を感じて、るみかはドキドキする。
「…ね、るみかさん。もし一位になったら、あなたは何をお願いするつもりだったの?」
ひゃああああ。
ご本人から来ますか、その質問!
「そ、それは…えと、その、すごく言いづらい…」
「…まあ、じゃあ…私もだわ…」
ええええ、い、いやまて、それは自分に都合がいい、それは自分に都合がいい。
早苗さんは、全っ然違うこと考えてるに決まってるんだから!!
「…ね、るみかさん。怒らないでね。…あなた、誰かとキスしたこと…ある…?」
か、かっ神様、いま私、鼻血の一歩手前です!
しっとりポケットティッシュを一袋、いま私に下さいーーーーーー!
「な…ない、わ。笑われちゃうかもしれない、けど…。したい人は、いる、けど…」
ちょーーーっとっとっとっとい! 何よけいな事までしゃべってんねん、私のお口~~!!
超スリーップ!! 大事故直前!!
「その人…、…教えて、もらえる…? 絶対、笑ったり、しないわ…あなたの言葉なら…」
「あの、…あのー、えーと、……い、いま、私の、いちばん、ちかくに、いる、ひと…」
い。
言っちゃった。
「ああ…ほんとうに、気が合うのね、私たちって。一位になったときの、お願い事まで、そっくり一緒だったなんて…」
へ?
えええええっ??
ぶったまげて、るみかが隣を見ると、早苗さんは、頬を真っ赤に染めながら、声も出さずに涙をほろほろ流して泣いていた。
ハンカチかティッシュで拭いてあげたい、るみかだけれど、さっき神様にお願いした通り、その手のグッズは今いっさい持ってない。
でも、早苗さんのその涙はとてもきれいで、流したままにしておいてはもったいない気がして、るみかは、早苗さんのぬれた頬に、そっと、唇をあてた。
早苗さんは、ますます涙をこぼしながら、るみかのふわふわ天然パーマを両手でいだく。
頬から頬へ、そして、唇と唇へ。
クラスレクの決勝戦はさておいて、るみかと早苗さんは、二人そろって一位の夢をかなえた。
(おわり)